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逃北 疲れたときは北へ逃げよう/読書案内

逃北 つかれたときは北へ逃げます /能町みね子

文芸春秋 単行本 274ページ

つらい時、疲れたとき、北へ逃げるのか、南へ逃げるのか。私は迷わず〈北へ逃げる〉です(多分)。

決断を迫られたとき、つらい時、誕生日にも北へ向かう選択をする能町みね子は、これを「逃北」と呼んでいる。北へ逃げる。何とも格好いい。私も逃げるなら断然北がいい。南の島でのんびり癒されるのもありだ。大阪港から沖縄行のフェリーが出ている。別府なら弾丸フェリーもある。しかし(行きたいはずの)北に行くのは、敷居が高い。学生の頃を除いて信越、東北方面に行ったことがない。だからこそ妄想が広がる。北の港町で吹雪の中を、コートの襟を立てて歩いている自分を想像する。そして地元の喫茶店(夜はスナックになる)で、サイフォンコーヒーを飲んでいる。窓の外では、漁船が停泊し、鳥が飛び、粉雪が舞う。このように『逃北』を読んでいると妄想が広がる。どんどん広がる。それだけで名著である。

本書は、稚内、小樽、夕張、新潟、青森からグリーンランドなどへの北を目指す面白い旅の記録である。何が面白いか、それは彼女が逃北で訪れた場所である。私も彼女が訪れた場所を是非訪れたい、滞在したいと思わせてくれる。
能町みね子は、「観光地はわりとどうでもいい。」と言い切る。これが私の琴線に触れる。まったく行かない訳ではないが、強いて行かないという曖昧さもいい。後は地元のスーパーや食堂、ローカル電車での会話等など地元の生活感溢れるものに触れていく。何もない町、突発的に降りた無人駅など、がらんとした空間、寂しい場所好きな人には、心に響くポイントばかりだ。追い詰められたら「逃北したい」と思う人に、最適の一冊であることを保証する。

著者は逃北の折りに詩人尾形亀之助の墓にお参りしている。尾形亀之助は、ダメ人間の代表のような詩人で、親の財産を食い散らかしり、浮気性で酒ばかり飲んだりしていた。しかしその作品はガランとして、暖かく、むなしくて、心を打つ。本書は、尾形亀之助好きの人の心にも届くと思う。


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