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Frieze London 2024まで1ヶ月余り。サステイナブルな未来へ。進化するアートフェア
Frieze Londonは、2003年に創設されて以来、コンテンポラリーアート界において世界的に重要な存在として成長を遂げてきました。当初はFrieze Magazineの延長として始まり、リージェント・パークでの小さなイベントだったものが、現在では国際的なギャラリーやアーティスト、コレクターが集う大規模なアートフェアに成長しました。さらに、姉妹イベントのFrieze Mastersも加わり、そこでは美術館で飾られているような著名なアーティストの作品も展示され、その多くは購入することができます。
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フリーズロンドンの発展と拡大
フリーズロンドンは当初から、現代アートを紹介する場としての役割に留まらず、アーティスト主導のプログラムやコミュニティ作りに力を入れてきました。Frieze ProjectsやArtist-to-Artistなど、アーティストがキュレーションに関与する革新的な取り組みが、フリーズのアイデンティティを形成してきたのです。特に、アーティストが他のアーティストを推薦するArtist-to-Artistプログラムは、若手アーティストの作品を拝見できたり、新しい視点に気がつくこともあります。
一方で、Frieze Mastersは2012年にスタートし、古典的な作品からモダンアートに至るまで幅広い歴史的作品を展示する場として進化しました。今年のFrieze Masters 2024では、新しいキュレーショナルディレクションを採用。Annabelle Selldorfによる洗練されたフロアプランが注目されています。
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フリーズロンドン2024の新たなデザインとサステイナブルな取り組み
2024年のフリーズロンドンは、これまでにないデザインとキュレーションが特徴となっています。特に、新しいフロアプランはA Studio Betweenによって設計され、訪問者がより直感的に展示を楽しめるように工夫されます。入口には、フリーズロンドン委員会が毎年選定するソロアーティストのプレゼンテーションが展示され、注目のアーティストの作品からインスピレーションを受けるかもしれません。
一方、Frieze Mastersでは、アーティストに焦点を当てたセクションが導入され、マスターピースを探求するための新しい視点が得られることでしょう。このように、両フェアともアーティストに焦点を当て、見る人と作品との創造的な対話を生むことを目指しています。
サステイナビリティへの注力、GCCと提携
フリーズロンドンは、サステイナブルな未来を目指し、環境負荷を軽減するための取り組みを進めています。フリーズは、アートフェアが生み出す二酸化炭素排出量や廃棄物の問題に対処するために、Gallery Climate Coalition(GCC)と提携し、2030年までに炭素排出量を50%削減するという目標が掲げられています。
GCCは、アート業界全体の二酸化炭素排出量を2030年までに50%削減するという目標を掲げており、商業ギャラリーがカーボンフットプリントを簡単に計算できる「カーボン・カリキュレーター」などのツールを提供しています。ギャラリー業界では、輸送や旅行、建物のエネルギー使用が最大の排出要因となっており、これらを削減するための具体的な行動を促しています。
friezeでの具体的な取り組みとしては、アート作品の輸送において従来の空輸に依存せず、鉄道などの環境に優しい移動手段を採用するよう奨励しています。また、展示会場の運営にはバイオ燃料Green-Dが使用されており、過去にはこのバイオ燃料により60%もの炭素排出量削減が達成されました。2024年も、この取り組みを継続し、再生可能エネルギーを使用することでさらなる環境負荷軽減を目指します。
さらに、アート作品の梱包材に関しても、フリーズでは従来のプラスチック素材から、より持続可能な素材への移行を進めています。これにより、廃棄物削減への大きな一歩が踏み出されています。
