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ヨーロッパの繊維廃棄物問題:新たな法規制で持続可能性を目指す


欧州連合(EU)は、繊維廃棄物の問題に対する革新的なアプローチを打ち出しつつあります。これは、ファッション業界の高い生産量と低品質な商品による膨大な廃棄物を削減しようとする取り組みです。毎年、EU内で約1,260万トン、つまり一人当たり約12キログラムの繊維廃棄物が発生していますが、これまではその処理の費用を企業が負担することはありませんでした。

繊維廃棄物に対する「拡大生産者責任(EPR)」導入へ

2024年3月13日と少し前のことですが、欧州議会は、ファッションブランドや繊維製造業者に対し、その廃棄物の収集、選別、リサイクルに対する財政的責任を負わせる「拡大生産者責任(EPR)」制度の導入を可決しました。この政策の下では、企業は市場に出す商品ごとに「エコ貢献金」を支払い、持続可能な商品には低い料金が、環境負荷の高い商品には高い料金が課されます。この料金は、製品の耐久性や修理のしやすさ、リサイクル含有量などの基準に基づいて設定される予定です。企業が市場に投入する製品に対して支払う費用が、その製品の持続可能性やリサイクル可能性、耐久性などに基づいて決定されます。

このようにすることで、企業がより持続可能な製品を設計・製造するインセンティブが生まれ、結果として全体的な環境負荷の削減が促進されることでしょう。​

フランスやオランダ、ハンガリーではすでに繊維EPR制度が導入されていますが、EU全体での統一的な制度設計はまだ進行中です。特に、各国が異なる規制を導入することによる混乱を避けるため、「調和」の必要性が強調されています。EUの持続可能性と循環経済に関する専門家であるラース・フォグ・モーテンセン氏は、「企業がEU全体で活動する際に、公平な競争の場を提供するために、統一的な制度が不可欠です」と話されていました。

法規制の実効性と課題

EPR制度の実施に対する懸念も浮上しています。ゼロウェイストヨーロッパやチェンジング・マーケッツ財団などの団体は、EPR制度には目標設定の欠如や、革製品がエコモジュレーション(Eco-modulation:環境負荷を軽減するために導入される価格調整の仕組みで、特定の製品の環境特性に応じて課される料金を変動させること)の対象外であることなど「重大な欠点」があると指摘しています。さらに、EPR制度は既存の「廃棄物枠組み指令(WFD)」の改訂案として提案されており、各国が独自の法律を策定して実施する責任を負うため、EU全体での制度運用に一貫性を持たせることが課題となっています。

加えて、EUが提案する料金設定が十分でないとの声もあります。欧州委員会は「収集および処理」にかかる費用を商品ごとに約0.12ユーロと試算していますが、非営利団体The Or Foundationは、この料金では不十分であると主張しています。同団体の提言では、料金は最低でも0.46ユーロから始まり、最も高いもので2.31ユーロに設定されるべきであり、その一部はグローバルサウスでの環境保護に充てられるべきだと述べています。

政治的な背景と今後の展望

さらに、EU内での政治的動向も繊維廃棄物規制に影響を与えています。2024年6月の欧州議会選挙では、右派や極右の勢力が議席を増やし、グリーン政策に対する反動が強まっています。しかし、既存の政策が完全に撤回される可能性は低く、特にEPR制度は選挙前に採択されたため、新議会でも引き継がれることが確実視されています。

アクション・スピークス・ラウダーのキャンペーンリーダー、ジョージ・ハーディング=ロールズ氏は、「廃棄物枠組み指令に関しては、これまでの議会の投票で圧倒的に賛成が多かったため、選挙で議会の構成が大幅に変わらない限り、この法案が突然停止することは考えにくい」と述べ、EPR制度が採択される可能性に楽観的な見方を示しています。


