忘れることにも価値がある|記憶は心に、記録はログに
最近、職場の後輩が口頭でのやり取りによる伝達ミスが原因で、顧客とのトラブルを招く機会が頻発させてしまい、会社から注意を受けていました。
僕が勤めている会社はまだ小規模なので、電話にも録音機能はついておらず、オフィスに監視カメラも付いていません。そのため、社員ひとりひとりに、職務上のやり取りをできる限り細かくデータとして残す習慣をつけるよう教育することで、トラブル防止に努めています。
現代社会では多くの人々がビジネスを営み、様々な問題や揉め事が発生した時にも、データをもとに証拠を検証し、法の下において論理的な問題解決を進めていくプロセスが採られます。
そのため、仕事をする時にはできる限り「記録に残す」という行為が重要視され、口頭でのやり取りで物事を進めてしまうと、将来的に大きなトラブルを招く結果となってしまいかねません。
そういった環境で仕事をしていて身に染みて感じることは、デジタルの強みです。私たちは物事をすぐに忘れてしまいますが、コンピューターは削除しない限り記録したデータを保持し続けます。
この様に人間と機械を比較してみると、現代社会で仕事をするうえでは圧倒的に機械の方が有利な特性を持っているように見えます。すぐに物忘れをしてしまう人間の仕事は、ごっそりとAIに奪われてしまうんではないかと。
しかし、やはり人間として生活をしていると「忘れることができて良かった」と思うことがたくさんあります。そこで、今回は「忘れること」について書いていきます。
思い出の整理とデータの削除
人間は勉強や仕事に関しては、一生懸命に物事を記憶しようと努力しますが、いざ勉強や仕事から離れた瞬間には酒を飲みに行ったり推し活にいそしんだりして、勉強や仕事のことを積極的に忘れようと行動しています。
また、過去の恥ずかしい出来事や、昔の苦い恋愛など、プライベートでもあまり思い出したくないことがたくさんあるはずです。
何か新しいことを始める時に、これらが頭から離れないようではなかなか前には進めないので、自ら新しいことに挑戦したり新たな出会いを求めたりして、過去の出来事を積極的に忘れようと行動しています。
このように考えてみると、人間は新しいことに取り組むため、過去の記憶を忘れているように思えます。人間の脳内のキャパは限られているのです。
これは、デジタルに置き換えて考えてみると、データ容量がいっぱいになった時に使わなくなったデータを削除するのと同じです。人間と異なっているのは、データ容量の追加ができることで、実質的にデジタルのキャパは無制限です。
容量が侵食されてきたら必要な容量を確保して新しいことを始める、という点においては、制限に違いはあれども人間も機械も本質的には変わりがないとも言えるのです。
あの時の感動を再び|記憶は心に、記録はログに
2023年11月にビートルズの最後の新曲「Now and Then」が発表され、それと同時に、ビートルズ定番のベストアルバムである「赤盤」と「青盤」の2023エディションが発売されました。
僕はビートルズの大ファンなので、発売当初こそ新曲の「Now and Then」を繰り返し聞いていましたが、ベストアルバムである「赤盤」と「青盤」を通して、過去の曲も久しぶりに聞くようになりました。
「赤盤」と「青盤」の過去の名曲たちは、どの曲も若いころに飽きるほど聞きこんだ曲ばかりですが、こうしてあらためて聞きなおしてみると、久しぶりに聞く曲もいくつか出てきます。
そして、久しぶりにビートルズの過去の名曲を聴くことで、すっかり忘れていた若いころに感動した記憶が急に鮮明に蘇ってきました。
また、しばらく忘れていた期間に年齢を重ねて人生経験も積んだことで、当時とは異なる感想を抱いて楽しむこともできています。
長い期間忘れていたこともあり、その感動が蘇った時の興奮は非常に印象的なものでした。
この様に、忘れていたことによって何度も感動できることを体感すると、物事を忘れては思い出すという繰り返しは、人間の強い能力なのではないかと考えるようになりました。機械の場合は意図的に削除をしない限り記録が残り続けます。
忘れることにも価値があるのです。
しかし一方で、ビートルズが残した50年以上前の音楽を現代でも気軽に聞くことができるのは、記録を残すことができるようになったデジタル技術のおかげでもあります。
人間は自分の人生において、物事を忘れたり思い出したりしながらも、後世に語り継ぎたい価値あるものはデジタルに記録して受け継いでいくという、とても都合の良いことができます。
仕事や勉強において、うっかり物忘れをしてしまったとしても、それは人間である以上しょうがないことです。
自分の記憶力と機械を比較して不安に感じてしまうのは、そもそも比較の仕方が間違っています。人間と機械では「役割」が違うからです。