これでよかったと思えるのも 私が死んだ時にわかるのかも
前回の記事から、まだモヤっとしていた。
三日前、娘が友だちを叩いたことによって
先生たちから 娘はどうやら 【発達障害】を疑われているように感じる(被害妄想😂)
先生「娘さん、最近は落ち着いていますよ」
「いや落ち着くも何もまだ 二、三に前のことですよ」(それは 先生に怯えて おとなしくしているだけの一時的なものかもしれない。もう園に対し疑心暗鬼)
正直なところ、幼稚園の先生が 毎度友だちとの間で起こったトラブルを 逐一親に報告してくることが
【全て家庭の問題で、愛情不足によるもの】
と言われているような気がして 心苦しい
(子育てしたこともない 先生になにがわかるの?先生は子どもたちを楽しませるプロだけど 親の気持ちにはまったく寄り添ってない)
(園でのトラブルなんだから 先生たちの監督不行き届きじゃん。そちらで解決してほしいよ)
実際に 先生に「では家庭でどのようにすればいいですか?」とお聞きしたら
「上の子との時間を おばあちゃんに下の子みてもらって 確保してください」
「下の子ばっかりになっちゃってるから、話を聞いてあげるだけで満足して満たされますよ。」
と。。
(じゃあ 下の子預かってよ!と責任転嫁しました、内心。うちの園では 両親どちらか休みだと登園をしてはいけないことになっています。)
行政さんよ、育休延長もいいが
両親が仕事が休みの場合でも 預けることは可 (ただし 預かり時間は契約内で)ということにしてくれませんか😂
と、まあ 私の心は 人のせい 環境のせい無双しまくっています
保護者会も近いし、親御さんたちにあいたくないし、、、
年末年始は 実家義実家の集まりもあるだろうし
行きたくない やりたくない 参加したくないことばかり( しなきゃいいじゃん)
「そんなに嫌ならしなくていいじゃないですか!」ではなくて
【あってもなくっても 】
「あ、そうですか」っていう海老蔵のマインドになりたいのです
「今日はママ優しいね」って昼間は娘に言われたんだけど
夕方はもう(ごはんやらなきゃ お風呂入れなきゃ 寝かしつけに 洗濯物に、、、、、、、、)
「ママ業終わりました🙏」
と完全に 心ここにあらず
一歳の子に対し(彼女はなにも悪くない ただ生きてるだけなのに )キッチンでつまみ食いし出して イラッと八つ当たり、、
そして子どもたち全員に八つ当たり
(また私は 子どもを殺しそうになった)
で、泣く。私が。ごめんごめん、抱きしめて 謝る。ほんと、私のやってることはやってることが DV男と一緒。
下の子二人を一人で寝かしつけているところいつもより早く?夫が帰ってきたので
「もうお願いします」と夫に任せて寝室をあとにした
わーわーわーーーぎゃぎゃー子どもたちが泣く。
「久しぶりにヨガしよう」と
ズームで参加した。
ヨガをするとマインドフルネスになる
自分の内側へ意識が向く
その瞬間 騒がしかった外野が
「シーン」となった
そして気づいた
私は ヨガ=自分の内側に意識を向けることから逃げていた
ということを
過去のことを反すうし恐れ、
未来のことで不安になっていた
それが ヨガ終わったあとは
ヨガやる前まで モヤモヤしていたことが思いないくらい 満たされた
寝室に戻ると 下の子二人は起きていた
静かに待っててくれたようだ(夫の存在でかもしれません)
静かに手を繋いで 下の子は寝ていった
そして 私は上の子の話を聞く
(どうしてこうも おしゃべりなのかってくらい いやそれは私もそうだろう)
早く寝て欲しいと思う
そう思えば思うほど イライラする
「まったくよーくしゃべるね😂赤ちゃんの時から変わらないね😂弁護士かアナウンサーになったら?」
娘 大爆笑
「弁護士ってなーに!?」
「弁護士はね、、(知らん。ごめん、教養がない母で。おそらく)困ってる人がいたら話し合いを一緒にしてくれる人」
と 下の子に邪魔されず 二人だけの時間は 目をキラキラ輝かせる娘。
(やっぱりこーゆー時間大切なんだよね)
満たされると「もう寝よう」と上から目線で言ってくる😂
思ったんだけどさ、
幼稚園のときから
子どもたちが 集団行動できるようにと
すでにここから 「ふつう」になるように 教育されているんだね
発達障害と診断されていれば 腫れ物のように?扱うというか 「特別」なんだよね、集団の中でそれは。
「個性を認めて ありのままを受け入れる」ではない気がする
おそらく 子育て真っ最中で完璧な親なんていない。 育児を 穏やかに語れるのは だいたい 世代が当事者より上か 尾木ママといったところ。
子どもの成長の喜びのシェアもいいが、むしろ子育ての失敗を認めるくらい全てをさらけ出すことに恐れを感じないくらいでいきたい。そして、社会も「そうであってもいい」と寛大であってほしい。
私もそうだが「パパは(育児に関して)全然成長していない」と嘆くことがあるが、そらいがちょうどいいのかもしれない。
なぜなら 子どもの成長もゆっくりなのだから
夫は子どもと共に成長しているのだろう(?)
限られた時間の中でどう効率よく回していくか
とか
母子ともに世間でうまくやっていけるように
と勝手に 育児完璧風を装っているだけだった。
けれど 毎日怒ってるか モヤモヤしている。
育児が 家事が 辛いものになっている。
現代社会で 一日中子どもといたらやっぱり 疲弊してしまう
あまりにも 一人では無力すぎて。
『縄文時代だったら 狩に夫が行ってくれるのだからごはんは作ってくれるよな…🍖』😂
とまあ、子どもたちに対して 私たちの上の世代の大人たちは 傷つけすぎてきた
子どもたちを やれ跡取りだとか やれ いい高校にはいってー就職し 結婚するだとか 友だち100人みんな仲良く だとか 親の 大人の都合で または 「こうあってほしい」と理想を押し付けて 望んでは
子どもたちに 勝手に絶望してきた
もう、そろそろ それらを 繰り返してはならん!と思うわけです