act:18-今夜がヤマです【急の章】三途の川の畔に行ったのかオレ
前回までのお話 ↓
妙な揺れで空中戦艦ヤマデスから放り出されたオレは、黒い渦に引き寄せられて、どうやらそのまま渦に呑み込まれてしまったようなんだけど‥、
放り出された途端に瞼が重くなって、しっかりと見てはおらず、一体オレがあの後どうなったのか、実はオレ自身がよくわかっていないんだ。
ただ、今のオレは、異様に静かなところに、ぼぉーっと突っ立ってた。
静かなんてものじゃないな、まるで耳に何かが詰まってしまったように、全く音が聞こえないところだった。
さっきまでの異様な瞼の重さがとれてきたため、ゆっくりと目を開いて、辺りをグルっと見回してみたんだけど、なんだかここはここで妙なところだった。まるで曇りの日のような、一面が薄暗い灰色の世界だったんだ。右も左も、前も後ろも距離が掴みにくい薄らボヤけた灰色で覆われている。あぁ!ちょうどウチにあるシャープの電卓の液晶画面(※1)の色とおんなじだ!
ただ一か所だけ例外があって、オレの足元からずっと下の方に地面があるようだった。その地面には黒々と錆びついた機械の粗大ごみのようなものが、どこまでもびっしりと地の果てまで敷き詰められていて、その真ん中に一本だけ道がある。この道がずぅっと遥か向こうまで続いていた。
ひとまずオレは前に進みたいと思ったけど、でも今のオレは宙に浮いてるようだし、こりゃーどうすりゃいいんだろうとしばらく悩んでたら、不意に遠くの空に、ぼぉっと光の点が浮かび上がった。
その光に向けて反射的に右手を伸ばしたら、今度はそのオレのすぐ手の先に、オレの名前がカタカナで小さく宙に浮かびあがった。まるで古いタイプライターで打ったようなドット文字だ。
「なんだこれ?」
オレは伸ばしていた手でその宙に浮いた文字を掴んだ、‥ような気がする。
次に気付いたら、オレは、今度はなだらかな丘の小道にぽつんと立っていた。この丘は、見渡す限りがピンク色のコスモスに覆われている。まるでコスモスのカーペットのようだな中々壮観だ!さらにここのコスモスは、少し紫がかった強い色味のピンク色で、とっても鮮やかなんだ。
「ここは誰かの花畑かな?」
見上げた空はどこまでも澄みきった青空で、そんな絵に描いたような空を、真っ白い雲がゆるやかに流れていくんだ。
ここはなんというか、全てが全て鮮やかなところだった。
「大多喜にもこんな天国みたいなところがあったんだなぁ~」
妙な感心をしながらも、オレはここがどこだか皆目見当がつかず少し不安になってきていた。そもそもこんな綺麗な場所はウチの近所では観た覚えがないんだよなぁ。
ひょっとしたら何かの弾みで、マチナカのウチよりも、養老渓谷(※2)にずっと近い総元や老川(※3)のほうに来ちゃったのかもしれない。
まぁ考えてても仕方がないので、先ずはこの小道をテクテクと歩いていくことにした。幸い今は昼のようだし太陽と影を見れば、オレが大体どっちの方角に向っているかは何となく分かるんだ、でもなんだかさっきから太陽が見当たらないんだよなぁ、見上げた時にだけタイミング悪く雲に隠れちゃってるようだった。影もはっきり出ないんだよなぁ‥、
まぁそのうち見えるだろう、まずは進もう。
コスモス畑の道をテクテクと歩いていくと、しばらくして遠くに一本の細い小川が見えてきた。しかし徐々に近づくにつれて、小川と思ってたものは川幅がそれなりに広い川に見えだした、大多喜を流れる夷隅川レベルでちょっと深そうだ。
そうそう、もうひとつ気付いたことがあるんだ、この川の向こう岸には人が何人も並んで立ってて、みんながみんな揃って、こっちを見ているみたいなんだ。そんなにオレが珍しいのか?
でも何かがおかしい、みんななんとなく透けているような、人影だけのような‥、肺炎の熱のせいでオレの目がおかしくなってるのかもしれない。
やがてオレは川の畔についた。そしてあらためて川を見たら、今度は小川ってほどではなく、それなりの川幅はあるけど、それでも川底が容易に覗ける浅そうな川になっていた。つくづく変な川だ。
対岸の人たちは既に帰っちゃったようで誰もいなかった。でもひとまずはあの人たちを追った方がよいだろうな、オレは帰り道を聞きたいんだ。幸い川底も浅いようだし、膝丈ぐらいまで濡れることを我慢したらどうにか渡れそうだった。そう決心して、ズボンの裾をあげようとしたときに、誰かに話しかけられた。
「‥ノリユキなの?そこで何してるの?」
振り返るとオカッパ頭に鮮やかな紅色の、甚兵衛のような服を着た小さな女の子がコスモス畑の中に立っていた。3歳か4歳ぐらいか?保育園に行くか行かないかといったチビッ子だ。小さな扇子を振りあげて、こっちに来いとオレを手招きしている。
オレは、いきなり人に話しかけられて驚いたのと、明らかにオレより年下のこの女の子に、ノリユキと呼び捨てにされたことに軽く腹が立ち、思わず「オマエだれよ!?」と少し強い口調で聞いた。
第一なんでオレの名前を知ってるんだ?さらに扇子で偉そうにオレを手招きだ、なんだこの子は?
