地域に根ざした教育は子どもの定住志向に影響を及ぼすのか
地域の歴史や文化、産業などを学ぶ授業を受けたことはありますか?私は地元農家さんの芋掘りの手伝いや職場体験などをしたおぼえがあります。
こうした「ふるさと学習」や「地域に根ざした教育」を行う意図として、子どもたちに地域のことを知ってもらって、できたら愛着を感じてほしい、その上で将来的には地元で生きていくという選択肢も持ってもらえたら…という地域側の願いがあると思います。
しかし、実際これらの教育を通して子どもたちの定住志向は高まるのでしょうか?
今回は、地域に根ざした教育と定住志向の関係について調査した論文を紹介します。
研究課題
子どもを対象とした地域愛着と定住志向との関係についての研究はなく、子どもの定住志向にどのような地域に関する意識が影響しているのかは十分に明らかにされていない。
子どもの地域愛着の醸成、さらには定住志向の高まりに対する教育活動の効果についても十分に実証されているとは言えない。
目的
子どもに対する地域に根ざした生活体験や自然体験を通じた教育活動を対象に、子どもの定住志向を高める要因と、学校の取組内容や年齢、立地による違いについて検証することを目的とする。
研究方法
対象
石川県能登町の全ての小中学校9校
調査時点では、実際に海洋教育が導入 されていたのはD小学校のみ
D小学校の 5、6 年生で、社会、理科、家庭科、総合的な学習の時間から年間 35 時間が里海科の時間にあてられている。
D小学校のある地域には漁港があり、イカ釣り漁業と定置網漁業で知られている。
里海科では、地域の海岸清掃、地域のイベントへの参加、イカ釣り船団の見送り、漁師の仕事体験、地域の食材であるイカを使った調理など、地域の特色を活かした授業が実施されている。
調査方法
アンケート調査
海洋教育の対象学年
小学4、5、6年生の全児童の合計332名、中学1、2年生の全生徒の合計225名計557名を対象に配布し、545部の回答が得られた(回収率97.8%)
分析方法
「定住志向」を従属変数とした重回帰分析により、教育活動が実際に定住志向を高めることに繋がっているのか検証する。
t 検定により1)海洋教育の実施校であるD小学校と他の小中学校の違い、2)小学生と中学生の違い、3)海に面しているかどうかの校区の立地の違い、を明らかにする。
結論
地域に根ざした教育活動を通じた子どもの定住志向への影響要因は
「海に関する学習への意欲」
「地域の祭りへの参加」
「祭り以外の地域の行事への参加」
「地域の特産品に対する誇り」
であることが明らかとなった。
1)海洋教育の実施状況による違い
海洋教育が導入されている学校は、定住志向に影響しているすべての項目の値が高い結果となった。
2)学年による違い
学年が上がるにつれ、地域とのかかわりが薄れ、それとともに定住志向も低くなっていることが推察される。
3)校区の立地による違い
内陸の学校では、他の小中学校より海に遊びに行く頻度が低いことが確認できた。しかし、校区の立地による有意差が得られたのは「地域の祭りへの参加」だけであった。
今後の課題
追加調査を実施し、 全小中学校における海洋教育の導入前後の効果を比較検討し、地域に即した学習内容や地域連携の在り方等、 定住志向を高めるための方策について解明する。
編集後記
教育というのは種まきのようなもので、その効果があらわれるのは人それぞれのタイミングがあるように思います。教育者側が意図した形で花開くことの方がむしろめずらしいのではないでしょうか。
地域に根ざした教育を行ったところで、それが直接的、即時的に定住志向にむすびつくかというとそういうわけでもないだろうと自分の経験をふりかえっても感じるところです。ですので、本論文のようにある時点のみの単発調査で地域に根ざした教育と定住志向の関連がみられたとしても、それが将来的な定住につながるかは追跡調査による検証が必要でしょう。
ただ、だからといって、地域について学ぶことがムダだとはまったく思いません。いつ・何が・どう・その人の人生に影響を及ぼすのかはわかりませんし、その未知なる可能性におもしろさがあり、願いを託したくなるというのが教育の醍醐味なのだろうとも思います。
論文中ではふれられていなかったのですが、定住志向の影響要因をみると「地域の特産品に対する誇り」が最も定住志向に影響を及ぼしていることがわかります。一方で、「地域の自然に対する誇り」は影響要因としては示されませんでした。こうしたことを踏まえると、小中学生にとっては、地域らしさが目に見える形で感じられると(○○町といえばコレ!というものがあると)、より地域との結びつきを感じやすいのかもしれません。
こうした話題はシビックプライドと通ずる部分があるので、またの機会にシビックプライド研究についても紹介したいと思います。