GCCは900以上のメンバーが参加しており、ゼロウェイストの運営を目指すために積極的に取り組んでいます。特に、ギャラリーやアーティストが何をすべきか、どのように行動を起こすべきかが明確化されており、具体的なステップを踏み出すための道筋が示されています。
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アートを通じた環境意識の向上
フリーズロンドン2024では、運営面での環境配慮にとどまらず、展示されるアート自体が環境問題への意識を高める重要な役割を果たしています。特に、新たに設けられたSmokeセクションは、陶芸を通じて先住民やディアスポラの歴史を探求し、自然素材と人間の関係を再考させる作品を展示しています。このセクションでは、陶芸が現代アートにおいて影響力のある美的表現のひとつであること示す展示となる予定です。
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Artist-to-Artistプログラムでも、エコロジーや環境問題をテーマにした作品が取り上げられており、アートを通じた地球環境への対話が活発に行われています。こうした取り組みは、アートが社会における課題に対してどのように貢献できるかを示す重要な一例となることでしょう。
フリーズ・ロンドン2024のフォーカスセクション
このセクションでは、タニア・ヒメナによるメキシコの氷河の生涯を追った映画から、フエンテサル・アレニージャスによる「中間状態」をテーマにした変幻自在の彫刻まで、多様なアーティストたちの問いかけが見どころです。消費主義と生物多様性、抑圧とエンパワーメント、同意と覗き見など、世界中のアーティストが投げかける広範なテーマをご覧いただけます。37人の新進アーティストが、20か国をまたいで、概念や素材の限界に挑戦しています。以下は、フリーズ・ロンドン2024で新たな個展を発表する注目のアーティストたちです。
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タニア・ヒメナ(メキシコシティのリャノより)
彼女は10年以上にわたり、メキシコ最後の氷河であるジャマパ氷河を記録し、気候変動による影響と地域社会のレジリエンスを描き続けています。彼女の三面ビデオインスタレーションは、雪の山頂から海岸へと降りていく過程を描き、環境と社会経済の変化を映し出します。
ベネディクテ・ビェレ(コペンハーゲンのpalace enterpriseより)
フォイルで覆われたヘリウム入りのペンギンのインスタレーションは、消費主義と気候変動をテーマに、私たちの娯楽欲求を皮肉に描き出します。アルフレッド・ヒッチコックの映画「鳥」に触発された作品では、ペンギンの受動的な姿が表現されています。
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アートとサステイナビリティ:環境に配慮した創造的な未来へ
フリーズロンドンは、アートの創造的な可能性を探る場でありながら、環境問題に取り組むためのプラットフォームとしても進化を続けています。その動きはグラスゴーでCOP26が開催された時から大きくなったように思います。アート業界では、環境問題に対する意識が高まり、持続可能な取り組みが積極的に進められるようになりました。気候変動や環境破壊が世界的な課題となる中、アーティストやギャラリー、関連団体がアートを通じてこれらの問題に取り組む姿勢を示し始めています。過去のフリーズロンドンを振り返ってみて、注目されたのが、カリフォルニア拠点のアーティスト、ヘレン・ミラによる2019年のマニフェスト「CATHARTES 19」です。
ヘレン・ミラの「CATHARTES 19」:アートの倫理的ガイドライン
ヘレン・ミラの「CATHARTES 19」は、気候崩壊やプラスチック廃棄物、動物の権利問題に対する倫理的な対応策を示しています。このマニフェストでは、ギャラリーがミラの作品を展示する際の具体的な指針が掲げられており、プラスチックやアクリル絵具など、分解不可能な素材を使用しないことが求められています。また、無駄な移動を避け、特に飛行機での移動を減らすことが推奨されており、ギャラリーがアーティストに現金報酬を提供して飛行機移動を控えるよう奨励する仕組みを提案しています。このマニフェストは詩的でありながら実践的で、アート業界が環境に与える影響を最小限に抑えるための具体的なアクションを促しています。ミラの取り組みは、環境負荷を減らすだけでなく、アートがどのように倫理的かつ持続可能な方法で制作されるべきかを再考させるものです。
