創造性を最大化させる「マルチタスク」を実践する
2024年も残り40日を切った。年頭に掲げたはずの今年の目標のいくつか、いや、ほとんどが達成できていないが、毎年恒例のことなので私は気にしないでおく。その代わり、年内にやっておかなければならないこと、タスクがいくつもある。仕事のこと、私的なこと、一人でやること、チームでやること、待ち構えるタスクの顔ぶれは様々だ。しかし、契約があるものには特別の注意が必要だ。なぜなら、相手と交わした約束事は「できる」「できない」ではなく、「やる」、そして「やり遂げる」ものだからだ。
積み上がったタスクをすべてやり遂げ、新年を爽やかな気持ちで迎えたい。
さて、今あなたの眼前にはいくつものタスクが提示されていると想像して欲しい。あなたはそれらタスクを手早く完遂させるため、優先順位を付けて、上位タスクからひとつずつ片付けていくだろう。さっそく、すべてのタスクについて「重要度」と「緊急性」の2軸で評価し、両方が高い「優先順位が高いタスク」の処理に取り掛かる。逆にこれらが低いタスクは後回しにする。この「重要度」と「緊急性」の2軸による優先順位の決定は、ビジネスでも基本中の基本であり大原則だ。
しかし、この手順でタスク処理を実行してみると、実はかなり効率が悪い。「重要度」と「緊急性」の2軸の評価には主観と客観が混在しており、担当者によっても評価は大きく異なる。さらに、事前認知できない要素が潜伏していたときは、評価そのものが頓挫してしまううえ、さらなる評価のために新たなタスクが発生してしまう。もちろん工数も増えていく。合理的ではない。
私は、「重要度」と「緊急性」の2軸評価の前に、まずタスクのタイプ、すなわち「作業的なタスク」か「創造性が要求されるタスク」かを判断することにしている。この2種類のタスクは性格も処理方法も大きく異なる。「重要度」と「緊急性」の2軸で評価するのはその後のステップでも充分だからだ。
作業的なタスクとは何か。例えば、当月の売上データの入力や積み上がった書類のファイリングなどがこれに該当する。さらに、作業ルールがあらかじめ定まっているものは、さほどシビアではない。「数量の多いタスクを優先する」といった固定のルールを定めれば、主観や客観のブレもなく、ほぼ自動的に優先順位が設定され、機械的に片付けていくことができる。タスク完遂の状態を想定してから作業を開始することも可能だ。そして、残りゼロになったらそのタスクは終了する。
しかし、創造性が要求されるタスクは、作業的タスクとは大きく性格が異なる。プロットづくりや営業戦略ミーティング、実験計画、さらには日常生活における献立作りも「創造性が要求されるタスク」に含まれる。これらは完成像が想定できないどころか、出発点さえ分からない場合もある。評価基準や構成要素、必要な情報やそのためのコスト、参加メンバーの選定など、事前に確定させておく事項も複数かつ多様に存在する。期限が迫っても、気が急くばかりで一向に進まない、こうした経験は誰しもあるだろう。作業的なタスクのように、数量などのひとつのルールを定めたところで、解決には結びつかない。なぜなら、創造性が要求されるタスクは、片付ければ完遂という性質のものではないからだ。
では、創造性が要求されるタスクが複数ある場合、どのように対応すれば効率的だろうか?私は、タスク処理を同時並行させて解決する「マルチタスク」へ移行することにしている。フレームは受け売りだが、私なりのアレンジも加えている。
ここから少々複雑になるので、フィクションではあるが、具体的な事例を使って説明しよう。
ここで取り組むタスクは次の3件を想定する。もちろん3件以上をマルチタスク化しても問題はない。状況や個人の能力にもよるが、5件くらいはすぐにマルチタスク化できるようになる。後述するが、タスクは相互に全く関連性がないものが理想だ。
A プロットの創作 新規のストーリーを創作するにあたり、テーマや設定を考える。これはおよそ個人レベルのタスクだが、源泉は自身の中にあるため、行き詰まる危険もはらんでいる。
B 事業計画の打ち合わせ 既存メンバーと現状の把握から今後の方針まで、一連の行動ベクトルを確認する。これはチームのタスクだが、各参加者の力量も要求される。
C 地域のイベント実施計画 イベントを企画立案する。これはチームのタスクだが、開始時点ではテーマも参加メンバーも未知であり、着地点も見えない。個人的力量の反映は希薄である。
これらが同時に提示されたとき、「重要度」と「緊急性」の2軸で評価し、優先順位を確定させることは困難だ。
