#102 読書録 言葉と衣服を読んで改めて衣服って深い!と気づけた話
こんにちは!本日も読書が好きな友人におススメリストをいただき、その中から選んだ本について気づきなどを残しておきます。
今回の選書はこちら。言葉と衣服。
衣服つながりで現在積読になっている、あなたのTシャツはどこから来たのか?を思い出したので、近日読み始めます。
ちなみに、あなたのTシャツ、、、のリンクはこちら(どちらもアフィリではありません)
全体的な読後感
衣服。これがこの本のテーマ。自分の最も身近にあり、ほぼ切り離すことができない存在。
そもそも衣服ってなんの為にあるんだっけ?という素直な問いや、その歴史的変遷などを言葉の定義を一つずつ押さえながら話が進んで行く
言葉の定義をきっちりした上で、進むのです全体的には固い文章だなと感じました。読めるレベルではありますが。
ただし、具体例を使った説明が、かなり読者に寄り添って、エヴァンゲリオンやガンダムが出てきたり、アバターやどうぶつの森を使いながら概念の説明があるので理解がしやすいというのも特徴的でした。
結果としてかなり気づきが多く大変読みごたえがある1冊!
一日の疲労がたまった電車の中で読むと立ちながらでも眠気に襲われる程、一度読んだだけではスッっと頭の中には入ってこない表現などがところどことにありかみ砕くのに苦戦した事実も残しておきます。
気になった表現たち
ファッションを3つの様態として理解する
1、衣服そのものとしてのファッション。モノ。
2、服が組み合わさって 表現される服装。
3、衣服や、服装が作り出す現象。
これ自体が納得しやすいフレームワークだなと思い、具体~抽象化しイメージ化しているあたりと整合が取れているのでこのまま理解。
ぼくらは、じぶんの身体に関してはつねに部分的な経験しか可能ではない
この表現は、なるほど!とうならされた。確かに自分たちは、手、足、腰など名前がついている、かつ触れるところなどの状態をパッチワーク的につなげて初めて身体としての認識ができる。
その意味でも自分たちが一番最初に着るのは体の全体像。
この考え自体もこの本で初めて出合った新しい概念。
衣服への介入は身体への介入
社会的存在の私たちは、基本は衣服を着ていることが当たり前で、脱いでいることが特殊な時間といえなくもない。
その前提において、衣服に介入することは身体への同義として理解すべきなのだとう表現を見て、今の中学校での服装に対する縛りを考えると、教育機関とは言え、不可侵の領域まで来ている感を認識した。
白い靴したや白い靴を指定の意図がまだこの時代に残っている辺りに面白さを感じてしまった。
自分の頭では理解不能
どうにも下記の表現が理解できない。
自分の皮膚が社会の発展に追いつけない
衣装の発達は自分の皮膚が社会の発展にとても追いつかなくなったので、だいしょうの衣装でもってその補いをつけようとしている。
という表現をみて、生物の進化となぞらえて、環境にあわせてスピードをもって進化する一つの方法として衣装が用いられているという思考に初めて触れたので、考え方に驚かされ、新しい回路が開きました!
まとめ
具体的いくつか気になったフレーズなどを取り上げて、自分の頭の中に忘れないように刻みつけているが、これ以上にたくさんの言葉と衣服の関係をうまく表現したものがたくさんちりばめられているので、まだ手に取ったことが無い人は読むことをおススメします。
だれかの手元に言葉と衣服が届く事を祈って。
ではでは