あの時のハーゲンダッツ

先日、部屋の片付けをしていた。レポート期間中の分かりやすい現実逃避である。

そんな中で、中学校の卒業アルバムを見つけた。久しぶりに見るな〜なんてパラパラとページをめくって、最後に出てきたのがみんなからのメッセージ欄。部活のメンバーや仲の良かった友達、クラスメイトからの言葉がびっしり書かれている。

そのメッセージの中にひとつ、「〇〇(私の苗字)、ハーゲンダッツ」とだけ書かれたものがあった。書いたのは3年の時同じクラスだった女の子だ。話すことはあったが、特別仲が良かったかと言われるとそうでもない、といった関係だった。

何の話だろう、と手を止めて考え込む。
答えはすぐに出た。

私は昔から手先が不器用だった。
それに加えて、芸術のセンスも壊滅的。夏休み恒例の絵日記だったり選挙ポスターだったりは大の苦手だったし、美術の授業は億劫でしかなかった。

そんな中で特に嫌だったのは家庭科だ。
恐らくほとんどの小中学生が経験しているであろう、エプロンとかバッグとかを作るアレ。あの授業が嫌で仕方なかった。まず裁縫が苦手なのだ。玉結びも玉留めも上手くできない。あまりにも失敗が多いのでやたらとニッパーの技術だけは上達していた記憶がある。

中学3年生の時、オリジナルボールを作ろう、みたいな家庭科の授業があった。自分で布や糸を選び、そこにフェルトか何かを貼って中に綿を詰めてボールを作るというもの。もちろん裁縫が必要になる。

家庭科の授業は家庭科室で4人くらいの席に座って行っていた。その時、私の隣に座っていたのが「ハーゲンダッツ」のメッセージの主だ。

工程の説明を終え、あとは各々作品を作っていくのだが、当然そのスピードには大きく差が生まれる。彼女はクラスの中で1.2を争うほど作業を進めるのが早かった。反対に私は下から数えた方が早いレベルで作業が遅かった。

で、あまりよく覚えていないが、授業のカリキュラムとしては5〜6回でボールを完成させる予定だったはずだ。しかし私の脅威の進行スピードはそれを遥かに上回っていた。もちろん悪い意味で。

ラスト2回の授業の時。私は絶望していた。誰がどう見たってあと2回で終わるわけがない。今から頑張ったとして、私の実力なんてたかが知れているのだ。一方、隣の席の彼女はすっかり作品を完成させていて、家庭科室中を回っては作業に手こずる人たちのサポートをしていた。
私も何度か手伝ってもらったはずだが、とにかく彼女はクラス中に頼りにされていたのだ。私だけに付きっきりというわけにはいかない。

しかし私も切羽詰まっていた。残り2回で終わらない人は放課後に居残りをしろ、と言うのだ。それは何としてでも避けたかった。それだけ遅いなら居残りくらいしろよ、という話なのだが、とにかく居残りは嫌だった。

困り果てた私は、隣に座る彼女に「どうしてもあと2回で終わらせたいから手伝ってください」とお願いしたのだ。何とも他人任せだ。書いているうちに思い出してきたが、「他の人のところに行かないで」的なことも言ったような気がする。メンヘラ彼女か。

そう。彼女が私のお願いを聞き入れる条件として出してきたものこそハーゲンダッツだったのだ。なんとも中学生らしい。もちろん私は承諾した。何味だろうが奢る、そんな気持ちだっただろう。

そして彼女の協力もあり、私は授業内に作品を完成させることができたのだった。協力というか、ほとんど彼女が作業を進めてくれていたような気がする。それもそうだ、私がやってしまっては授業時間内に終わるわけがない。彼女は私に付きっきりだったと思う。ラスト1.2回ともなると作品を完成させた人がちらほら現れ始めていて、その人たちが困っている人のサポートに回っていたと思うので、クラスの迷惑にもなっていないはずだ。多分。

そんな出来事があって、彼女は私の卒業アルバムに「ハーゲンダッツ」の文字を書いたのだ。
私の中学校は登下校中の買い食いができなかったため、確か卒業式後のクラス打ち上げで奢ろうとしていた気がする。しかし彼女は打ち上げに来なかった。結局私はお世話になりっぱなしだった彼女にハーゲンダッツをご馳走することができないまま今日まで過ごしてしまっていたのだ。

かと言って、今更LINEで「ハーゲンダッツ奢るよ!」なんて送るのも変な話である。しかし私には絶好のイベントが控えている。成人式だ。私の中学校は成人式の後に学年全体の同窓会があり、さらにその後、二次会のような形でクラス会がある。そこで彼女と会うことができるのだ。

彼女がこの出来事を覚えているかは分からない。忘れている可能性の方が高いだろう。私だってアルバムの文字を見るまですっかり忘れてしまっていた。しかし、何かしらのお礼はしたいと思っている。

あの出来事から5年。どうにか恩を返したいものだ。

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