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白杖のひと

駅前の朝7時半の喫茶店。

座る所を探さないといけないくらいの大変な混雑。

ビジネスパーソン、学生やさまざまなな方々が入れ替わり立ち替わり訪れ、また今日一日の自分のシナリオに向けて出発して行く。

そこに白杖の女性が現れた。

白杖の女性は足どりはしっかりと、とはいえ周囲に触れながら店内を進んで行く。

カウンターに座るビジネスマンの肩に少し触れ、触れられた男性は一瞬何事かと振り返る。

店員の方が「こちらの席が空いてますよ」とさらりと導き、コーヒーを持って来てもらいしばし一息。

私はソファ席にいて、その女性はカウンター席で私の正面にちょうど背中を向いて座ってくつろいでいる。

日常の何気ない風景。

しかし、何気ないと言いつつ、自分が視覚がない(弱い)状態で白杖をついて朝の混雑した喫茶店へコーヒーを飲みに行くことはできるだろうか。

そんなことを思いながらコーヒーを飲みながらメールをチェック、10分読書。

そうこうしているうちに白杖の女性は立ち上がり、そこに店員さんがすっとやって来て、さりげなく寄り添いサポート。

店員さんは自然にいつもやっている感じで、文字通り「寄り添って」お店を出るまで一緒に歩いて行く。

「サポート」ということではなく「一緒に」という感じの所作が美しかった。

夏の日の木漏れ日のお裾分け。

「寄り添う」という言葉は最近結構使われている感があります。

「寄り添う」とは、その人に近くまで寄って行って、しかも側や脇にいること。

そこまでの状態は、相手との信頼関係がないと本当はできないのではないだろうか。

「寄り添う」ということはそれを発信する側にはそれなりの覚悟が必要なのではないか。

そして、「寄り添われる」側も上・下、強・弱ということではなくフラットな関係性やそのような意識の中で進むものなのかもしれない。

いや、寄り添う事のできる人は「寄り添います」など言わずとも、そんな言葉知らなくても喫茶店の店員さんのように自然体でできる人なのではないか。

白状の女性と店員さんとのやり取りを見ていて、そんなこと思った夏の喫茶店の朝7時半でした。

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