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早川隆『幕府密命弁財船・疾渡丸 那珂湊 船出の刻』について語りたい

 皆様こんにちは。台風10号の影響がようやく落ち着いた頃でしょうか。まだまだ残暑が厳しい様子。どうぞお気をつけてお過ごし下さい。

 本日は、最近読んだ時代小説の感想をば。
 先輩作家でいらっしゃる早川隆先生が、先月20日にご刊行なさった『幕府密命弁財船・疾渡丸(一)那珂湊 船出の刻』(中公文庫)。こちらがですね…ほんとうに素晴らしくてですね…!!
 ぜひご紹介せねば!といても立ってもいられませず。
 以下、かなりネタバレしていますのでご注意くださいませ。

装画がまた小粋で華やかなのです…

 「船に乗った水戸黄門」がキャッチコピーの、全国津々浦々の湊を巡る弁財船(中世末期から全国で広く用いられた大型木造帆船)『疾渡丸』の冒険物語です。この疾渡(はやと)丸、ただの船ではなく、実は公儀の密命にて各地の湊の平和を守る役目を負っていて…。

 という設定がすでに「そんな時代小説見たことないぞ」とワクワクするんですが、ほんとうに今までにない時代小説でした。そして今までになく斬新でありながら、ストーリーはエンタメの王道を突き進み、人間の悲しみと喜び、苦悩と成長を見事に描き出す。根底にある人間を見詰める視線のやさしさがじわじわと胸に染みます。さらにそれを、輝くような情景描写が包み込む。
 物語の醍醐味をとことん味わわせてくれる、おいしいおいしい物語といいましょうか。もう、どこから齧っても最高に美味
 そうだ、おいしいといえば、登場する食べ物がどれもこれも異様においしそうなんですよ…(唐突)。マンボウ…マンボウ食べたい…という話は置いておいて。
 読むのが幸せでたまらない、何度も読み返してしまう、そういう読書体験ができる小説です。

 第一章の「那珂湊 船出の刻」、色んな意味で完璧じゃないかと思った章でした。陰謀に立ち回りにと思う存分エンタメしているのに、詩的で感動に満ちている。
 冒頭数行にして、ああこれは面白いよ、と鳥肌が立ちました。ほぼ5行置きに胸がつまって読み進む手が止まる状態でした。真面目に。そして読み直してまた頭を抱える感じで、話が進まない進まない(笑)

 ゆらゆらと、揺られる大船の艫に立ちつくした鉄兵は、はるか彼方、極浦(水平線)をじっと眺めていた。
 青褐色の夜空のあちこちに遠く無数の星々がまぶされ、白や黄金や白銀や、さまざまな色で輝きを放っていた。低空にはどこかうっすらと靄がかかっているように見える。そのためか月の光も、ほんの少しだけ滲んでいる。
 海と空の際は、明るくふちどりされているように見えた。

第一章「那珂湊 船出の刻」p9より引用

 「星々がまぶされ」って何ですかその繊細で美しい表現…まぶされ…星々がまぶされ…(で、しばし躓く)。月の光も、ほんの少しだけ滲んで…うう、美しい(また止まる)。
 それで、一ページ目から動揺しているところに早川先生お得意の子供たちが登場してですね(子供を描くのがとてもお上手だと思うんですよ…)、

「だって、ここはお寺だよ。あたしたち、お坊さんにお世話になってるじゃない?」
 おきくは、くりっとした大きな瞳を向けて言う。
「そ、そりゃ、そうだ」
 鉄兵はつまったが、
「でもさ、おいらたち、まだ死んだわけじゃねぇ。死んでないんだから、御仏の国になんか、行かなくてもいいんだ」
 あわててそう言い添えた。
「そうだね」
 おきくは、素直に納得した。そしてにっこりと笑顔で言った。
「御仏の国には、あたしたちのととさんやかかさんがいる。でもあたしと鉄兵は、まだこの世にいる。あたしたちが向こうに行くのは、まだずっと先のことだよね」
「そうだ、縁起でもねぇ。そもそも、墓場でするような話じゃないよ」

「那珂湊 船出の刻」P14-15より引用

 ここでどわーと心で涙した人です。ここだけ取り出しても伝わりにくいかと思いますが…不意打ちでこういう何気ない、やさしくも悲しい文章を織り交ぜてくるので、涙腺がもたないです。巧みすぎる。

