【小説】焼きそばラプソディー ~若草4姉妹企画
「あんまり言いたくないんですけど、も少し本気で仕事してくれませんかねえ」
嘘つけ。ストレス発散がてら言ってるんでしょうよ。
私は目の前のエイみたいな顔をした、年下の上司を思わず睨み付けてしまう。感情が顔に出てしまうのは、私の損なとこだって、律子姉ちゃんによく諭されてたな。
「ちょっとちょっと、聞いてますか?悔しければ中山さんを見習って、50万くらい売り上げて見てくださいよ。中山さんだって主婦だよ?条件は一緒でしょ」
エイ野郎は壁に貼り付けれた、順位表の赤いシールと、その前でコピーを取る中山さんを指差す。私の名前のところには、まだシールはなかった。目標達成してないからだ。
中山良子。うちの支社で不動のトップセールス。
年甲斐もない厚化粧と盛り過ぎのマツエク。ああ、やだやだ。
エイ野郎が自分のお客さんをぜんぶあんたに回してること、みんな噂してるんだから。色気で仕事しちゃってさ。
私は生保レディと言われる仕事についている。正直、楽じゃない。私はしー姉ちゃんがいうところの「バカがつく正直者」。
お客さんをうまーく誘導したり、心にもないことを言うのは苦手。
「自分がほんとにいいと思ったプラン」しか売れないのだ。おしゃべりなくせに、おべっかは言えない。向いてないのだ。
・・辞めちゃおうかな。
今月に入って、何度この言葉を飲み込んだことか。
「ぴりちゃんは明るいから、世の中のお役にたてるわねえ」
私がこの仕事についたとき、俳句の先生であるしー姉ちゃんは、おっとりと励ましてくれた。
しっかりものの律子姉ちゃんは、
「でもぴりかは、一本気すぎるところがあるから、ちょっと心配よ。体こわさないでね」と的確な指摘をくれた。
イギリスにお嫁にいったまー姉ちゃんは、
「大丈夫、ぴりちゃんは大器晩成さんだわ!」と背中を押してくれた。
姉妹の中では、私はおしゃべりな妹だ。
しー姉ちゃんの上品さも、律子姉ちゃんの堅実さも、まー姉ちゃんのおおらかさも、私にはない。
姉たちが言ってくれるほど、私は明るくもないし、社交上手でもない。
自分がいちばんよくわかっている。
姉妹には通用しても、世間には通用しない。
「あー、もうほんとやだやだーー!!」
むしゃくしゃする。
私は、休憩室でカップやきそばにお湯を注ぎながら、割り箸をテーブルに投げつけた。
腹がたつ。
エイ野郎も、中山さんの濃い化粧も、そして、なによりも自分の情けなさに。
ランチだって、節約していつも菓子パンやカップ麺。たまには美味しいものも食べたいよ。
割り箸が勢いあまって、床に落ちる。
「あっちゃ・・」
拾おうとしたとき、いつ入ってきたのか、あの中山さんがそこにいた。
「モノを粗末にすると、運気が下がるわよ」
じっと目をみられる。
「あ・・すみません・・」
アイラインに縁取られた中山さんの目は、心なしか充血しているように見えた。
「所長にイヤミ言われてたみたいね」
「あ・・はい。最近、調子悪くて」
あんたみたいに、上からおこぼれもらってませんからね、と心で付け加える。
「1日何軒回ってるの?手帳見せて」
中山さんが、手を出してきた。
手帳なんて人に見せたくない。契約どころか、決まったアポイントもすくないからだ。
「えー・・手帳ですか」
躊躇した私に、
「つべこべ言わない!」
中山さんの声に、おずおずと手帳を見せる。中山さんは、私の手帳の横に、自分の手帳を並べて置いた。
私は、それを見て、言葉を失った。
びっしりと、朝9時から18時まで、1時間刻みでスケジュールが入っている。しかも、その横の欄にはお客さんが言った言葉や、出されたお菓子、孫の誕生日、生年月日など事細かにメモされていた。
「あなたは、効率が悪いわね。S市からN市を回るのなら、お昼やすみには果汁工場の辺りを通るでしょう。社員食堂の訪問はしているの?12時にあなたがランチとってどうするのよ。お客様がお昼を取っているときに、私たちは動かなきゃ」
中山さんは私の手帳を見ながら、ボールペンで指摘を書き込んでいく。
「契約の決定権はお客様にあるのだから、私たちにできることは、自分の活動量を上げるだけよ・・あなた素質はあるんだから、もったいないわ」
中山さんが、ぱん、と手帳を閉じて私に返す。その反動で、中山さんの手帳から、錠剤がぽとん、とテーブルに落ちた。
「これ・・」
気まずい間が空く。
中山さんはテーブルから錠剤を拾い、バツが悪そうに「じゃ、そういうことだから」と出ていく。
私は急いでスマホを取り出し、さっきの錠剤の名前を検索する。
間違いない。
抗がん剤のひとつだ。
以前お客様のところで、見たことがあったから覚えていた。
あの厚化粧。目の充血。盛り過ぎのマツエク・・。
そうか、中山さんは病気を隠すためにあんなに化粧をしていたのか。
もとがほっそりした美人だから、枕をしているとか上司とできてるとか、やっかんで好き好きに皆言うのだろう。
あの手帳を見れば、中山さんが私の三倍は訪問していることがわかる。
あんな風にお客様の細かい情報まで把握していれば、そりゃ営業チャンスも掴みやすいだろう。
「さすがぴりちゃん、よく気づいてあげれたわね」
姉たちの声がしたようで、後ろをふと振り返る。誰もいない。いるはずがない。
「あー!!しまった!焼きそば!!」
テーブルには、ぬるま湯に浸かり、すっかり伸びたカップ焼きそばが、
焦れたように鎮座していた。
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すまいるスパイス、律子さんゲスト回から産まれた、やきそばオムニバス企画です。