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おすすめの歌集『あなたのための短歌集』木下龍也著(ナナロク社)
概要
著者は、歌人の木下龍也。今、最も人気のある歌人と言っても過言ではない。1988年生まれで若い歌人だが、文芸誌『群像』で、「群像短歌部」という短歌の投稿欄の選者もしている。
彼の短歌は短歌の定型である五七五七七に忠実な短歌が多く、短歌初心者の人が短歌の定型のリズムを身に染み込ませるための教科書にもなると思う。俺自身も、今でも彼の歌集をよく読んでいる。
この歌集は、依頼者からの想い(お題)をもとに木下龍也が短歌をつくり、封書にして届ける短歌の個人販売「あなたのための短歌1首」から、100首を収録したものである。
100首のなかから、特に印象に残った10首を依頼者のお題と共に紹介したい。
特に印象に残った10首
好きな人に告白するか迷っています。この気持ちを短歌にしてください。
そのラブレターに足りないのは勇気という唯一買えない切手
自分の心のなかから取り出すしかない「切手」。
漫画に携わる仕事をしています。自分の人生を肯定してくれる短歌をお願いします。
読み終えて漫画の外にいるきみもだれかを救う主人公だよ
自分にしか救えない人が、今もどこかで待っているのかもしれない。
私は梅雨の時期に生まれました。雨が好きで、雨の短歌を詠んでいただきたいです。
部屋にいる以外をしない雨の日の炎のようなあなたの寝癖
想像すると、面白い。俺も、休みの日の夕方くらいに鏡を見て愕然とする時がある。
お題は「幸せな犬」です。犬たちと暮らしてきた実家を出てから、犬を飼って、世界一幸せにすることが、私の人生の目標でした。ちょうどこれを書いているいまは、犬を迎える3日前です。
人間へ 食べものよりもきみが好きな日もたまにはあるよ。 犬より
「たまには」っていうところが面白い。俺も犬を飼っていたことがあるが、本当にそんな感じだった。
現在、就活をしており、進路に悩んでいます。学んできた理系分野を活かすか、気になる出版関係や書店関係に行くか悩みます。とはいっても、そもそも受かってもいないのに悩んでいるのも変だと更に悩んでしまいます。決めることが苦手で、研究室選びでも吐くくらい悩みました。決めて、ダメだったら修正していけばいいと分かっていても、踏み出すことが怖いです。今後の人生でも、たくさんの選択で悩んでしまう予感がしています。そんな時に自分は大丈夫だと思えるような短歌をお願いします。
「悩む」とは想像力に火をつけて無数の道を照らすことです
ある意味、悩みは炎を出すときの薪のようなものなのかもしれない。
長い間、片想いしていた相手がいます。もう前に進もうと決めました。背中を押してくれるような短歌をください。
ふりむけば君しかいない夜のバスだから私はここで降りるね
世の中にある「バス」は、一つではない。「私」は、次の朝新しい「バス」に乗りこむのだろう。
お題は「迷子」でお願いします。
捨てられたことに気付いた空き缶が迷子のような動きをやめる
確かに、捨てられた空き缶の不規則な動きは「迷子」のようだ。
まっすぐ生きたい。それだけを願っているのになかなかそうできません。まっすぐに生きられる短歌をお願いします。
「まっすぐ」の文字のどれもが持っているカーブが日々にあったっていい
そう言えば、「まっすぐ」の文字には全部「カーブ」がある。そこに、気付いたところが凄い。
人生のどん底にいる人へ、一筋の光のような希望を与える短歌をつくってほしいです。将来、夢を叶えられなくて絶望したり、大切な何かを失ったりしたとき、生きていくために口ずさめる歌がほしいです。
絶望もしばらく抱いてやればふと弱みを見せるそのときに刺せ
フランスの文豪、アレクサンドル・デュマの名作『モンテ・クリスト伯』のラストシーンで、主人公のダンテスが青年に送った「待て、そして希望せよ!」という言葉を思い出した。
お題は「12月」でお願いします。私にとっての12月は自分の誕生月であり、祖母と夫と長男の誕生月でもあり大好きなクリスマスがあり、年末の忙しさとともに楽しい大切な月です。
しあわせをひとりひとりに配り終え手ぶらで去ってゆく十二月
「十二月」がめちゃくちゃカッコよく思えた。
まとめ
短歌への対価は、依頼者からすでに受け取っているという理由で、本書の印税を著者は受け取らず、印税に相当する金額を、全国の書店でさまざまな歌集を購入する費用に充て、その歌集は短歌の普及のため、希望する施設に寄贈するという。
著者はあとがきに書いている。
短歌を始めるまえに、本屋さんで初めて歌集を開いたとき、そこに書かれているどの一首も、僕のためにつくられたわけではないのに、僕のために書かれたものであるかのように記憶し、お守りにしていた日々があったのだ。
〈中略〉
歌集の構成上、お送りいただいた短歌のうち、この本に収めることのできたもの、できなかったものがある。けれど、そこに差はない。僕はどの短歌にも注げる力のすべてを注いだという自負があり愛着がある。
短歌に対するこの熱い思いと、真摯な姿勢を貫いているからこそ、著者は人の心を動かす素晴らしい短歌を作ることができるのかもしれない。