07_金髪の魔女は、今日もビールを飲んでいる。
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「ただいま」
玄関のドアが開く音がした。僕はその音でお父さんが帰って来たことに気づいた。ちょうどその時、僕はばあちゃんが作った焼きそばをずるずると啜りながら食べているところだった。
お父さんはリビングに入ってくるなり、
「ユースケ、ごはん食べたら、どっか遊びにでも行くか。ゲーセンか? それともバッティングセンターか?」
と聞いた。
「どっちも!」
僕が焼きそばを口から飛ばしながら勢いよく返事をすると、お父さんは嬉しそうに笑った。僕は皿に残っていた焼きそばをかきこんで、マグカップに入っていた冷たい麦茶を一気に飲み干した。
「そんなに急いで食べんでも」とお父さんは呆れたように笑っていたが、僕の皿が空っぽになっているのに気づくと、「食べたなら、早速遊びに行くか」とスーツを着替えに部屋に戻った。
二人で車に乗って、家から少し離れたゲームセンターやバッティングセンター、ボウリング場が併設されたショッピングモールへと向かった。
駐車場に車を置いて、いろんな音が飛び交うゲームセンターへと足を動かす。クレーンゲーム、レーシングゲーム、コインゲーム。とにかくいろんな種類のあるかなり大きなゲームセンター。
ゲームセンターにつくなり、お父さんはカバンから財布を取り出した。
「じゃあ、千円ずつな」
お父さんは千円札を2枚、財布から取り出すと、ゲームセンターの両替機で百円玉に両替した。僕に百円玉を10枚渡し、自分のポケットにも百円玉を10枚突っ込んだ。
「落とすなよ、ユースケ。何のゲームするとや?」
お父さんが僕に尋ねる。
僕は、「こっちこっち!」とお父さんを引っ張った。そして、エアホッケーの台の前で立ち止まると、台をポンポンと叩いた。
「よし、じゃあ勝負な」
お父さんは自分のポケットに入れた百円玉を2枚取り出して、チャリンチャリンとコインの投入口に小銭を入れた。僕はお父さんが出してくれるんや、ラッキーやな、なんて思いながらスマッシャーを手に取った。
お父さんは「子どもに簡単に勝たせるわけにはいかん」とかなんとか言って、本気で僕をやっつけにきた。
「リーチがあるんやけん、ハンデがいるやろ! せこい!」
僕はお父さんを睨んだ。けれどお父さんはニヤリと笑うだけで、全く聞く耳持たずだった。不敵な笑みを浮かべた。お父さんのパックはすごいスピードで、しかも一直線に僕のゴールを狙ってくる。
「ちょっと早いって!」「タイムタイム!」とゲームを一旦中断させようとする僕のことはお構い無しに、クソ親父は容赦なく僕のゴールにがんがんパックを入れ続けた。マジでクソ親父。次は絶対負けない。打倒オヤジ!
負けず嫌いの僕の闘志に火がついた。メラメラと闘争心が燃えている。
次は絶対に勝てるゲームにしてやる、と僕はゲームセンター内をぐるりと見渡した。僕は得意なゲームを見つけて、クスリと笑う。クックック。これなら負ける気がしないぜ。これに決めた。絶対に負けないやつを見つけた。マリオカートだ。
「次はアレで勝負!」と僕はシートに座る。
「まさか俺に勝つ気か?」
お父さんはどかっとシートに座った。
それぞれ自分のポケットから百円を取り出して、コインの投入口に入れる。僕はマリオを選んで、お父さんはクッパを選んだ。
「お父さん、クッパそっくりやん」
僕が煽るように笑うと、お父さんはニヤリと右の口角を上げて笑った。
僕とお父さんはデッドヒートを繰り広げた。抜きつ抜かれつ。クソ親父はここでも大人気なく本気を出してきた。
「運転歴、50年の俺に勝てるかな?」
50歳にはなっとらんやろと突っ込みたかったが、これはお父さんの作戦だ。その手にはのらないと僕は無視を決め込んで、クッパのカートに突っ込んでった。
1周目、2週目。どちらもお父さんが1位だった。僕がお父さんを抜こうとしたら、巨体で僕の行く手を阻む。
3週目のゴール付近、最後に僕が前を走るお父さんにアイテムを投げると、クッパのカートはクルクル回って一旦その場で停止した。僕は、そこを見逃さずお父さんを抜いてゴール!