 そこから弁財船「疾渡丸」建造のパートへ話が移るんですが、この部分もまた面白くてですね。何とも胸が踊ります。疾渡丸の構造や特性、建造風景や職人たちのカッコ良さ。ここ、船や海運に馴染みのない方でもワクワクするんじゃないでしょうか。当時の造船技術や湊のありようが生き生きと描写されていて、慶安というおそらく多くの読者には馴染みの薄い時代が、一気に身近に感じられるはず。
 ストーリーの部分はあまりネタバレをしたくないのですが、冒頭の少年鉄兵をはじめ、船に乗り込む様々な人々が登場します。彼らの抱えるものが少しずつ描き出され、悪役が姿を現し、疾渡丸の船出と合わせるように、ストーリーは絡まり合いつつ加速していき…

…ラストパート、時代小説屈指の名場面だと思うので、ちょっと読んでいただきたい。
 何もかもが完璧。読んでぜひ打ちのめされてください。

 大団円…めでたしめでた…じゃなくて、ここからが冒険の始まりなのでした!(満足し過ぎた)
 
 第二章、ここから疾渡丸は密命を果たすべく動き始めます。第一章とはガラッと趣きを変え、捕物帳や人情ものにぐっと寄せたストーリーが展開されていきます。事件や派手な立ち回りもあって目が離せない。
 鉄兵と虎之介(船長)、いいんですよ…ほんとやさしいなぁ。捕物的といってもバッサバッサと敵を切り捨てるのが彼らの任務ではないため、同じ人間として、敵の立場の人のためだろうと奔走する姿が胸を打つ。しかし、物語は苦い結末を迎えてしまうのですが…
 けれど疾渡丸の前途には、青く美しい海と、生き生きとした人の暮らしが広がっている。苦さとともに希望を感じさせる、余韻ある幕切れでした。
 
 そして、来月10月21日に早くも第2巻が刊行されます!
 タイトルは『幕府密命弁財船・疾渡丸(二)鹿島灘 風の吹くまま』。

 タイトルがもう刺さる感じです。楽しみでならない…!!
 好評であれば以後も続刊予定とのこと。どしどし続いて欲しいと思います♪
 映像化したら素晴らしく面白いだろうなぁ。全国に残る弁財船を使ってぜひ…!と密かに願っています。

 余談なのですが、良質の心揺さぶられる本を読むと、自分の書きかけの作品のダメなところが急に見えてくることがありまして。
 本書を読んだら、さっそく執筆中の原稿の課題がわんさと沸いて出てきました。ストーリーはまるで異なるのに不思議な現象だなと思うんですが、ここもあそこも甘い甘すぎる、てんでなってない、ともう冷や汗です。
 ストーリー、キャラクター造形、構成、どれも素晴らしい完成度なのでたいへん勉強にもなります。

 早川先生は第6回アルファポリス歴史・時代小説にて「礫」が特別賞を受賞し、『敵は家康』に改題してデビューなさっておられます。
 こちらの『敵は家康』も、衝撃の構成と破格の筆力で度肝を抜かれました。戦国の世を生き抜く少年の壮絶な成長譚。風格ある美しい文章と、過酷でありながらもあたたかい人間ドラマは先生ならでは。これがですね…実質初めて執筆なさった長編小説だそうで。

(しいたけが食べられませんとかおっしゃっている場合じゃないですよ…!↓)

 先生のnoteではご著作の製作秘話を語ってくださっていますので、訪れてみられてはいかがでしょう。弁財船のお話など非常に面白いですよ。 
 早川先生、今回のシリーズの刊行まで大変なご苦労がおありだったそうです。厳しい出版業界の現実には震え上がるばかりなのですが、その中にあって今回シリーズ刊行という快挙を成し遂げられ、このように感動的な物語をご刊行なさったこと、勝手に後輩を名乗っている私もほんとうに嬉しい限りです。
 ぜひこれを期にご作風が知れ渡り、ご著書の評価が爆上がりし、各版元さんからご指名が殺到することを願ってやみません。イケイケどんどん。

 『幕府密命弁財船・疾渡丸』シリーズ、ぜひご一読ください♪
 時代小説の最先端を切り開く先生のますますのご活躍、心より楽しみに致しております!!


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