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森のくまさんに襲われた日

小学生の頃までは、夏休みといえば花火と祭りとプールとキャンプだった。

大人になってもプールがビールになったくらいで夏のイベントに大きな変化はないと思う。
だけどオリエンテーリングキャンプは小学生の私にとって夏の特別な行事のひとつであった。


町内会主催で毎年開かれるそのキャンプは、小学生の児童たちを近郊の山にある少年自然の家という施設へ連れていき、カレーを作らせたり飯盒炊爨はんごうすいさんや薪割りをさせたりして集団活動による親睦を図るのが目的だった気がする。
知らんけど。

低学年の頃は親と離れて一泊二日でキャンプに行くというだけで鼻血が出るほど興奮し前の晩はなかなか寝つけなかった。

でも高学年の、特に6年生にもなるとすっかり慣れてしまい、去年あの場所のクヌギでカブトムシがいっぱい捕れたから今年も狙おうとか、今年こそは野生のシマリスを餌付して大量捕獲してやろうとか、有志を募って女風呂を覗きに行こうとか、およそろくなことを考えない。



キャンプ当日の朝、児童たちと引率者が1台の大型バスに乗りこんで出発し、車内で班決めが発表される。
学年のバランスを考え4~5人に分けられた班が5つほど決まった。
キャンプ中はずっと同じ班で行動する仲間だ。

その年、私の班は6年生の私を筆頭に5年生と3年生の女子、4年生の男子と女子の5名編成だった。

キャンプ場に到着すると、さっそく班ごとに分かれてカレー作りが始まる。
自分たちで食事を作るのはこの1回だけだ。
普段はしない料理だが、みんなけっこう楽しそうに取り掛かっていく。

私はもうキャンプ4回目なので、5年生の女子のりこ【名前は覚えてないので以下全て仮名】が初めて参加した3年生のぽかへ野菜の洗い方や切り方を教えている間に4年生の2人と飯盒を組んで火をおこしたり薪集めをする。

4年生のりん惺仁せいじは来年のキャンプで下級生に教える立場になるので、特に念入りに飯盒炊爨の炊き方やコツを教える。
そうやって来年以降に繋げていくのだ。

カレーとご飯は上手に出来上がった。
自然の中で自分たちが作った料理は大抵の場合美味しい。
メンバーの性格や個性も少しずつ判って打ち解けてくる。


食事と後片付けの後には自由時間がある。
私はかねての計画通り昆虫採集に行ったが、昨年あったクヌギの樹が伐採されてしまい収穫は少なかった。
それでも、自分の班にカブトムシを持っていくと凛と惺仁は珍しそうに観察し、のりこは興味が無さそうで、ぽかは怖がって泣きだした。

その後、薪割りをしてその薪でキャンプファイヤーが行われ、施設で夕食と入浴を終えると部屋の2段ベッドで泥のように眠った。

けっこう疲れていて、風呂を覗きに行くのは忘れてしまっていた。





翌日の2日目は最終日。
この日は班対抗のオリエンテーリングが開催される。


オリエンテーリングは地図とコンパスを使って山野に設置されたポイントをスタートから指定された順序で通過し、フィニッシュまでの所要時間を競う野外スポーツの一種だ。
(Wikipediaより引用)

キャンプのタイトルでもあり毎年必ず行われるイベントで、最も速くゴールして優勝した班には賞品(図書券)が贈られる。
私は過去3年、1度も優勝したことがなかったけれど、図書券が欲しいわけでもないので楽しくゴール出来ればいいやくらいに考えていた。

メンバー的にものりこは5年生だが凛と惺仁は4年生で野外活動より図書室にいる方が似合いそうな感じだったし、ぽかに至っては問題外と思われた。


案の定、スタートした私たちはさっそく道に迷い、何とかポイントを発見して進んでは行ったものの、最後のポイントを見つける頃には他の班はずっと先の方まで行ってしまっている様子だった。


のりこがぽかの手を引きながら
「ぽかちゃん、あと少しだから頑張ろうね」
と声をかけると、ぽかは突然
「くまさん!」
来た道の後ろを振り返って大声をあげた。

見ると、10数メートルほど離れた道の外れ、藪の中に紛れて黒というより茶緑っぽく大きな四つ足の生き物がこちらを窺っている。

間違いない、熊だ。

「みんなこっちへ!」
私たちは道の山側に集まると、谷側にいる熊の様子を確認する。
実際に目の前で見た野生の熊は凄まじいほどの迫力で、熊がもし一声吼えていたら間違いなく漏らしていたと思う。
私たちが声も出せずに熊を見つづけていると、やがて熊はガサリと一歩前に脚を出した。

このままでは襲われる!

咄嗟に私たちの行動は一致した。
私はぽかを背負いその背中をのりこが押した。
惺仁は凛の手を掴んで引っ張った。

私たちは一斉に走り出した。


野生の熊に背を向けるのはタブーらしい。
実際、熊が私たちを追ってくる気配を感じた。
でもそんなことはお構いなしに走り続けた。

やがて疲れて倒れそうになったころ、目の前にオリエンテーリングのゴールが見えてきた。

振り返ると、もう熊は追って来ていなかった。





私たちはゴールのあと、施設の職員へ熊に遭遇したことを伝えた。
自然の家ではすぐに猟友会へ連絡して山狩りを行ったが、熊は見つからなかったそうだ。

そしてこれは余計なオチかもしれないが、私たちが熊に追われ猛ダッシュでゴールしたおかげで、オリエンテーリングは見事に逆転優勝して図書券を獲得したのだった。





いまでも『森のくまさん』を聴くと、お喋りな熊と頭のイカれたお嬢さんのやり取りにハラハラする。
この歌詞を誰が作ったのか知らないが、原曲がこんなに能天気ではなかったのだけは確かだ。


皆さまがもし森の中で熊に出会ったら、決して会話を試みようなどとはせず一目散にその場から離れることを強くお勧めしたい。

熊と人間が共存する未来は、まだもう少し先になりそうだから。






Special thanks : 
おぬきのりこさん 夏木凛さん
渡邊惺仁さん ぽかさん

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ささかま
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