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過重労働対策における産業医との付き合い方

事例

人事部員の朝倉は、前月の勤怠を締めるため、社員が入力した勤怠データを確認していた。

朝倉「おっと、開発設計部、100時間以上も残業してる人が5人もいるじゃん。あれ、営業部も3人いるな。うわ、PJ推進部なんか7人だ!これって、確か、産業医に面談してもらわないといけないんじゃなかったっけ?よし、次回、佐々木先生が来る日に面談できるように調整しておこう」

-------------訪問当日

朝倉「先生、こんにちは。今日はですね、先月の労働時間で100時間以上残業していた社員が15人いたので、ちょっと多くて申し訳ないですが面談してください。最近ありがたいことに大きな案件を獲得したので皆忙しいんですよ...」

佐々木「あ、そうなんですね、わかりました。(ちょうど先日の研修で過重労働対策の講義を受けたばかりだから、今日はさっそくの実践だな)」

-------------
佐々木「産業医の佐々木です。よろしくおねがいします。Cさんは先月100時間以上残業をされていたということで面談します」

Aさん「・・・はい(ったく忙しいのにな・・なんで面談なんか)。えーっと、とくに問題ないです。ご心配をおかけしてしまいましたが、大丈夫です」

佐々木「(せっかく面談しているのに、態度悪いなぁ・・・)、疲れとか、体調とかは問題ないですか?」

Aさん「(疲れているに決まってるだろ 怒)。まぁ疲れてますが、問題ないです」

佐々木「分かりました。大きく体調が崩れていなければ問題ないです。お忙しいところお疲れさまでした(うまく面談が進められなかったな・・・でも、まぁ本人が問題ないって言ってるし、いいか)」

《淡々と33名の面談を終了する》

朝倉「今日は大変でしたね。佐々木先生。面談の結果で気になる人はいなかったですか?」

佐々木「問題なさそうでした(本人たちもそう言っていたし、いいよな)。忙しそうにしていたので早めに切り上げました」

朝倉「問題なかったのなら良かったです」

-----------そして、翌月。

朝倉「先生。恐縮なんですが、今月も100時間以上の残業で面談の対象になっている社員が17人おり、面談をお願いします」

佐々木「え、今月もですか。わかりました。(デジャヴかな・・・.?)」

《淡々と17名の面談を終了する》

-----------そしてそして、翌々月。

朝倉「先生。今月も長時間残業の方の面談、12人。面談をお願いします(つづいているけど面談してもらわなきゃいけないしね)」

佐々木「え、またですか。忙しさってどうにかならないもんですか?」

朝倉「大きい案件なんで仕方ないんですよ。まだ忙しさが落ち着く見通しは立っていないんです(そんなこと言ったって、現場は予算もあるし、人事だってどうにもならないんだよな)」

佐々木「えぇ・・・そんなもんなんですかねぇ・・・」

《大変だなと感じながらも、12名の面談を終了する》

-----------そして、そして、そして、その翌月も・・・

<この記事の事例はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。>

事例の解説

 本事例は、長時間労働になっている方が多く出てしまい、毎月のような産業医面談をこなし続けている、という状況です。

 人事担当の朝倉も産業医の佐々木も「長時間労働者に対する医師による面接指導(以下、過重労働面談)」をただひたすらにこなし続けるしかないのでしょうか?また、過重労働面談を行い続けることだけが過重労働による健康障害の予防や、安全配慮義務の履行として本質的に有効な手段なのでしょうか。

【過重労働対策の目的】

 企業における過重労働対策の目的は、過重労働による健康問題(メンタルヘルス不調や脳卒中など)の発生や、従業員の休職・退職を防ぐことです。こういった問題を防ぐことは、企業の抱える法的リスクからの防衛や、社会的な信頼構築・ブランディングの観点からも非常に重要な事項です。

