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📗「学校の『当たり前』をやめた。」

本の感想シリーズ。

公立中学校の凝り固まったシステムの中で、あまりにも共通認識となってしまっている様々な「当たり前」を、ひとつひとつ見直し改善していき、子どもも先生も輝く理想の教育現場を実現している工藤校長の著作。

「宿題は必要ない」
「中間テスト、期末テスト廃止」
「固定の担任も廃止」

公立中学校という場所に、こだわりをもち、教員の仕事に人生をかけてきたつもりの私は、正直戸惑ってしまうフレーズ。

でも、その目的を知って、とても納得した。学校ルールがいかに無意識に当たり前となってしまっているか。。

「手段が目的化してしまっていることが、学校教育の問題」。

そもそも教育は、何のため?

学校は、何のためにある?

工藤校長は、「学校は、人が社会の中でよりよく生きていけるようにするためにある」と。

「そのために、子どもの自律を育成する場が学校」なのだと。

その実現のための最善の「手段」を考えていくと、宿題や定期テストや固定担任制は、改善されるべきものだったから、廃止し、新たな形を作り出したのだと。

例えば固定担任制。工藤校長は、学年による「全員担任制」を提案している。

私自身、担任を持っていたとき、それはそれは、やりがいがあった。3年間担任として持ち上がって卒業させた自分の生徒たちは、生涯の誇りだ。だからこそ、「担任」という価値を変えてしまうことには、はじめ抵抗を感じた。

でも、振り返ってみると、自分の担任クラス以外の子たちにも、もっと話す機会がほしかった。逆に、自分の担任してる子たちにも、たとえば隣のクラスの先生に、その先生が発行してる学級だよりについて語ってほしかった。
全学年に関われるのは、月に1度程の学年集会くらいだし、子どもにとって、担任という1人が絶対的な存在になってしまうことは、どこかもったいない。

子どもは担任を選べない、という環境なのは、不自然だ。

学年全員が担任となって、先生1人1人の個性を生かして指導できれば、もっと素敵な教育になるのだろう。

先生たちのチーム力が必要だし、連携やコミュニケーションがさらにさらに大切になるが、それがこれからの教育の突破口なんじゃないかと。

「目的に対して、最適な手段をとること」

「そもそも何のため?という上位目標を忘れない」

PTAや地域と連携して、学校に、外部の大人もたくさん巻き込んで、本物の学びの場を作っていく「小さな学校」の考え方は、かなり、希望のある教育の姿で、感動した。

そして、

大切なのは、考え方の違いがあることを当たり前ととらえた上で、上位目的を見据えながら「対話(合意形成)」していくこと。

対話をすること。その中で、より良い方向に進んでいくこと。

これからの教育のあるべき姿を考えさせられ、とても刺激を受けた。

#学校の当たり前をやめた #本 #教育
#公立 #読書


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