集団行動が苦手な私の、少し寂しくて、なんだか虚しかった成人式の話。
40歳をとうに越えたというのに、集団行動となると未だに身構えてしまう。
周りのみんなは上手くやれているように見えるのに、どうして私には、それができないのか。考えても答えは出ないし、やり方を教えてもらっても上手くはできない。時間とともに上手くできない不甲斐なさを誤魔化すのだけは、一丁前になった気がするけれど。
今では、一人で外食をしても寂しくなくなった。予定が空っぽだったとしても、その空白にあるのは虚無ではなくて自由だと思えるようにもなった。
それでも、赤や黄色などの色とりどりの振袖を着た可愛い女の子たちが連なって歩いているのを見かけると、胸に冷たい灰色の風が吹く。無性に虚しい気持ちになるのは、仕方のないことだとも思うわけで。
👘
意識を失ったのは、後にも先にも、これきりだ。
暑い夏の日だった。
20歳になった年のこと。
夏に前撮りをすると格安で済むからと、節約志向の母が、店を調べ予約をしてきた。成人式用の振袖を着て、事前に写真を撮る前撮りというものだった。
そもそも私が成人式に出席するつもりがあったのかどうかも、振袖を着るつもりがあったのかどうかも覚えていない。私は集団行動が苦手で、グループに属することが出来ない上に、イベント事に関心の薄い人間だった。成人式や振袖の情報を、私が事前に把握していたとは到底思えない。だから多分、"成人式のことは、特に何も考えていなかった"が、一番、真実に近い気がしている。
ただ、そんな私にも一つだけ分かっていたことがある。数少ない友人には、私が属していない仲良しグループがあったということ。そして、私が成人式に参加したところで、どこかのタイミングで"ぼっち"になってしまう、ということだった。
「成人式、行かないの?行こうよ!」
誘われるのは嬉しいはずのに、行こうという気持ちが湧いてこない。賑やかな場面で“寂しい“という感情を誤魔化さなくてはいけない場面が、必ずくる。そんなことを想像すると、成人式への熱は急速に冷めていった。
それでも、振袖を着てみたいという気持ちは、私にもあったらしい。
小さい頃から好きなのは、赤い色。
赤い振袖に袖を通した時の高揚感が記憶の片隅を過ぎると、当時のことを思い出して口の端が緩む。焼き増しされて薄くなった嬉しかったという感情は、未だに私の胸に残っている。
一方で、苦しかったことも忘れてはいない。
前撮りのスタジオで、着付けをされた。ぎゅぎゅぎゅと帯を締められて、「大丈夫ですか?」と確認される。「苦しい」と伝えてはみるものの、こんなものかもしれないとも思った。普段着物を着ることなんてないから、苦しさの程度がよく分からない。それに、なんでも「大丈夫」と答える性格が災いした。あれは確実に、まだ苦しかった。上半身を少し前に屈めるだけで、ぐえっと息苦しさを感じた。それに、とてつもなく暑かった。
苦しい中、撮影が始まった。
椅子に座ったり立ったり、首の角度や表情を指定されたりもした。ライトを当てられながら、パシャパシャと写真を撮ってもらう。
座るとか立つみたいなことは、当たり前にできるのに、口角を上げるとか首を傾けるみたいな細かな作業が存外に難しい。
「笑って〜」
笑ってますけど〜!
苦しいんですけど〜!
カメラマンにツッコミを入れながら、笑えたらよかったんだろうけれど、そんなことが出来るわけもなく。ぎこちない笑顔を浮かべ、なんとかやり過ごしながら、撮影はつつがなく進んでいる、はずだった。
室内での撮影を終え、外に移動することになった。
とにかく晴天。日差しは燦々と私に降り注いだ。空は青く、私は汗をかく。
「笑って〜」
そこからの記憶が、私にはない。
目を開けた私の目に映っていたものは、白い天井と、心配そうな表情を浮かべるたくさんの人たちの顔。
私は、あまりの暑さと苦しさに、意識を失った。その場でひっくり返ったらしい。プツンとそのシーンだけが、記憶から切り取られてしまっている。
「大丈夫?」と聞かれた私は、ここでも「大丈夫です」と答えたはずだ。冷たい水を飲み、帯を緩めてもらい、その後の撮影は、滞りなく終えた。
帯を緩めてもらった後は、苦しくなくなっていた。やっぱり最初はキツく締めすぎてたんだよ、と思った。同時に、大丈夫じゃない時は大丈夫じゃないって言わないといけないんだな、とも思った。けれど、何が大丈夫で、何が大丈夫じゃないのは、未だによくわからない。
👘
成人式はスーツで参加した。
すでに就職していた私は、仕事でも着れるからという理由で、成人式用にスーツを買った。チャコールグレーのスーツだった。リクルートスーツとは違うオシャレなスーツ。ジャケットだけでもパンツだけでも、着回せそうな素材がいいなと思った。
短めのジャケットに、細身のスラックス。
ズボンの丈は、くるぶしより上。短めにカットしてもらった。合わせて買った編み上げのショートブーツが映える丈。ローファーを履いたら、靴下のアーガイル柄が見える丈でもあった。仕事向きかと聞かれたら、仕事向きではない気がするが、私にとっての、一張羅だった。
会場には、自転車で行った。
かわいいスーツに、お気に入りのハンチングと編み上げのショートブーツを合わせたコーディネート。ショートヘアだったから、ひやりと冬の風が撫でる首元を温めるために、自分で編んだ真っ赤なやたらと長いマフラーをぐるぐる巻きにした。
会場には、振袖のかわいい女の子達がたくさんいた。白いふわふわの鳥みたいなショールをつけて、ロングヘアを綺麗にまとめた女の子。私は友だちや知り合いを見つけては、一緒に写真を撮った。振袖の集団の中で、スーツ姿の私は少し浮いている気がした。でもよく考えたら、成人式の半分はスーツの男子だから、別に浮いてなかったんだと思う。
式典には参加しなかった。
写真を撮ったら、ちゃんと成人式に参加したんだぞ、という気分になったからというのもあるけれど、情弱な私が"成人式は式典に参加するもの"という知識がなかっただけという話でもある。完全なぼっちでもなかったし、お世辞でもスーツをカッコイイと言って貰えて満足だった。
「このあとはどうするの?」
その後の私の予定は、元々空白だった。
誰かの「〇〇と飲みに行くんだ〜」みたいな予定を聞いて虚しくなるのはわかっていたから、私は保険をかけて、先に予定を作っておいた。
「この後は、予定があるから」
私は自転車に跨って、会場を後にした。自転車をぐんぐん漕ぐ。賑やかな笑い声が、次第に小さくなる。冷たい風が、体の真ん中を通り抜けた。チャコールグレーのジャケットが、ぴらりと風になびく。