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サステイナブルアートの具体例:アーティストの取り組み
サステイナビリティを重視したアート制作の動きは、アーティスト自身の取り組みにも広がっています。たとえば、ノッティンガムを拠点とするイェレナ・ポポヴァは、石油化学製品を拒否し、自然素材から自らの絵具を作成しています。また、エディンバラのアーティストであるクリスタル・ベンネスは、動物由来のゼラチンを使用しない写真技法を採用し、環境負荷を最小限に抑える実践を行っています。彼女の作品は、自然に優しい素材と技術を使って制作されています。
廃材もアートには使われることがあります。エル・アナツイの「Untitled I」は、彼の代表的なスタイルを示す作品で、主にアルミニウムのボトルキャップや金属の廃材を使用して作成されています。これらの素材は銅線で繋ぎ合わされ、大きなタペストリーのような作品となり、光を受けてきらめき、動きを感じさせます。アナツイの作品の廃材の使用には深い意味が込められています。特にアフリカとグローバルな貿易経済との関係や、植民地主義がアフリカ社会に与えた影響を反映しています。一方で、彼の作品はアフリカのコミュニティが日常の素材を再利用し、力強く美しいものへと変容させる創造力や回復力を示しています。
「Untitled I」のスケール感とテクスチャーは、アナツイの他の作品にも共通して見られ、展示空間に応じて異なる配置が可能で、動的で適応力のある性質を持っています。きらめく表面は、時間の流れや物質の変化、そして文化間のつながりについて鑑賞者に考えさせるような印象を与えます。エル・アナツイは、現代アフリカ美術の重要なアーティストの一人として評価されています。
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その他、ターン賞にノミネートされたクッキング・セクションズが実施するプロジェクト「CLIMAVORE」も、環境に配慮した食事や生活のあり方を提案しています。彼らは、サーモン養殖の問題に着目し、ロンドンのテート・ブリテンなどの美術館でサーモンをメニューからなくそうという活動を行っています。カキや海藻の養殖を通じて水質を改善し、海洋生態系を再生する取り組みが行われています。この取り組みは、スコットランドのスカイ島などで実施され、サケの養殖に代わる形で海洋環境を回復させる再生型養殖が導入されています。
また、CLIMAVOREは、季節や産業化されたシステムに依存する食料産業に挑戦し、洪水や干ばつ、海面上昇といった気候危機に対応した持続可能な食料生産を提唱しています。
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2022年のフリーズ・ロンドンにて、慈善団体「プラットフォーム・アース」が主導したエス・デヴリンによる新作が注目を集めました。この作品は、フェアの入口廊下に飾られ、訪れる人々を迎える象徴的な存在となりました。デヴリンはこの作品を通して、デザインにおける新たなエコロジカルな視点を模索し、環境問題への根本的な意識改革を訴えています。
この作品は、デヴリンが2020年に日本人デザイナーのウェストン真千子と共に制作した映画『I Saw The World End』からの一コマを元に作成されています。インペリアル戦争博物館の委託で制作されたこの映画は、広島と長崎への原爆投下がデヴリンとウェストン、それぞれの文化に与えた影響を初めて探求したものでした。長年にわたり架空の終末を描いてきたデヴリンとウェストンが、この作品を通して核の悲劇とそれがもたらした文化的、歴史的影響を再解釈しています。
フリーズ・ロンドン2022のために制作された作品は、環境への配慮を強く感じさせるものでした。キャンバスに印刷されたこの作品は、大気汚染物質をリサイクルして作られた革新的なカーボン・ネガティブ・インクを使用しており、展示そのものが環境への訴えを体現しています。デヴリンは、作品制作を通し見る人の環境意識の向上と持続可能なデザインの必要性を訴えており、まさにこの作品はそのメッセージを視覚的に表現していました。
プラットフォーム・アースと芸術の力
デヴリンの作品を後押しした「プラットフォーム・アース」は、文化、科学、政府の分野を結びつけ、エコロジカルな再生における新たな素材開発を推進する慈善団体です。彼らは、アートの力を通じて環境問題に対する認識を高め、海洋環境の回復に積極的に取り組んでいます。
