私の推しショートカットキー
左手の小指は、Ctrlキーにそっと添えて。
指は添えるだけ。私はシュートを覚えたての桜木花道のように、キーボードにそっと手を添える。フェザータッチよ。フェザータッチ。押すタイミングは、脳が司令する。左手の薬指か中指はSの付近に待機。こちらも触れるか触れないかの距離を保って。
触れるか、触れないか。
これほどまでにドキドキする距離感を、私は他に知らない。10代の多感な時期に、初めて異性と10cmくらいの距離まで近づいた時の感覚は幾許か。触れるのはあなたの体温だけ。半袖で顕になった上腕二頭筋から少しだけ伸びる体毛さえも、私に触れることはない。その皮膚から放たれる体温が、風に乗って私の皮膚に触れるたび、私の胸は高い音を鳴らしながら早鐘を打つ。
あれ?
なんの話しようとしてたんだっけ。
そうだった。思い出した。今日は、推しショートカットキーの話をしようと思って。
社会人になったらよく目にする、よくあるまとめ。
みたいなやつ。
そこで大体50%くらいの確率で選ばれていないのが「Ctrl+S」。
これは私の体感。WEB上の全てのまとめを見たわけではないので、信ぴょう性は全くないことを申し添える。
そう。ここは、無法地帯。信頼と実績ゼロのnoter 猿荻レオンです。年齢44歳。WEB上ではよく男性と間違えられますが、生物学上の性別は女性です。ショートカットキー以外で推しているのは亀梨和也。かめたんです。好きな豚骨ラーメンの麺の硬さはカタメンです。
私はその「これだけは覚えておいた方がいいショートカットキー」に選ばれないCtrl+Sを推している。そしてそのショートカットキーを押すことに、私は長けている。
1分おき、あるいはワンフレーズを入力するごとにCtrl+Sを押しているといっても過言ではない。
私がそれほどまでに推す押すCtrl+Sとは「名前をつけて保存」あるいは「上書き保存」をするためのショートカットキーだ。私は主に「上書き保存」をするために、このショートカットキーを用いていることが多い。
なぜ、これほどまでに私がCtrl+Sにこだわるのか。
それは幾度となく、作業途中のデータを消したことがあるからだ。
なぜデータが消えてしまったのかは覚えていない。声をかけられたからかもしれないし、他の作業を始めたからかもしれない。
誰かと共に仕事をしていると、いや、一人で仕事をしていたって、他の作業が入ってきたせいでデータを保存せずに閉じてしまうことがある。
データを閉じてしまった時の私は、他のことに意識が向いているので上書き保存をしていないことに気づかない。当たり前に他の作業を終え、再び自分の作業に取り掛かろうとして、私は愕然とするのだ。実がたっぷりと詰まった稲穂のように頭を垂れ、先ほどまで入力していたはずのデータが影も形も残さずに去っていることに頭を抱える。そんな経験が、私には何度もある。
しかし、それは数年前の私のこと。
今の私には、そんなことは起きない。私はいつの日か、Ctrl+Sを覚えたのだ。1分おきにCtrl+Sを押すことで、データが消えてなくなるということがなくなった。私は喪失することを喪失したのだ。
私はかつての私に教えてあげたい。
一番推せるショートカットキーは、Ctrl+Sだと。