マルチタスクは同時並行によるタスクの完遂を目指すテクニックだが、人間は複数の思考を完全同時に進行できる能力を持っていない。脳内でピントを合わせることができる対象はひとつだけだ。特に想像することにおいてはほぼ不可能である。
ただし、「頭の隅に置いておく」、つまり無意識下に複数のタスクを落とし込んでおくことはできる。これを活用するのだ。スマートフォンで複数のアプリを立ち上げておくイメージ、と言えば分かりやすいだろう。
まずはタスクA、B、Cを並べて、それぞれの顔ぶれをざっと眺めてみる。並べることでタスクを比較でき、それぞれの特性が浮かび上がり理解しやすくなる。また、各タスクについて、開始前に把握しておくべき要件が欠落していないか確認もできる。明確なスケジュールが設定されている、あるいは複数人で実行するようなタスクは、そのルールを遵守することもタスクの遂行要件である。重要な要件に欠落や勘違いがあると、いつまで経ってもタスクを完遂することはできない。
取り組むタスクの理解を完了したら、さっそくマルチタスクで同時に作業をスタートさせる。「作業」といっても簡単だ。タスクAを意識の前面に出して検討し、タスクBとCは「頭の隅に置いておく」だけだ。
タスクAを意識の前面に出して検討する時間はあらかじめ決めておく。集中が持続する20分間から長くても40分間くらいがよい。その時間の中では前面に出しているタスクAに意識のピントを合わせる。アイデアが思いついたら、メモなどに概要を記録し後で回収できるようにしておく。この段階ではアイデアの良し悪しは判断しない。そして所定の時間が経過したら、3~5分のクールダウンを挟み、タスクBを意識の前面に出して検討を開始する。もちろん、タスクAとCは「頭の隅に置いておく」。タスクBの時間が終わったら、先ほどと同じようにタスクCの検討へ移る。タスクAとBは「頭の隅に置いておく」。これをワンセットにしてマルチタスクを繰り返し実行する。慣れてきたら各タスクに割り当てる時間を徐々に伸ばしていく。ただし、各タスクの結論を急いで導くことはあえて避けるべきだ。検討を急げば意識の視界は狭くなり、思わぬ落とし穴に落ちてしまいかねない。
さて、「頭の隅に置いておく」タスクだが、前面に出したタスクに取り掛かっている間に、ふと「頭の隅に置いた」別のタスクのアイデアが浮かぶ時がある。たとえば、タスクAのプロットを検討している最中に、タスクBの打ち合わせに提案できそうな新規事業アイデアや、タスクCのイベント企画のテーマ、あるいは3つのタスクに横断的に共有できる妙案が浮かび上がるかもしれない。また、欠落やミスに気がつく場合もある。しかし、これらはメモなどにアイデアの尻尾として簡単に記録し、直ちにタスクAの検討に戻る。よほどの緊急性がない限り、タスクの差し替えは避ける。
浮かび上がったアイデアの尻尾は、次のそのタスクのターンで再浮上させればよい。つまり、そのタスクを意識の前面に出して検討開始するときには、すでにアイデアの尻尾が用意されている状態になっているので、直ちにタスクを検討できるのだ。アイデアの尻尾は検討を重ねて醸成され、洗練され、やがて形あるものになる。また、「頭の隅に置いておく」ことで複数のタスクの相互連携が生まれ、別のタスクのアイデアに変貌していく場合もある。「頭の隅に置いた」タスクには意識のピントは合わせていないが、脳内での思考は並行させているタスクの数に倍化している。ABCの3タスクをマルチタスク化しているなら、思考は3倍化しているのだ。
ここまで、各タスクについて思考してきた成果はすべてメモなどに記録してきた。タスクの完遂に近い完成度の高いものから、断片的なアイデアの尻尾まで様々だが、マルチタスクによって繰り返し検討することで、アイデアは重層化され改版・刷新されていく。古い初期アイデアも悪くはないが、それを基礎地盤として重層化された新たなアイデアには到底敵わない。そして、並行させてきた別のタスクに影響されることで、この重層化されたアイデアはさらに立体化していく。
立体化したアイデアは整理された思考プロセスでもある。タスクの完成像とそれに至るステップ、そして不足部分さえも徐々に明確になっていく。この状態の思考は、実はすでに「作業的タスク」に変貌している。つまり、頭の中で立体化させたアイデアを、そのまま頭の外、つまり実世界へ出力すればよい。出力は文書でも良いし、造形物でもよい。とにかく第三者が客観的視点で認知できる形態で出力する。これでタスクは完遂する。内包するステップの精緻化や不足部分の充填は、新たに派生した別のタスクとして扱う。
