羊歯植物記

兄妹

妹の、遺骨を目指していた。かつて戦争を望み追放された兄は朽ち果てたのち、純粋な精神にまで分解されながらも、羊歯植物をとおして、その茎を伸ばした。読書をする妹のための、指の骨を探しながら植物の、地下でもおこなわれる呼気。殺人を犯そうとするものの側でも食事をとり、無関心に喪失した主格で、死に続ける喜びを、生きたまま知ることができるかわからなかった。もはや、幻想の妹よ。妹が亡びていたとしても兄は、

信仰を示したくて跪こうと思います。妹とは、早い時期の雪なのかもしれません。架空の粥を啜っている妹の、髪の毛に吹きこまれている未完成を描きたいと思うと兄は、自分の後悔のつぶやきから少しずつ、唾液が失われていく思いがしたのでした。たとえば死語の腐乱を防ごうとして、妹のその手には、獰猛な稚魚が集まってくることでしょう。そうして透明な口約束から肺のような物語が、はじまる気配がすることでしょう。

誠実な労働

冬の、納屋の、手仕事のリズムだろうか、雪は折り畳むように降って来る。藁を編む盲目的な労働は、手首の静脈の何筋かの色の力によって時間そのもののような水面になり凪いでいく。妹の人知れずおこなわれる嘔吐を隠すために、兄は幾度もそこに雪を重ねて、何物かを殺した記憶がどうすれば薄らいでいくのか、という問いに想いを繋げていた。今年の種籾がまだ各家の納屋に残っているという村中あたたかな噂と、遠くからかすかに聞こえる薪の火が爆ぜる音。里山には、無数の窒息が、しなやかに到着しはじめる夕暮がある。

時間

以前の風には、鹿が含まれていました、と妹が口にしたとき、鹿の耳は、消去法であらわれる微かな音にさえ傾いていたと思う。斜面に繁る羊歯の葉下では、過去と未来が同時に訪れて、一昨日の銃声が聴こえながら、明日の鹿の跳躍が、目の前でおこなわれる。兄は葉下に、他の生物を正確な隠喩でおびき寄せて、雑談のように命が喪われていくことに執着すると、そこへ手のかじかんだ幼い妹を、雨宿りさせた記憶が薄らいでいく。

妹は、泥の奥の小さな白亜期に唾液を滴らせて、古代の胞子が受精するのをただ待っていたかっただけだ。ある時、真実の文庫本が、風のよわさで、捲られるのを見たことがあった。おそらくこの場所では星と風が同じ意味となり、活字が日に焼けたとしても、ことばは性をまたいだ不安な交尾を重ねていく。羊歯を揺らすときのこの風は、気のせいから続いているから、自分の体温を疑うことで、この植物は群れ始めるのだった。

祈り

声が、風にのる瞬間の葉の揺らめきをみたことがあり、それはとても暴力の可能性をひめてときに大きくめくれあがる。流動っていつも新しい孤独かもしれないわ、という妹の声が風の隠喩にかわる思春期。三半規管。羊歯植物は、ものがたりから降りだす雪の動悸だった。

兄はよく、想像の渡鳥のことを話してくれました。その世界のお話では、地下茎が白く伸びていく夏の終わりごろに、森林のなかであらゆる親鳥を探してはならないということでした。腐葉土が風に、陽の当たるところの植物のにおいを染み込ませて、親鳥の隠し子の噂を、揉み消そうとしているからです。少年の日々のようなこの鳥の鳴き声が、湿った森林の土壌へ浸み込むとき、すでに元素にまで分解された兄の、その精神までもが、地中を流動する羊歯植物の、孤独な茎へ続いていかないように、祈るばかりなのでした。


現代詩人会の投稿欄に投稿したやーつ❤
みんなよんでみてねん(#^.^#)

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