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男と女のすれ違い【掌編小説】



紅葉を見ると思い出すのは、沙莉が僕の車の助手席ではしゃぐ姿だった。

「飛騨高山へ行きたいの」
そう言い出したのは、君の方だったね。
「うん、僕もずっと沙莉と二人であの景色を見たかった」

それは横浜に住む沙莉と名古屋に転勤になった僕が、遠距離恋愛を始めて数ヶ月が経った頃だった。

始めの頃、「寂しい」と何度も泣いて電話をよこした彼女だったが、だんだんとその状況に慣れてしまったのか、我が儘を言わなくなってきた。僕は、それを沙莉の僕への思いやりだと感じていた。
数時間毎に向こうから送られてきていたラインは、僕からラインを送って既読が付いてから、何十分も経って、やっと返事が来るようになった。

「忙しいの?」 
僕が彼女からの返事が遅いことを責めると
「うん、仕事で…ちょっと」
沙莉の返事は、いつも決まっていた。
「そっか、次の週末には帰れると思うから」
「次の週末は予定を入れちゃったの。何故、もっと早く言ってくれなかったの?」
「ごめん、仕事の都合がつかなくて…」
「そうよね、いつも…」

僕達の歯車が少しづつ狂い始めてきていることは、僕だって感じていたんだ。だから、沙莉が
「飛騨高山に行きたいの」
そう言った時、僕はなんの躊躇もなく有休休暇を取ることを決めた。

名古屋駅の新幹線の昇降口から、沙莉が降りて来た時、僕の目に映る君は以前よりも輝きを増して見えた。

「待っててくれたの?」
「当たり前だろ?方向音痴なくせに」
「うん、覚えていてくれたんだ」

僕は君がコロコロと引いて来たスーツケースを持つと停めてあった車のトランクにそれを乗せた。
「逢うのは、いつぶりだっけ?」
「そうね、夏のお盆に会ったきりじゃない」
走り出した車窓へ目を向けた沙莉の横顔が、寂しさを称えていない事に気付いたけれど、知らないふりを装った。
沙莉の好きだった音楽を流しているのに、それにさえ興味を示さなかったね。
「ごめんね、ずっとほったらかしにして…」
そう言った僕を見て
「いいのよ」
君はそう言うと電子タバコに火を点けた。
以前なら
「吸ってもいい?」
と、僕の目を上目遣いに見たはずなのに。
高速道路を岐阜へ向かってひた走る。
鮮やかな燃えるような紅葉が沙莉の横顔を紅く染めた。
何故、僕は、この人を大切にしなかったのだろう。
「ねぇ、私……」
そう言い出した君の次の言葉は聞きたくなかったから、流れているback numberのボリュームを上げた。暫くの沈黙の後、
「わぁ〜、綺麗!綺麗!見て!!凄く綺麗、来て良かった!連れて来てくれて、ありがとう」
色づく山々を見て陽気にはしゃぐ君が居た。

それが蝋燭の炎が消える瞬間の最後の足掻きだと僕が分からないとでも思ったの?
手を叩きながら喜ぶ君を見て僕の贖罪が燃えるような葉に過ぎ去った時間を悔やんだ。
最初に冷たくしたのは僕の方だ。突き放したのも、君が僕だけを見ていてくれると思っていたから…
どうして、こうなってしまったんだろう。
次のインターで降りて、引き返そう。
そう思った時、沙莉がback numberに負けない大声を張り上げた。

「名古屋へ引っ越して来てもいいでしょ?やっと引き継ぎの仕事が終わったの」




人生は短い
そして言葉はとても大切









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