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【短編ホラー】「探してください」 中編

 全員のグラスにシャンパンが注がれると
「美由紀、挨拶!挨拶!」
マスターが促した。
ショートカットの髪を明るい茶色に染め直した美由紀が、カタンと席を立ち一礼した。
「え〜、今日は私の為にお集まり頂きまして……」
「固いぞ!美由紀〜〜」
常連のお客様の誰かが、ヤジを飛ばした。
美由紀は、その言葉にニッコリと微笑むと
「え〜、もう最高!!!カンパーーイ!!」
シャンメリーのグラスを高々と持ち上げた。
「乾杯!」
「乾杯!」
「おめでとう!」
「たまには遊びに帰って来いよ」
「立派なデザイナーになるんだぞ」

皆が美由紀の周りに乾杯をしようと集まる。
(愛されてるな~)
その様子が景子には自分の事のように嬉しかった。
景子の番が回って来た。グラスとグラスをカチンと合わせる。

「美由紀ちゃんが創った服、ワタシが一番に買うからね」

「約束だよ!絶対だよ景子ちゃん」

微笑む美由紀の左の耳たぶには開けたばかりだという穴に小さなダイヤのピアスが輝いていた。


「約束だよ!絶対だよ!」
景子は美由紀との約束を守れなかった。
いや、美由紀が景子との約束を守れなかった。


数時間の壮行会が終わりを告げようとしていた。
「写真を撮ろう!」
マスターはガラケーから買い替えたばかりのスマホを得意気に持つと慣れない手付きでシャッターを押し始めた。
大きな花束を抱えた美由紀を一人で立たせたり、大勢の中央に座らせたり、ほろ酔いになったマスターは美由紀との別れを惜しむように何枚も何枚も写真を撮り続けた。
あの夜の彼女は、原宿で買った安物のワンピースを自分でアレンジしたのだと言って上手に着こなしていた。その姿は、モデル?ううん、まるで妖精か人魚のような美しさで景子の目に焼きついた。


「いってらっしゃーい」
「元気でね〜」
「頑張ってね~」
店の前で、花束を抱えたまま迎えに来た彼氏の車の助手席に乗り込む美由紀に皆が声を掛けた。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
美由紀は車の窓を開けると何度も何度も、皆に頭を下げた。

「本当に本当に美由紀がお世話になりました」
柴田誠と名乗った美由紀の婚約者だと言う青年は、車の外に立ったまま、その場に居た皆に一礼して運転席に乗り込んだ。
「じゃあ、失礼します」
スポーツタイプの白い車が夜の闇に消えていくのに時間は掛からなかった。

「美由紀ちゃん、あんな素敵な人がいたのね」
「美男美女でお似合いね~」
バイト仲間は口々に羨望の声をあげていた。

イタリア留学、素敵な歳上の社会人の彼氏…
絵に描いたような未来が美由紀の前に広がっているようで、平凡な人生を選択した景子には眩しかった。
でも、それは美由紀が人一倍の努力を積み重ねてきた結果だった。

「さぁ、片付け手伝ってくれよ」
マスターの一言が解散の合図だった。
常連のお客様達はタクシーを呼び、家が近い人は歩き始め各々が帰り始めた。一人減り、また一人…
アルバイト現役の景子は、厨房の流しに溜まった沢山の皿を洗い始めた。
夏の終わりのあの夜の蛇口からの水は生暖かく、景子の両手に流れては落ちていった。


片付けを終わらせ、1DKの小さなアパートに戻ると12時を回っていた。
「あ〜、疲れた」
パジャマ替わりのTシャツとスウェットの短パンに着替えると景子は、あっと言う間に眠りに付いていた。酔いと片付けの疲れで熟睡している筈だった。
ところが深夜、三時を過ぎた頃だろうか。
景子は耳元にす〜す〜と掛かる寝息で目が覚めた。
気のせい?
上半身を起こして隣に目をやると其処にさっき彼氏と一緒に帰ったはずの美由紀が寝ていた。
「夢?」
そうだ、夢だ!だって美由紀ちゃん、家に来た事ないから場所だって知らないし……
ん?景子は再び考えた。部屋は真っ暗なはずだ。景子の習性で眠る時は部屋の灯りを全て消す。それなのに何故か景子は隣の寝息の主が美由紀だと分かっている。
何も見えていないのに…
でも、確かに其処に存在しているのは美由紀だと言う不思議な感覚。
「夢?疲れてるの?私?」
うとうとと襲ってくる睡魔が、不思議な感覚に打ち勝ったのだろう。再び景子は眠りに落ちた。
す〜、す〜、す〜……
さっきよりもはっきりと寝息が耳元に掛かっているのが分かる。
「疲れてるんだから、寝かせてよ、美由紀ちゃん!」
ハッキリと自分の口から美由紀の名前が出た事に景子自身が驚いた。
見えないのに感じる存在感…
暗闇に目を凝らしても、何も見えな……
見えた!!
景子の枕の隣で、大きな眼をゆっくりと開く美由紀の顔!
でも身体は?身体は見えない。
落ち着け!落ち着け!見える方がおかしいんだ。真っ暗なんだから見えないのが普通…
でも顔は?顔はハッキリと見える!いや、脳が感じでいる。
美由紀は整った美しい顔立ちをほんの少し歪め懇願するように景子を見つめていた。

『景子ちゃん、探して…』
「えっ?な、何言ってるの?何を探すの?美由紀ちゃん?」
『景子ちゃん、探して、私の…』
どうしても最後が聞き取れない。

そして、そのまま美由紀の顔は段々と輪郭を失くし空気に溶けていく煙のように存在と言う感覚が遠ざかっていった。消えた。
今のは何だっの?変な夢?
でも吹きかけられた寝息の感触が、まだ耳元に残っていた。
寝ちゃおう!!

リーン、リーン、リーン…

三度目の眠りに付いた景子を叩き起こしたのはスマホだった。何度も何度も出るまでは切らないと言う強い意志を発するように鳴り響く着信音。
仕方なくベッド脇のサイドテーブルに手を伸ばした。其処だけ明るく光るスマホの液晶画面を見ると音の主はマスターだった。

「今夜は最悪〜」

酔っ払って間違えたのかな~?
夏の朝は早い。白み始めた陽の光が遮光カーテンの隙間から漏れていた。
「もしもし〜、マスター、何時だと思って…」
「………」
聞こえてきたのは、マスターの嗚咽だった。嗚咽が少しおさまると
「美由紀が美由紀が、死んじゃった」
それだけ言うと嗚咽の次は号泣だった。
「えっ?だって、つい昨日まであんなに元気に…」
「俺のせいだ、俺が壮行会なんて開いたから」
男泣きに泣きながら、むせぶ声の合間にマスターは事の顛末を話した。
「あれから直ぐに事故が起きて…」
「えっ」
プルプル、景子は足元から血の気が引いていくのを感じた。プルプル…震えは足元から指先に移り、景子の神経が徐々に麻痺していくようだった。

「死んだ、死んじゃった…」
自分に言い聞かせるように頭の中を同じ言葉が反芻していく。
「ウソッ!!イヤーーーーー!!」
やがて、感情が爆発した。(約2620字)








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