服屋でアルバイトしてた頃の思い出
だいぶ昔に服屋でバイトしていたことがある。
服屋といっても、オシャレな一張羅を買うような店ではなく、今ではどこの街にもある有名量販店だ。
アルバイトといっても、繁忙期の3ヶ月間だけの契約で入った短期のもの。
正式なアルバイトよりも立場の低い存在で、いわば「お手伝い君」といった感じだった。
お手伝い君の主な仕事は、倉庫でのピッキング作業と開店準備。
ピッキング作業とは、倉庫のダンボール箱を開けてコートやシャツを袋から取り出し、ハンガーに通して店内の該当場所に補充するだけのシンプルな作業だ。
売れ筋の商品はある程度決まっている。
私が勤めていたのは11月の頭からだったので、「ダウンロングコート」という商品が飛ぶように売れる時期だった。
特に白色が一番人気だ。
紫色もたまに売れるが、白の5分の1くらいの割合だろうか。
観察していると、白が売り切れたため仕方なく紫を選ぶお客さんも多かった。
一方で、赤はほとんど売れない。
補充する機会も少なく、個人的には悪くない色だと思っていたので、赤が売れるとちょっと嬉しくなる。
赤は目立つ色なので選びづらいのだろうが、男で赤を上手く着こなしている人を見ると「こいつ、できるな!」と素直に感心する。
とはいえ、赤いノースリーブにサングラスを合わせるような時代が来るのは、まだまだ先だろう。
そんなことを考えながら、淡々と作業を続ける。
とにかく白いダウンロングコートは人気があるため、朝から売れた分を補充しても夕方には在庫が尽きることがほとんどだった。
仕事帰りらしいお客さんが、売り切れた白いコートを探す姿を横目に見ながらも、「白はもう売り切れですよ」と声をかけることはしない。
むしろ少し距離を置く。
なぜなら、「白はもうないんですか?」と聞かれるのが面倒だからだ。
他の商品なら他店舗から取り寄せることも可能だが、白いダウンロングコートはどの店舗でも在庫がほぼない。
そう答えると、次にくるのはほぼ100%この質問だ。
「次の入荷はいつですか? 予約できますか?」
残念ながら、お手伝い君の私には次の入荷予定はわからないし、知っていても「知らぬふりをせよ」という店長からのお触れが出ている。
次は未定だと伝える。
ここで素直に引き下がってくれるお客さんはありがたいが、厄介なのは「もう無い」とわかっているのに、店員を引き止めて「う~~~ん」と悩むお客さんだ。
残念ながら、もう打つ手はないのだ。
倉庫事情を知っている私が言ってるんだから、どうしようもないって!
諦めてくれ~~~!と祈るしかない。
そうこうしているうちに、また別の白ダウンロングコート目当てのお客さんがやってくる。
さっきの悩んでいたお客さんがやっと諦めたところで、今度はまた違う人に「白はもうないんですか?」と聞かれる。
これぞ無限ループだ。
そんな白いダウンロングコートを巡る無限ループの中で、見覚えのある顔を見かけた。
同じマンションに住んでいたヤンキーだ。
私が小学生の頃、集団登校で通学していた際、彼は同じ階に住んでいた。
しかし、小学5年生だった彼は無愛想で、朝の挨拶代わりに1年生の私をじろりと睨んでくるのが常だった。
そのせいで、しばらく通学が憂鬱だったことを思い出す。
そんな彼が時を超えて私の元にやってきた。
彼もまた白いダウンロングコートに導かれた迷える子羊だったのだ。
どうやら彼も私が誰だか気づいたようで、馴れ馴れしく話しかけてくる。
当時の無愛想さは全くない。むしろ好青年だ。
が、悲しいかな、それが「白ダウンロングコートが欲しいが故の愛想の振りまき」だとわかってしまう。
欲しいものがあるときの子供のよそよそしさとは、こういうものなのだろう。私も親に見透かされていたのだろうか。
やはり彼も白ダウンロングコートが欲しいらしい。
知り合いパワーを全開にして食い下がるが、無いものはない。
そして、彼も例の質問を放つ。
「次の入荷はいつなん? 予約できんの?」
ここからがまた長くなるところだったが、私は定時が近かった。
そこで禁断の技を使うことにする。
「すいません、入荷の日は私もわからないんですけど~、そうですねぇ金曜日が~いいですよねぇ~。そう、金曜日が一番いいです」
私がそう答えると、彼は「わかった」と納得し、笑顔で店を去っていった。
毎朝あんなに無愛想だったヤンキーを笑顔にする白いダウンロングコートの魔力は、本当にすごいものだと思う。
きっとファッションとは、人を幸せにするために存在するのだろう。
そんな当たり前のことを、一人のお客さんから教わった気がする。
ただ、彼に伝えた「金曜日」は、入荷日とは全く関係ない。
私の定休日だ。毎週シフトで休みにしている日。金曜日が一番いい。
金曜日は最高!!
そんなこともあり、服屋のバイトは契約通りの3ヶ月で辞めた。
私は服屋に向いていない。
みなさんもお目当て品があったとしても、店員に「もうないよ」って言われたら潔く諦めましょう。
完