プラットフォーム・アースの環境プログラムでは、海藻や海草といった自然な炭素吸収源の保護と再生を目指しています。これにより、気候変動の緩和に貢献し、自然環境の再生を支援することを目指しており、科学者やその他の専門家との協力を通じて実際のプロジェクトを推進しています。彼らは、文化的な豊かさとエコロジカルな再生を同時に追求することで、アートと環境保護が一体となる未来を目指しています。
新たなエコロジカルな視点を模索して
デヴリンの作品は、視覚的な美よりその背後にある環境への強いメッセージが見る者に深い印象を与えます。プラットフォーム・アースの支援を受けて、デヴリンは芸術と環境保護の新たな可能性を探求しており、彼女の作品が持つ力は、フリーズ・ロンドンに集う多くの人々にエコロジカルなデザインと持続可能な未来を考えるきっかけを与えました。
デヴリンの作品が使用したカーボン・ネガティブ・インクは、ただの技術的な革新ではなく、未来のデザインがいかにして地球環境にポジティブな影響を与えることができるかを示すシンボルです。芸術の力を通じて、環境問題に対する意識を喚起し、未来に向けた希望を創造することがデヴリンの根本的な願いであり、そのメッセージは今後のデザイン思考における新たな基準となるでしょう。
Frieze Mastersでは、環境アートの巨匠アグネス・デネスの作品が展示されました。彼女は、フィンランドのイロヤルヴィに11,000本の木を植樹する「Tree Mountain」プロジェクトや、1982年にニューヨークのバッテリー・パークに2エーカーの小麦畑を作った「Wheatfield」など、大規模なランドアートで知られています。
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デネスの作品は、「有限な資源の世界で無限の成長は不可能である」というメッセージを強く伝え、アートを通じて持続可能な社会への道を模索しています。このように、現代のアート業界は小さな変化から大きな変革へとつながる可能性を秘めています。
ロンドンは、国際的なアート市場の中心。持続可能性と今後の展望
2023年のフリーズロンドンとフリーズマスターズでは、多くのギャラリーが高額な作品を販売し、成功を収めました。例えば、ロバート・マザーウェルの「Hollow Men No. VI」が約4億6,924万円、ルイーズ・ブルジョワの「Knife Work」が 約4億3,992万円で売却されました。また、トレイシー・エミンの作品「I Kept Moving」は約2億1,263万円 で販売されるなど、多くの作品が高値で取引されています。
一部のギャラリーはブースに持ち込んだ作品が全て売り切れるほどの成功を収めており、たとえばガゴシアンはダミアン・ハーストの新作をフェアの初日に全て完売させています。その他にも、ペイスギャラリーやマッシモデカルロなど、多くのギャラリーが成功を収めています。
こうした売り上げの成功は、ロンドンがEU離脱後も依然として国際的なアート市場の中心であることを示しています。
富裕層が顧客の中心でもあるアート業界は、持続可能な未来を築くための重要な役割を果たすことができます。ミラの「CATHARTES 19」やGCCの活動、そして多くのアーティストによる環境配慮型の制作プロジェクトは、アートが単なる美的表現を超え、社会的・環境的な責任を果たす手段であることを示しています。アート業界全体がより持続可能な方向へと進化するためには、小さな変化を積み重ね、業界全体の意識改革と行動が求められています。
環境問題への取り組みは、アート業界が持続可能であるだけでなく、絵を購入する人たちが多様なため、他の産業や社会全体に対してもインスピレーションを与える力を持っています。
本年度のFrieze Art Fairは2024年10月9日水曜日 – 2024年10月13日日曜日までリージェンツパークで開催されます。
今年のフリーズロンドンとフリーズマスターズは、世界中の160以上のギャラリーを迎えます。この期間にロンドンに行かれる方にはおすすめのイベントの一つです。チケット情報は以下をご覧ください。
https://www.frieze.com/fairs/frieze-london-frieze-masters/tickets
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