この子の名はカオル、よくよく話を聞いてみたら、なんとオレのお姉ちゃんだということだった
《え?ちょっと何言ってるのかよくわからない》
どうやらヘンな子だ、あんまり関わらないでおこう。
そんなことを考えつつ、ふと気付いたら、カオルの隣にはうちのバァちゃんが立ってて、そしてカオルの頭を撫でてた。それもずっと前からそこにいたように、さも当たり前のようにバァちゃんは立ってたんだ。おかしいな、さっきまでいなかったでしょ?いなかったよね?
そしてバァちゃんはオレをキッと見据え、開口一番に言った
「ここはオマエが来ちゃいけないところなんだ、ぜったい川は渡っちゃいけないよ!」
さらにバァーちゃんは急き立てる
「さぁーノリユキ、いま来た道をはやく帰るんだよ!」
いやオレも帰りたいんだけどさ、帰り道がよく分からないんだよバァちゃん。ここはどこだい?
あれ?でもバァちゃんさぁ、ついこの前死んだよね?葬式やったし火葬場にもオレ行ったもんな。バァちゃんこそ、ここで何してるんだ?
そして今度はカオルがニヤニヤしながら言った。
「早く帰らないとみんな来て、ノリユキいっぱい怒られるぞぉー」
いや待て園児っぽいチビのお前がオレを呼び捨てにするのは何だか解せん!さらにその物言いがオレより年長さんなのも本能的にイラっとするぞ、ただちにやめるんだ!
そんなオレの様子を見てバァちゃんが話し出した。オレがカオルを知らないのも無理はないと、カオルは生まれてこれなかった子供だったんだって。カオルの次の年にこのオレは生まれたんだそうだ。だからカオルはオレの姉で間違いないということだった。
そんなカオルは、バァちゃんから話を聞いて複雑な顔をするオレに《ほーらホントだろーバァーカ》と舌を出してからかう仕草をする。
たとえカオルが本当に姉だとしても、こんな姉ちゃんオレはイヤだわ‥。
そうこうしていると、いつの間にやってきたのか、今度はたくさんの人たちがオレの目の前の小川の畔に、まるで行く手を遮るようにして立っていた。川の向こうにいた人たちかな?この人たちが、今さっきカオルが言ってた「みんな」なのか?
よく見たら、女もいるけど男の方が多いな。そして、みんな色んな格好をしていて面白い、ちょっとした仮装大会のようだ。背広(※4)の人もいるけど、ほとんどは和服の人ばかりで、お坊さんみたいな人もいるし、中には鎧を着た人もいる。鎧の人はロボットみたいで何だかカッコイイぞ!
そして、みんながみんな、このオレを静かに見ている。睨みつけられているわけではないし、品定めをされるようにジロジロ覗かれているわけでもない、どっちかというと穏やかで優し気な感じなので全く怖くはないんだけど、ちょっと不思議な眼差しだ。
その集団の中から、背広を着た一人のお爺さんが滑るようにスゥッと前に出た。よく見たら仏壇の壁に飾っている遺影の人物じゃないか!オレのジィちゃんだマジか?
ジィちゃんは、オレが生まれる半年ぐらい前に亡くなったんだ。
「ノリユキ、ご始祖様が呼んでいる。お屋形に行ってこい」
ジィちゃんは確かにそういった。遺影の中だけだったジィちゃんが今喋ったぞ、スゲェなんだか感動だ!!
‥で、シソさまだって?何だかまるでスシみたいな名前だな。ゴシソサマは初めて聞いたけどスシなら大好きだよジィちゃん!ジィちゃんも新寿司喰ったかい?大多喜駅前の新寿司(※5)は房州寿司のホームラン王、あれは最高だ!