先程、マルチタスクさせるタスクは相互に全く関連性がないことが理想的だと説明した。思考が混合しないのは当然だが、タスクに関連性がないことのメリットは大きく3つある。ひとつめは、意識の切り替えが明確になること。ひとつのタスクに没頭して行き詰まってしまうことを防止できる。次に、発想の出発点を複数備えることができる。これによって生まれる別の視点から、アイデアの客観的評価や大胆な発想を導き出すことができる。そして最大のメリットはタスク処理を継続できることだ。成果を出せなくても強制的に別のタスクに切り替えてしまうことで、思考が停止せず、飽きや時間のムダも発生しなくなる。これこそがマルチタスクの有能性とも言える。
マルチタスクに移行させるタスクは、いずれも「創造性が要求されるタスク」ではあるが、検討を進めていく途中で必ず「作業的なタスク」が発生してくる。タスクAにおいては着想の裏付け取りや書き起こし、タスクBでは事前資料の共有やその読み込み、タスクCでは前年実績の確認、これらが発生する「作業的タスク」にあたる。もっと単純なものでは資料のコピーもあるだろう。作業ルールなどを確定させたら、「作業的なタスク」はすぐに完遂できるので、マルチタスクから切り離す。こうして「創造性が要求されるタスク」を純粋化していくことで、検討すべき事項の姿が明確になり、タスクの完遂に近づいていく。
「創造性が要求されるタスク」から生み出された思考プロセスには、「作業的タスク」の効率化や改善に適用できるアイデアが含まれている場合がある。たとえば、既存マニュアルに従い処理していた当月の売上データの入力作業の手順を入れ替える、目視による最終チェックをプログラムによる自動処理に変更する、あるいは、専門事業者に社外発注し、入力作業そのものから解放する選択もある。煩雑で柔軟性が低く、存在理由さえ定義できないステップやレガシーコードは、もはや事業の効率化を阻む遺物でしかない。大胆かもしれないが、このような新しい視点の発見も、二次的成果としてマルチタスクに期待できる。
マルチタスクの実行についてポイントをまとめる
■マルチタスクは、創造性を要求される複数のタスクを同時並行で実行する方法
■マルチタスク化するタスクは3~5件
■相互に全く関連性がないタスクが良い
■実行するタスクの内容を確認し、それぞれの特性を理解しておく
■割り当てる時間を設定する(20~40分間程度)
■実行するタスクを意識の前面に置き、他のタスクは頭の隅に置いておく
■ステップ
1. 実行するタスクに意識のピントを合わせ実行、検討を進める
2. 設定した時間になったら、タスクを強制終了し、3~5分間のクールダウン
3. 次のタスクを意識の前面に移動、先程のタスクは頭の隅へ移動
4. 上記同様に、次、その次のタスクを実行する
■創出したアイデアは必ずメモなどに概要を記録し、後で回収できるようにする
■タスク実行中に、頭の隅に置いた別のタスクのアイデアが浮かんでも、メモに簡単に記録するだけにとどめ、タスクの差し替えはしない
■マルチタスク実行中に発生した「作業的なタスク」は切り離す
「そんな都合の良い話があるものか」とマルチタスクの効果を疑う方もいるだろう。それは当然の感想だ。時間をかけて、集中して、必死に考えてもなかなか浮かんでこないアイデアが、そう簡単に出てくることなど期待できるはずもない。シルクハットからウサギを引き出す手品師のように、非現実的に見える。しかし、マルチタスクはひとつのタスクに集中しないことに意味がある。
創造性を要求されるひとつのタスクに没頭していても、他からの示唆や視点が示されることはない。思考が凝り固まってしまい、他人の声が聞こえない状態になっている。しかし、同時並行させる複数のタスクはミッションであると同時に互いにインスピレーションの源泉になる。「三人寄れば文殊の知恵」、「岡目八目」というように、異なる背景や視点から思わぬアイデアが示される。ピントを合わせるタスクを順次入れ替えていくため、厳密な意味での「同時」ではないが、このマルチタスクは複数を並行処理することで相互に良い影響を及ぼす。ここに、このマルチタスクを実行する意図がある。
冷静に、そして積み残しなくマルチタスクを開始する。繰り返しになるが、マルチタスクではタスクを完遂させることが目的である。遠回りに見えても、決して急がないことが肝心だ。