見出し画像

恋人未満のクリスマス

この記事は、#灯火物語杯 に参加するために書いたものです。知人の体験をもとにしています。



「マリちゃん、どうしよう。私、付き合ってもないのにKくんとそういう関係になっちゃったの・・・」

 クリスマスの日の夜。私は同僚のマリに電話で泣きついた。

「昨日のクリスマスイブは、ちゃんと二人で銀座でディナーに行けたんだよね?」

 マリが冷静に状況を整理しようとしてくれる。

「うん、銀座のディナーはすごくおいしかった。ちょっと緊張したけど、楽しくおしゃべりできたよ。でもね、そこからが問題だったんだ」

 そう、ディナーを食べるまではよかったのだ。ディナーを食べてから健全に解散していたら、あんなことにはならなかった。

 私は、同じ部署のKくんに片思いをしている。

 すらりとしたスタイルで、優しくて、仕事ができて。仕事で同じプロジェクトの担当になったときは、リーダーの私をしっかりサポートしてくれた。そんな頼れる彼に、私はいつしか惹かれるようになった。

 今年はクリスマスイブが土曜日、クリスマスが日曜日という日取り。クリスマスデートにはうってつけだ。日ごろから恋愛相談に乗ってくれているマリに猛プッシュされ、私は彼をクリスマスデートに誘うことに成功した。

 土曜日の銀座は、恋人たちでとても混んでいた。「CHANEL」「Cartier」などハイブランドのブティックには、若いカップルが列をなしていた。

 彼が予約してくれた和食ディナーを楽しみ、レストランを出たのが夜8時。どこかで飲み直したいねということになったが、どこも混んでいるので、予約なしにふらりと入れるレストランやバーはなさそうだった。

「おれ、男子寮に住んでるから女の子を部屋に入れられないんだよな」

 そう彼がつぶやいたとき、私はとっさにこう提案した。

「じゃあ、私の家に来る?」

 これがすべての間違いの始まりだったなんて、このときは考えもしなかった。

 女性が男性を自分の家に上げることがなにを意味するのか、理解していなかったわけではない。けれど、Kくんは安心安全な人物だと信じきっていたのだ。

「銀座はどのお店も入れなさそうだったから、私の家で宅飲みすることにしたんだ。そしたら話が弾んで、終電近くまで話し込んで、それで・・・」

 それで、そういう関係になった。

 割り切った関係ととらえてもよかったかもしれない。でも、本気で好きな人だったからこそ、軽々しく関係を持ちたくなかった。

 なにより、ワンナイトなんて、相手から大事に思われていない証じゃないか。

 今朝、なにごともなかったかのように私と会話して家を出た彼のことを思い出すとショックで、自分の話し声に涙がにじんだ。

「わかった、そういう経緯だったのね。大人だから、そういうこともあるよ」

「これから私たち、どうなるのかな。私、どうしたらいいのかな」

 落ち着いて私の話を聞いてくれるマリに、私はついすがってしまう。

「Kくんからすると、私たちの間にはなにもなかったってことにしたいよね」

「そうね。ずるずると体の関係だけを続けるのは、倫理的にもだけど、まずメンタル的によくないと思う。自分からアクションを起こすのはいったんやめておいて、しばらく様子を見てもいいんじゃない?」

「様子を見ても、なにもないような気がする・・・」

 だって、このままなにもしないと、私は体よく遊ばれただけの女になってしまうじゃないか。

 マイナス思考に陥る私を、マリが励ましてくれた。

「なにもないこともないと思う。付き合う前にこうなったとはいえ、Kくんが少しでも誠実な人なら、今からでも今後のことを真剣に考えてくれるはずよ」

「そうだと信じる・・・ありがとう、いきなり電話したのに話聞いてくれて」

「いいよ、明日からも一週間がんばろう。そうだ、明日、オフィスの近くにできたカフェでランチしましょ」

 いい同僚を持ったものだ。マリに感謝し、私は電話を切った。

 気になるその後だけれど、Kくんと私の関係は思ったより良好だった。Kくんは心なしかこれまでよりたくさん私に話しかけてくれるようになった。残業中の私に差し入れをしてくれるようにもなった。

 年内の仕事が終わり実家に帰省したときも、KくんとLINEをした。クリスマスデートのときのように他愛もない話で盛り上がった。

 どういうつもりなんだろう。不思議に思うけれど、恋愛ごとにほとんど免疫のない私は、すぐうれしくなって舞い上がってしまう。

 来年の抱負は「Kくんと付き合う」ことにした。

 ◇

 年が明けた。そして、その年が終わる頃に考えた私の翌年の抱負は、

 「無事に入籍する」こと。

 そう、私は年明け早々にKくんから交際を申し込まれた。返事はもちろん、OKだ。そして、秋にはプロポーズまで受けた。

「クリスマスのときは、遊んでるって思わせてしまってごめん。本気で向き合おうって思った」

 付き合ってほしい、と真剣な顔で続けたKくんの本気を、私は信じることにしたのだった。

 恋人未満のクリスマスが、翌年には恋人同士のクリスマスになり、そのまた翌年には夫婦のクリスマスになるなんて、人生、なにがあるかわからない。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集