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『みどりいせき』/ 大田ステファニー歓人 | 新しくて面白くて笑ってしまう

カメラへ会釈すると『いや、ペコリ、じゃなくて、誰よ、君』と返ってきた。
「あ、桃瀬っす」のどが裏返った。
『モモセス……。いや誰だよ』とげついた声の裏で踏切のサイレンがはっきりと聞こえてくる。

「みどりいせき」P56

第37回三島由紀夫賞受賞作、第47回すばる文学賞受賞作。まず読み始めて思ったことは、読みづらい!だった…なんせ書き出しが
「あれは春のべそ。まぁ、そんなわけないし、もしそうなら、みんないつか死ぬ、ってことくらい意味わかんないし、わかんないものはすこし寝かせたい。」
って、もうなかなかすんなり飲み込みづらい…と思ってたけど、読み進めると止まらなくなって、最後は読み終わるのが寂しかった…

独特の口語体が評価されてるかもだけど、個人的にこの小説はストーリーが映画的に面白くて、何より笑える。最初に引用したところもそう。最初は何コレと思ってた文体も、リズムにのりはじめると、ストーリーが気になりだし、合間合間にクスッとさせる。そんな小説だった。

ストーリーは、不登校になりかけの高校生が幼馴染と再会してドラックディーラーになる話…
というとなんだかハードコアな感じになるけど、実際は、バイト感覚で売人の見張りバイトやったけど、暴力怖い!くらいの軽いノリの青春群像劇。

主人公は自分から売人的なことをしといて、いざ自分が危険な目に合うと、なんでだよ!なんで自分がこんな目に!って逆ギレしたりするところが今っぽい。ただ基本みんなダラダラしてるし、現代の、周りにマリファナやLSDがある高校生のリアルな日常って感じで、読んでるとキャラ立ちしてる登場人物の会話に癒されるし、漫画的な面白さもあった。

ドラッグディールの話や、実際に使ってる時の描写が多々あるけど、意外にも物語は主人公と幼馴染の女の子が小学校時代野球しててバッテリーだった話から始まる。その女の子に久しぶりに再会すると売人になってて、主人公はいろいろ巻き込まれていくんだけど…

少年野球とドラッグって全然違うものなのに、最終的にそれが結びついてめちゃくちゃいい終わり方をする。いいラスト!コレを読むだけでも価値があるし、映画的にも漫画的にも面白くて、文体は小説でしか表現できないもの。

ぶっ飛んだ作者の人となりにも注目が集まってるし、インタビューもめっちゃ面白い。

でも考え抜かれた文体やストーリーの組み立てなんか、ノリで書かれたわけじゃなく、確かな力量をもとに完成されたものだと感じる。読み終わったのにまた最初から読み返したくなる傑作。自分が思う三島由紀夫賞のイメージを体現した本だと思った。新しさの中にユーモアと作者の本気が伝わる本。あー面白かった!

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