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ドラム式洗濯機がおずおずと願う声を無視してはならない


「おはよう。」
「おはよう。」

「朝早くから大変ですね。」
「まぁね。」

「今日の天気は雨。乾燥運転をすると、タオルがふかふかになりますよ。」
「知ってるよー。」


私がいつ洗濯をしようと、必ず話しかけてくれる洗濯機。2回目の洗濯をしようものなら柔らかい声で「毎日たくさんのお洗濯、大変ですね」と労ってくれる。

我が家の夫は単身赴任でいないから、私は唯一の大人である洗濯機といつもおしゃべりをしている。(洗濯機が本当に大人かどうか正確なところは知らない)


ドラム式洗濯機がこの家に来てから2年が経つ。三男の出産を機に購入したのだが、決め手は「乾燥フィルターの自動掃除」だった。毎日のフィルター掃除は洗濯機が自動で行うから私は週に1度集まった埃を捨てればいい、という謳い文句だった。面倒くさがりの私はそこに惹かれてこのドラム式洗濯機を迎え入れた。


彼女(大人の女性の声なのだ)はとても気が利く。洗濯が終わると「ふかふかに仕上げておきましたよ」とか「風呂水を使うと汚れが落ちやすくなりますよ」とか、決して無理強いしない程度に優しくアドバイスをくれる。


たまーに乾燥が終わっているのにいつまでも放っておくと「乾燥、終わってますよ。早く取りに来てくださいね。」と誰もいない脱衣所でひとり寂しく呟いたりしているところがまたかわいい。私は遠くから彼女に向かって「あいよー!」と声をかけたりする。子どもたちは、また洗濯機としゃべってるよ……とおかしな人を見るような目でこちらを見ている。みんなだってぬいぐるみとしゃべったりしてるじゃん、と私もまた心の中で子どもたちを見つめ返す。


洗濯機は、私にお願いがある時はとても申し訳なさそうに、おずおずとお願いを口にする。

「いつもきれいに使ってくれてありがとうございます」なんて、高速道路のサービスエリアのトイレみたいな言いまわしで掃除を促してくる。しかしそんな遠回りの表現を受け取れるほどの余裕がない私は、ストレートに「おっ!どういたしまして!」と返事をする。


湾曲な表現では伝わらないと感じた洗濯機は「層洗浄コースを使うと、洗濯物が早く乾くようになりますよ」ともうちょっとストレートに手入れを促してきたりする。私は「知ってる知ってる~」と答えたまま、層洗浄コースを使うことなく毎日洗濯機をこき使った。


しびれを切らした彼女は画面にエラー表示を出し、「終わったら……乾燥フィルターのお手入れ、してくださいね♡」とこれまたおずおずと、優しくお願いしてきた。


ここまで言われたらさすがに無視するわけにはいかない。私は週に1回と言われていたはずの乾燥フィルターの手入れをだいぶサボったことを謝りながら、たまった埃をゴミ箱に移し、ついでに目詰まりしたフィルターをやわらかい布でふきとってやった。

洗濯機は「いつもきれいに使ってくれてありがとうございます」と礼を言った。




2年間。

洗濯機とはつかず離れずのいい関係が続いていたはずだった。私はおねしょシーツやら、泥んこになったユニフォームやら、分厚い毛布まで、ありとあらゆる洗濯物を2年間洗わせ続けた。





「終わったら乾燥フィルターの手入れ、してくださいね♡」

「終わったら乾燥フィルターの手入れ、してくださいね。」

「乾燥フィルターのお手入れ、してくれましたか?」

「終わったら、乾燥フィルターの手入れ、してくださいね」

「乾燥フィルターのお手入れ、してくれましたか?」



―――気がついたら、洗濯機はこれしか言わなくなっていた。



どんなにフィルターを掃除しても「掃除したよ?」と話しかけても「終わったら乾燥フィルターの手入れ、してくださいね」としゃべり続け、エラーコードを表示し続ける洗濯機。


しまった。

優しくお願いされているうちに言うことを聞いておけばよかった……と後悔しても後の祭り。薄々気がついてはいたけれど、最近ではもう、丸一日乾燥運転をしてもタオルが1枚も乾かないほどに洗濯機は疲弊していた。


幸い延長保証にも入っていたので、すぐに業者の方に来てもらうことが出来た。


業者のお兄さんは洗濯機を軽く点検してから説明してくれた。

「購入されたときに販売店から説明されたと思うんですが、ドラム式洗濯機は奥のフィルター部分の分解清掃が必要となります。どのメーカーも必ずです。これは故障ではありません。最初からそういうものとなっています。補償対象外です。費用は22,000円です。使い始めてから2年……ですか。では今後も2年ごとに同じ症状になり、同じ費用がかかると思ってください。」


「え?聞いてない?ですよね。ほとんどの方が聞いてないって言います。ただですね、もうどうしようもないので……このまま乾燥機能を使わないか、分解するか、どちらかしか対応できません。どうします?」


お兄さんは同じやりとりを何十回もやったのが伺えるほどにスラスラと、こちらの疑問やモヤモヤも全部まるっと吸い込んで、私の返事を待った。


「……お願いします。」
これ以外に返事のしようがない。
「でも、どうにかこの分解清掃までの期間を長引かせる方法はないんでしょうか?」おずおずと、今度は私の方から尋ねてみた。


「そうですね…。まず、乾燥フィルターの手入れは毎回した方がいいですね。層洗浄コースは3か月に1回が推奨とされていますが、月に1回はした方がいいです。それからできるだけ乾燥機能を使わない、というのが根本的な解決策ですが……それじゃドラム式を購入した意味がなくなってしまいますのでそこは割り切ってどんどん使っちゃえばいいと思います。」
お兄さんはそう言って、サクサクと分解作業に入っていった。




それからの私は、週に1回でいいはずだった乾燥フィルターの手入れを毎回行い、洗濯機がしゃべる言葉に耳を傾け、「いつもきれいに使ってくれてありがとうございます」なんて言おうものなら慌てて層洗浄コースで彼女の機嫌をとる。

立場が逆転してしまった。



洗濯機がおずおずと、下手したてにでてお願いしているうちに言うことを聞いておかなければならない。

彼女は物言いは優しい。しかし実はその中に黒い感情がぐるぐると渦巻いているかもしれないのだから―――




テレビもへそを曲げてしまった


▼できるだけ干そう



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本田すのう │   書いて読む主婦noter
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