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#家族について語ろう「告白」5


義父と誠司は初対面だった。
唸り続ける沙希と困惑しながら娘を見つめる義父の間に誠司は座っていた。
「あっ」
沙希の左手首に走る幾筋もの傷を私は発見した。
私の視線に気付いた義父が、ゆっくりと口を開いた。
「何度も風呂場で手首を切ろうとして…」
障害のある身体で必死に止めたのだろう。義父の顔には生々しい痣と傷痕が残っていた。
私は勇気を振り絞って沙希の背中を撫でた。恐怖心はあったが、そうせずにはいられなかった。
「お姉ちゃんだよ、沙希。分かる?」
「うぉー、うぉー」
通じているのか、どうかさえ分からない。
炬燵の上に置かれた救急箱からバンドエイドを取り出して左手首に幾重にも貼りつけた。
「痛かったね、痛かったね」
義父は片腕、片足が不自由だった。娘の治療をしようと救急箱を出したが、おそらく一人では貼れなかったのだろう。
「ありがとうな」
お礼を言ってくれたのは沙希ではなく義父の方だった。
「煙草吸ってもいいすか?お義父さん」
黙っていた誠司が呑気にクシャクシャになったハイライトをズボンのポケットから取り出して言った。
「ああ」
義父は炬燵の上にのったままになっている吸い殻が詰まった大きな灰皿を誠司の方へ片手で寄せた。
「じゃ」
誠司の吐き出す煙草の煙が、居間を普段と変わらない空気に落ち着かせていく。
「よっ!」
義父は炬燵に手を掛けて勢いを付けて立ち上がった。片方の足を引きずりながら片手は直角に曲がっている。
「こっちへ」
視線を私に向けて大きく頷いてみせた。
「なに?」
義父の後に続く私の右側に風呂場が見えた。脱衣所のタオルはぐちゃぐちゃに床に投げ出され、歯ブラシや洗面道具が投げ出されていた。風呂場の洗い場には真新しい血が点々と残っていた。
義父は
「これを預かっていて欲しい」
小さな声でそう言うとタオルに包まれた物を私に押し付けた。そっと中を覗くと数本の包丁が入っていた。
「分かった」
急いで持ってきたバッグの奥へ押し込んだ。
その間も
「うぉー、うぉー」
の声は続いている。

ガチャッ

音を立てないように玄関の扉を開けて、そっと顔を出したのは志郎だった。彼は家の静けさに拍子抜けをしているような複雑な表情をみせた。

「お義父さん、さっきはすみませんでした」
「なぁ〜に」
志郎は立ったまま沙希と誠司を交互に見ると緊張が解れてきたのか、少し安堵の顔つきに戻った。
「結花さんに頼まれたので、荷物を取って来てもいいですか?」
小さな声で義父に了解を得る。義父は無言で頷いて娘達の部屋の方を見た。
「それから今夜はお姉さんの家に泊めてもらいたいのですが…」
「私は構わないけど…」
「そうしてくれ、その方がいい。今夜は俺が沙希と一緒に寝るから」
義父は此処で一晩中、沙希を見ているつもりなのだろう。愛情深い人だった。
「じゃあ、失礼します。あ、お姉さんも一緒に結花の荷物を見繕ってくれませんか」
「分かったわ」
志郎の後に付いて灯りが点いたままの部屋に入ると先ず沙希が使っている部屋がある。その隣、アコーディオンカーテンで仕切られた奥の部屋が結花の部屋だった。
沙希が使っている白い炬燵の天板の上や周りに夥しい数のアルミ箔の紙が散乱していた。部屋中にアーモンドとウィスキーの匂いが漂っている。
「あの人を待っていたんですよ、沙希さん」
私の考えを見透かすように志郎が言った。

ピカッ、ゴロゴロ…

雨は降り続き、春雷もまだ鳴り止まない。志郎は結花の部屋に置いたままだった自分の財布を取り、私は結花の着替えを撰んで、大きなバッグに詰め込んだ。
急いで居間へ戻ると義父と誠司が、穏やかに談笑していた。
あの恐怖感は何だったのだろう。でも沙希は祈りを捧げるような格好を続けたままだった。
「失恋してヒステリーを起こしたんじゃないかな?もう落ち着いたから大丈夫だよ」
義父は包丁を私に預けたくせに平静を装っていた。
「でも…」
唯一、その場面に遭遇した志郎だけは腑に落ちない顔をしている。
「お母さんも、もう帰って来るから二人で沙希をみるから帰りなさい。それに明日、誠司くんは仕事なんだろう?」
「俺は大丈夫っすけどね」
「いいから行きなさい!」
義父は、この時本当に大丈夫だと思っていたのだろうか。
「うぉー、うぉー」
人間では無いような声をあげている娘の傍に居て。
もう一人の娘 結花を思って私達を追い返したのではないかと今になっては推測するしかない。

「じゃあ、お義父さん、気をつけてね」
「大丈夫だから大丈夫だから」

素足だった志郎は玄関でやっと靴を履き、結花の靴を手に持った。私達三人はしぶしぶ義父の意見に従って豪雨の中を安西の家を後にした。
後部座席の志郎がしきりに
「なんだか大袈裟なことにしちゃって…」
と詫びている。誠司がそれを否定した。
「いや、あれは只事じゃない!」
私も気付いていた。
(一度も沙希の顔を見なかった)


次の日の早朝、私の枕元の電話がけたたましく鳴った。








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