【過重労働対策の原則】

 過重労働対策において重要なことは、労務環境を改善することです。
 例えば、長時間労働が発生しない事業設計、業務計画、体制構築、労働時間管理といったことが本来的に求められます。とはいえ、予測が困難な突発的な業務案件の発生やトラブル対応などによって長時間労働が発生することもあります。その場合には事後的な対応により、解決・改善を図る必要があり、その中に産業医による過重労働面談も含まれます。
 というのも、過重労働によって重篤な健康問題が起きたと疑われた場合には、「労働時間」が最も客観的な指標として裁判所に判断されてしまい、企業の管理責任が問われるからです。結局のところ、企業防衛の観点からも”過重労働による”健康問題を防ぐということは、長時間労働させないことに他ならないのです。

【過重労働面談の限界】

 今回の事例で行っているような過重労働面談は、「長時間の労働により疲労が蓄積し健康障害発症のリスクが高まった労働者について、その 健康の状況を把握し、これに応じて本人に対する指導を行うとともに、その結果を踏まえた事後措置を講じること」をいいます。(厚生労働省HP参照
 つまり、既に長時間の労働が発生している労働者に対して面談を行うことになります。この時点で不調者を認めた場合には、既にその労働時間の実績から業務起因性と認識されうることはお分かりいただけるかと思います。また、面談時に健康問題が生じていなかったとしても、その後に長時間労働が継続した場合の予防策にはなり得ないことも理解いただけるのではないでしょうか。
 もちろん過重労働による健康障害の兆候を認めた労働者に対し、悪化を防ぎ回復を促すために、治療や療養などにつなげるサポートを行うことは重要です。しかし、過重労働面談はそれ単独では過重労働対策にはならないのです。過重労働対策としては、前述のとおり、過重労働面談が必要になるような長時間労働を発生させない適切な労務管理を行うことが第一義となります。それでも、やむを得ず長時間労働が発生してしまった場合には、過重労働面談の結果如何に問わず速やかに労務環境を改善し、長時間労働の継続発生を防ぐ必要があります。そう考えると、過重労働対策においては過重労働面接は枝葉・末端なのだとも言えます。

【過重労働面談を活かすには】

 過重労働面談の活かし方ですが、過重労働面談の結果を踏まえた産業医意見に基づく「事後措置」や、衛生委員会における過重労働面談の「実績報告と審議」が有効に機能することがあります。
 労務環境を改善し、長時間労働を低減しようにも現場の中間管理職の差配のみでは対応が困難になることもしばしばあります。そういったときに、産業医の意見をもとに人事的な措置としてより上位の管理者に働きかけて対応を促すということも考えられます。また、衛生委員会で審議することによって労使の課題共有ならびに改善の必要性について訴求することができることがあります。
 事後的な対応であっても、その後に長時間労働が遷延化・恒常化しないためにも適切に報告や改善対応に向けた検討過程を積み上げていくことが重要です。

 人事労務担当者として産業医と連携して過重労働対策を行っていくためにやっておきたいことは、大きく2つです。

1:過重労働面談の後、面談での聴取内容や結果についての産業医意見を
  引き出すこと

 対象者個人への対応ももちろんですが、個々の背景情報から会社や職場として対応すべき事柄などを聞き出すことができれば、より本質的な過重労働対策を行うことができるかもしれません。特に、人事ラインの上司や、現場の管理者や上位上司との連携が重要になります。有効な産業医意見を体系的に聴取するには、厚生労働省が公開している書式を活用するとスムーズです。

2:過重労働面談の結果を衛生委員会へ連携し、審議すること
 過重労働対策は管理側の課題と労働者側の課題の両面からアプローチが必要です。労使が対話・審議を行う衛生委員会において実績報告を行うとともに、課題意識を共有することで労使協働での改善対策が導けることがあります。

 さて、人事部員の朝倉は産業医、佐々木からうまく意見を聴取できるでしょうか?これから人事と産業医が協働しながら、過重労働対策を進めていけるようになればいいですね。


本記事担当:@ta2norik

記事は、産業医のトリセツプロジェクトのメンバーで作成・チェックし公開しております。メンバーは以下の通りです。
@hidenori_peaks, @fightingSANGYOI, @ta2norik, @mepdaw19, @tszk_283, @norimaru_n, @ohpforsme, @djbboytt, @NorimitsuNishi1
現役の人事担当者からもアドバイスをいただいております。


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