見事、僕の逆転勝利!
「湾岸ミッドナイトなら、負けんのやけどな」
お父さんが悔し紛れにそんなことを言ったので、「負け惜しみやん」と言うと、お父さんは僕の背中をポンと叩いて、「次は何するとや?」と笑った。白い歯が口から覗いてる。なんだかお父さんも楽しそうだ。
その後も僕たちはクレーンゲームをしたり、コインゲームをした。
クレーンゲームには人気のアニメのキャラクターのフィギュアが置いてあった。僕はクレーンゲームにコインを入れる。クレーンはフィギュアの箱を掴んでは、その場でそれを滑り落とす。
100円、200円、300円。
「もうちょっとなのに!」
僕は百円玉を飲み込んでいくクレーンゲームを恨めしそうに眺めた。
あと1回あれば取れると思うんだけど……。僕はポケットに手を突っ込んで、そこでやっとポケットの中が空っぽになっていることに気づいた。
「ああ、お金なくなった! くっそー」
僕がケースに中のフィギュアを見つめていると、「ほら、もう1回やってみろ」と言って、お父さんが自分のポケットから百円玉を取り出した。
「え? いいと? ありがとう!」
僕はお父さんのポケットの百円玉も全て使った。けれどもフィギュアは僕の手元にやってくることはなかった。残念だけど仕方ない。
結局僕は、2千円分、ゲームを心ゆくまで楽しんだ。
ゲームセンターを出て、バッティングセンターへ向かう。お父さんはまた千円札を取り出すと両替機で両替をした。
「好きな急速でやってみろ」
僕は90km/hのボックスに入る。本当は最初は80km/hで試したいところだけど、ここはお父さんいいところを見せたい。
その日の僕は調子が良くて、僕がバットを振るたびに、白球はバットに当たては前へ飛んでいく。
「めっちゃ調子いいし、すげー気持ちいい」
僕はバッターボックスで思わず独りごちた。なんと20球中15球も前に飛ばすことができた。結構いい成績だ。
満足気にバッターボックスから出てくる僕を見て、
「やるな~。ユースケ」
とお父さんは声をかけてくれた。
その後、お父さんが1回、僕は2回ボックスに入って打ちっぱなしをして、僕は最後にストラックアウトまでやらせてもらった。
「喉乾いたな」とお父さんが言ったのを耳にして、僕も喉がカラカラになっていたことに気づいた。お父さんは自動販売機でサイダーを2本買う。
自動販売機から出てきたてのキンキンに冷えたサイダーを手に取ると、僕はすぐにプシュッと蓋を開けた。少し炭酸がこぼれそうになったので、僕は慌てて飲み口を口で塞いで、一気に飲んだ。
甘くてちょっと刺激的な炭酸が、喉をシュワシュワと刺激して爽快だった。
僕はおでこを伝う汗を左手の甲で拭って、パーカーでその手を拭く。
「げふ」
一気に飲んだので、ゲップが漏れた。
「汚ねえな」とお父さんは笑って、そしてゲフッとお父さんもゲップを漏らす。
「汚ねえな」と僕も言って、二人で大口を開けてゲラゲラ笑った。
ひとしきり笑った後、お父さんが少しだけ真剣な顔を見せる。
「ユースケ」
お父さんが、僕を見た。
「すみれがお母さんになるの、嫌か?」
お父さんの目は真っ直ぐに僕の目を見つめていた。僕と同じくっきりとした二重の眼。
「嫌じゃないけど。すみれさんいい人やし。ばあちゃんも孫ができるの喜んどるし」
僕がそう答えると、お父さんが胸を撫で下ろしたのがわかった。
「別にユースケをほっとこうなんて、お父さん思ってないからな」
「わかってるって」
僕が軽く口角を上げると、お父さんは僕の肩をポンと叩いた。
ちょっと寂しいだけなんだ、なんてこと、言えるわけがなかった。
家に帰ると、ばあちゃんが夕飯を用意して待っていてくれた。