持続可能性への道のり

EUは、繊維廃棄物問題に対して多面的なアプローチを取りつつあります。EPR制度はその中核を成すものであり、他の関連する政策と組み合わせて、持続可能なファッション産業の実現を目指しています。新たな議会の下で、詳細な規制がどのように策定されるかが注目されますが、EPR制度の導入は、ヨーロッパが繊維廃棄物の問題に取り組む上で重要な一歩となるでしょう。EUは、輸入される繊維製品にも規制を適用する方針を進めています。この規制は、EU内で販売されるすべての繊維製品に適用されるため、たとえば日本のユニクロのような企業がEU市場で商品を販売する場合も対象となります。EUの環境規制に準拠するための適切な措置を講じる必要があり、例えば製品のデザイン段階からリサイクル可能な素材の使用や、廃棄物削減を意識した製造プロセスの採用が求められるため、現段階でも様々な試みをされているようです。

EUの新規制のリストは非常に多岐にわたり、変更や改正を含んでいます。以下に挙げる他の3つの事項に備えることは、ブランドの成功や今後のビジネスの継続性にとって非常に重要です。

CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)は、中小企業を含む企業に対して、自社の運営に関する環境・社会問題の情報を公開することを求めています。

CSDDD(Corporate Sustainability Due Diligence Directive)は、企業やそのバリューチェーン内での環境的・人権的な負の影響を特定、排除、防止することを目的としています。また、大企業は、事業活動がパリ協定に沿ったものであることを確認する必要があります。ブランドは、温室効果ガス排出量、水使用量、廃棄物処理、危険物の使用、原材料の調達・生産に関する情報、そしてサプライヤーや下請け業者の労働条件に関するデータを収集する必要があります。



ESPR(Eco-design for Sustainable Products Regulation)は、循環型経済や資源利用に重点を置いた規制です。この規制は、製品の耐久性、リサイクル性、再利用性、アップグレード性、修理可能性、リサイクル材料の含有量と環境負荷を大幅に改善することを目指しています。

製品の環境への影響の80%は設計段階で決まるため、ブランドは製品設計の再考を行う機会と責任を持つことになります。これを可能にするためには、すべての製品に関するデータを収集し、ブランドがどこで意味のある変更を加えられるかを把握する必要が出てくるでしょう。

EPR制度の導入を検討中の英国の動向


2021年、イギリスの環境・食品・農村地域省(DEFRA)は、繊維廃棄物に関するEPR制度の導入を検討する意向を発表しました。この提案は、ファッション業界が生産する繊維廃棄物の回収とリサイクルを促進することを目的としています。特に、ファッションブランドや小売業者に対して、製品のライフサイクル全体にわたって責任を持つよう求める内容で、イギリスの繊維廃棄物問題に対処するための大切な一歩となるでしょう。現在、イギリスでは年間約920,000トンの繊維が廃棄されており、その多くが埋め立て地に送られています。(一部はガーナなどにも送られています)
そして、2024年からEPR制度が段階的に施行されています。第一段階として、家庭用パッケージ廃棄物と路上のゴミ箱に入れられるパッケージ廃棄物に対する支払いが2024年4月1日から開始されています。これは、EPR制度の完全な実施に向けた重要なステップであり、企業が自ら生み出した廃棄物に対する責任を負うようになります 。
英国政府は、繊維に特化したEPR制度の導入について検討しており、いくつかの政策目標を設定しています。これには、繊維廃棄物の階層構造の開発や、業界主導のパイロットプロジェクトの促進が含まれます。
繊維に関する具体的なEPR制度が本格的に導入されれば、ファッション業界が廃棄物管理の費用を負担し、リサイクルや再利用のインフラも強化されることでしょう。イギリスではファッション分野に特化したEPR制度が数年以内に導入される可能性があり、この制度が実現すれば、イギリスは欧州諸国に続いて、ファッション業界の持続可能性向上に向けた大きな一歩を踏み出すことになります。EPR制度の導入に向けた準備を進めて、持続可能な未来を目指すための重要な政策として期待されています。

ヨーロッパがその廃棄物に責任を持ち、持続可能な未来を築くための取り組みは、まだ始まったばかりです。EUと英国の新しい繊維廃棄物規制がどのように展開されていくのか、それは年間約100万トン以上の繊維廃棄物が発生している日本にも少なからず影響を与えそうです。


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