キャッチコピーの向こう側|リスクと保険と真実と希望
「2人に1人はがんになる時代」という表現があります。
どんな人でもがんに罹る可能性はあるので、がんのことを身近に感じてもらえる印象的な表現だと思います。
でも、さすがに「2人に1人」というほど、自分の周りでは見かけないと思う方も多いのではないでしょうか。
少し立ち止まって冷静にこの表現を考えてみます。
本当に「2人に1人はがんになる時代」なのか
国立がん研究センターが運用するウェブサイト「がん情報サービス」を参照してみると、2019年のデータでは日本人が一生のうちにがんと診断される確率は男性65.5%、女性51.2%でした。
これが「2人に1人」と言われるようになった元データで、2013年頃にも同様のデータが出ていたので、その頃あたりから「2人に1人はがんになる時代」という表現が認知されていったように思います。
年齢別がん診断率を分析すると見える真実
ここで意識した方が良いことは、この情報は「一生のうちに診断される確率」だということです。
「一生のうちに診断される確率」という部分を年代別に分解してみると、少し違った見方ができるようになります。こちらも「がん情報サービス」のデータを元にしたサイトがあったので詳しく調べてみました。
例えば若い世代である20代の人が、10年後(30代)までにがんと診断される確立は男性が0.3%、女性は0.5%です。
「2人に1人」である50%に最も近い確率に近づくのは、20代の人が60年後に診断されるケースで、男性43.1%、女性33.3%です。20代の60年後は80代なので平均寿命程度の年代になってからのことです。
ちなみに現在40歳の人が10年後(50歳)までにがんと診断される確率は、男性が1.6%、女性が4.2%、50歳の人が10年後までにがんと診断される確率は、男性が5.2%、女性が6.7%です。いずれも80代に差し掛かった時に40%を超えた確率になります。
確かに「2人に1人はがんになる時代」ではありますが、これらの統計データを見ると、多くの人ががんのリスクについて誤解している可能性があることが分かります。
では、なぜこのような誤解が生まれるのでしょうか?
キャッチコピーが独り歩きを始めた
上述の内容で僕が言いたかったことは「若いうちはほとんどの人ががんに罹らないから余計な心配はしなくていい」ということでもなく「不安を煽るキャッチコピーは辞めろ」といった批判でもありません。
おそらく、もともとは病気の予防の観点からインパクトのある情報を発信する必要があったのだと思います。
早期発見は治療における重要なファクトでもあるため、データを示すこととキャッチーなフレーズで検診などを推進する狙いがあったのだろうと想像しています。
その言葉が独り歩きしてしまったのかもしれません。そして、ある程度の認知が果たされた後は不安を煽る言葉に置き換わってしまったのでしょう。
統計データと患者たちの感情
僕は23歳の時に胃がんと診断された経験があります。その当時も多くの統計情報に触れながら治療に臨んでおり、数字の捉え方が人間の意識に大きな影響を与えるということを身をもって体感しました。
当時の具体的な数字を覚えていないのですが、胃がん罹患者の3年生存率は〇%だとか、5年後には〇%に上がっていくとか、その数字にいちいち反応しては固執してしまい、まるで高確率で死んでしまうのではないかという程、強い不安な気持ちになってしまうことが多くありました。
医師との対話によるコミュニケーションや、友人や家族に不安を聞いてもらったり、時には読書に没頭してその不安を和らげるよう苦悶しながら過ごしていたことは今も強く覚えています。
数字は非常にシンプルな情報であり、時に強いインパクトを受け取ることになります。一方でその情報を受けとる人間は決してシンプルではない感情で日々を過ごしています。
5人に3人は生き延びる時代へ
結果的に僕はその後10年以上の年月を生き続けることができています。
統計情報によって病気への警戒心が高まり予防に繋げていたと思うこともあれば、過度に気にし過ぎていたと反省することもあります。
キャッチコピーや統計情報への向き合い方は様々ですが、その情報を得た瞬間に喚起される突発的な感情に左右されず、冷静な気持ちで分析して自分で判断することが何よりも大切だと思っています。
もちろん難しいことではありますが、安心して日々を過ごすためにも、情報を正しく理解できるよう冷静な視点を持ってキャッチコピーや統計情報に向き合っていきましょう。
最後にひとつ、知っておいた方が良いデータを紹介します。
もともとがんは不治の病と呼ばれていましたが、医療の進歩により「2人に1人はがんになる時代」ではありながらも、「5人に3人は生き延びる時代」に進化を続けているところのようです。
この数字はこれからもっと伸びていくでしょう。不安や恐怖に煽られるだけなく、ポジティブなデータも知っておくべきなので、最後に付け加えておきます。