今日はお父さんが好きなお刺身だった。僕もお刺身は好きだ。お刺身とがめ煮と冷奴。お父さんにはビールもついていて、ばあちゃんの目の前にもビールが置いてあった。すでに空の缶が1本置いてあったので、これは2本目なんだろう。もしかすると4本目かもしれないけど。ばあちゃんなら、そのぐらい飲んでてもおかしくない。
「ユースケもジュース飲むね?」
ばあちゃんが僕に尋ねてきたので、僕は首を左右に降った。
「もうさっき飲んだけん、今日はいいや」
僕は椅子に腰掛けた。
ばあちゃんは「じゃあユースケは麦茶やね」と冷えた麦茶をマグカップに注いでくれた。
三人で一緒に手を合わせると、ほとんど同時に「いただきます」と言って箸を手に持った。
「コースケ、明日すみれさん、迎えに行くんやろ?」
ばあちゃんが、刺身を口に放り込んで聞いた。
「ああ、そのつもり」
お父さんがビールをくいと飲んで答えた。
すみれさんは今日、うちに来る予定だった。
正式にうちに住むわけではないけど、しばらくうちに泊まって環境に慣れようという話になっていた。それはすみれさんが安定期に入って生活も落ち着いてきたので、赤ちゃんが生まれる前に、自分がばあちゃんちに慣れておきたいというすみれさんの提案だったと聞いた。
でも、僕は多分、そうじゃないと思ってる。
すみれさんは人付き合いが上手いと思うし、誰とでも仲良くなれる。だから慣れる必要なんてない。きっと僕がすみれさんがいる生活に慣れることができるようにと提案してくれたのだろうと思った。正直、それを伝えられても伝えられなくても、どちらでもいい話だけど、なんだか僕を除け者にしてコソコソ企んでいる感じが嫌だなと思った。僕はまだ小学5年生だけど、そのぐらいのことはわかる。きちんと説明してくれればいいのに、気の遣いすぎだとも思った。これじゃあ、仲良く慣れるものもなれないんじゃないかって。
赤ちゃんが生まれる少し前になったら、すみれさんはすみれさんの家に帰って、赤ちゃんを産む。そして次にうちで生活するのは赤ちゃんが生まれてから一ヶ月くらい経ってからになる、と言うことを僕は聞かされていた。
「明日と明後日なんやけど」
ばあちゃんがビールをぐいっと飲んだ。
「ちょっとばあちゃんとユースケ、旅行に行ってくるけん」
「りょ、旅行?」
お父さんが飲んでいたビールを少し吹いた。
「そう、旅行」
「は? どこに?」
お父さんと僕は同時に声を出した。
お父さんが驚くのはわかるけど、僕だって驚いた。旅行に行くなんて聞いてない。寝耳に水だ。
ばあちゃんは得意気に鼻を鳴らして笑った。
「ばあちゃんの昔住んどった街に行ってくる。別府たい。ユースケに海を見せたくなってね。あんたはすみれさんとゆっくりしときなさい。明日のご飯は二人で適当に用意して食べなさいね」
要件だけ言うと、ばあちゃんは視線を刺身に落とした。特に僕たちの反応を気にする様子もなく、もくもくと刺身をつまみにビールを飲んでいる。
「ばあちゃん、俺もなんも聞いとらんけど」
僕は刺身にたっぷり醤油をつけて口に運んだ。刺身に歯がサクッと入って、いい刺身だと僕にもわかった。むぐむぐと刺身を食べて、甘い醤油が口の中に残ったところに白いご飯を放り込む。
「ユースケは醤油つけ過ぎてから。そんなにべったり付けるもんやないって、いっつもいいよろうもん。旅行のことは聞いとらんとか当たり前たい。今日思いついたっちゃけん。でももう宿は予約しとるし、電車の旅たい。楽しみやね」
僕とお父さんは、二人で顔を見合わせた。
ばあちゃんが突っ走ったら、もう誰にも止められない。僕はばあちゃんについて行くしかない。二人で目を合わせて、頷いた。
ばあちゃんは呑気にビールを飲むと、短く切り揃えられた前髪をかきあげた。
ビールと同じ金色の髪の間から、耳たぶのピアスがきらりと光った。
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