見出し画像

煮込み料理でラクができたと感じたので、私は昨日の私に感謝する。

ギコギコと自転車のペダルを踏む。

足元には影が落ちていて、日が長くなってきたと感じた。少し前までは、この時刻なら、もうどっぷりと夜だった。影など見えない。街灯のオレンジがふわりと暗闇に浮かんで、私はそれを綺麗だなぁと眺めながら帰路に着いていた。それももう終わりかと思うと、少し寂しい。

寂しさを感じつつも、まだ明るい空を眺め、春が近いと胸が躍った。鼻はムズムズと、くすぐったさを感じている。

帰宅後、すぐに冷蔵庫を開けた。
昨日の夜に仕込んでおいた、手羽元のトマト煮の鍋を一瞥する。鍋を取り出し中火にかけると、ヒヤリと冷えていたトマトが、ぼこっぼこっと音を立てた。まるでその様子が溶岩のようで、私は火を弱めた。油断したら爆発する。

トマトの煮汁がソース状になるまで煮込んだ。
冷奴をあえて汚して、トマトソースで食べるんだい。

手羽元とトマト缶、あとはウスターソースにガーリック、オリーブオイルに醤油と砂糖と適度なお水。難しいことは一切なく、鍋に材料をぶち込んで煮詰めただけの料理だ。前の晩に時間をかけて煮ているので、手羽元がほろっと煮崩れている。鶏肉とトマト、それにいろんな調味料が複雑に絡まって、案外複雑な味がする。それに、ご飯が進む。簡単で美味しい。

帰宅後、温めるだけで料理ができるって、ありがたいなぁとしみじみ思った。

帰ってきてから30分で、食卓についてご飯が食べられるんだもの。
すごい。めちゃくちゃラクチン。簡単すぎて、ありがたい。

でもそれって、今日の私のために昨日の私がしておいたこと。
うんしょっと重い腰をあげて、台所に立ち、明日の私のために料理をした昨日の私に感謝しなければな、とそんなこと考えた。

綺麗に平らげた皿を、台所に持っていく。
そこには、汚れた鍋がポツンと置き去りになっていて、私はざぶざぶと水を流し、水洗いをした。しばらく水につけておいてから、スポンジでわっしわっしと鍋を洗う。

綺麗になった鍋に水を注ぎ、二割引になっていた鯛の切り身とアラを放り込んだ。酒と醤油、砂糖に生姜。調味料を入れて、火にかける。ぐつぐつと鍋が音を立てた。私は煮えたぎる鍋を見つめながら、くっくと笑う。これで明日の私は、今日の私に感謝することになるだろう。





いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集