オレがそんなことをジィちゃんに話している途中で、ジィちゃんも、たくさんの和服の人たちもスッと消え、そして視界がグラリと変わった。
みんな房州寿司に興味がなかったようだ。
「‥ありゃ?もしかしてここが屋形?」
今度はオレは、寒々しくって殺風景な建物に座っていた。黒い柱に黒い床で何となくだが薄暗い。ちょうど神社のお社の中にいるようだな。床はちょっとひんやりする畳のない板の間だ。これは冬は全力で避けたい住環境だ、間違いなくオレは風邪を引いて、また高熱を出すだろう。
キョロキョロと辺りを見回してて、そして徐に正面に向きなおしたら、いつの間にかオレの真ん前に、NHKでよく見る相撲のハッケヨイの行司の爺さん(※6)が座っててビックリ!思わず「うおぉぉ!」と声をあげて仰け反ってしまった。
この爺さんがシソサマ?‥まぁー当たり前だがスシじゃなかった。
ご始祖様の向こうには青々とした山がみえる、何だかコントラストが眩しいな。ご始祖様はオレをみて、薄っすらと笑みを浮かべているようだった。
何だかウチの父さんに似ているけど、でも違うな、オレが知らない親戚って感じのお爺さんだ。
そしてここにもカオルはいた。ご始祖様を源吾お爺ちゃんと呼んでベッタリだ。ご始祖様もご始祖様で、カオルを孫娘のように可愛がってる。
‥うーん、なんだか無性にイラっとくる光景だな、この爺さんもデレデレしちゃってるしな!なんだか腹が立ったのでこれ以降は、ご始祖様はスシさまと呼ぶことにしよう!
そんなスシさまがオレに話しかけてきた
「お主がここに来るのは2度目、まだ小僧なのによく来るのぉ。」
オレ自身は小さかったんでよく覚えてないけど、スシさまが言うには、オレは2歳になる前に、一度ここに来たということだった。
そして「そんなにこっち側に帰って来たいか?ならば止めぬぞ」と、
さらにここは「魂が戻るところだ」ともいった。
え?ナニ?それってつまりアレか《ここは死後の世界》ってことか!?
体じゅうにドッ!と汗が噴き出した。
確かに死んだはずのバァちゃんは元気だし遺影のジイちゃんは喋るしで、薄々オレも変だとは思っていたが、こうして「死後の世界」認定されるとさすがに怯んでしまう。
そしてなにより焦った、焦って焦って、そして即効でオレはこう答えた
「いやそんなつもりはないです!」
そして続けた
「オレは死ぬの?嫌です無理ですオレは生きたい」
オレの言葉を聞き、スシさまは穏やかに語りだした。
今度はオレは黙って聞いた。黙って聞かないと何だか怒られそうな予感がしたからだ。
「ではなぁノリユキよ、お主にまず問おう。」
ここからスシさまの長い長い話が始まった。
お主は儂、儂はお主でもあり、そして先に見た者たちの全てでもある、ひとりは大勢、そして大勢はひとりだ。
今のお主にこれが解るか?
人は皆なぁ、生きるのに誰も彼もが大変なのだ。お主もこの先まだまだ生きていれば、それはそれは色々とある、辛いこともたんとあるぞ。もちろん喜びごともたくさんあるがな。
そしてなぁ、人ってのはなぁ、悲しく辛いことばかりをいつまでも覚えておって、つい足を引っ張られる。そのせいでなぁ、たくさんあった喜びごとをついつい忘れてしまう。生きるありがたさを忘れてしまうものだ。
ついでなので教えてやろうか、
お主のこの先の一生に、どんな辛く大変なことがあるのかをな。
お主は今は病弱だ、只あと1年も我慢が出来たなら、その体は強くなるがな。でもなぁ、大人になったらなったで色々とあるぞぉ。18になる頃などはなぁ、主は鉄の馬で派手に落馬してのぉ、それは大層な怪我をするぞ。右の足が捥げ落ちる寸前の大怪我じゃ。そして天をも恨む辛くて苦しい思いを長くすることになるじゃろうな。
そのお主の体にはなぁ、戒めと自重のためにも、死ぬまで消えない大きな痕を残すことにした。しかし悪いのは他でもないお主自身の器量のなさだ、己に慢心する若武者の、よくある浮ついた心よ、故に誰にも当たれない。
どうだ苦しそうだろう、痛そうだろう、
それでもまだ生きたいか
お主が大きくなり、やがて街を出て都で働くようになる。そこで出会い、そして信じた者達は、実は殆どが信ずるに値せぬ者ばかりだ。我欲と銭儲けのためにお主を体よく利用しているだけぞ。わずかな銭を鼻の先にぶら下げられて、耳障りのよい誉め言葉を散々聞かされ煽てられてなぁ、お人好しだからコロリと騙されて騙されて、気付くまで騙され利用される。
しかしな、気付いたところでなぁ、そのような偽りを語る者にいちいち声を上げてもなぁ、お主が煙たがられて追い出されるだけよ。お主の代わりなど、都には掃くほどいるのでのぉ。
何度も何度もそうして、お主は馬鹿を見るぞ。
そして終いには、人の世の無情を知ることになろうぞ。
どうだ馬鹿々々しいだろう、
それでもまだ生きたいか
そうそう、女人には重々気をつけろよ。お主は有体に申して助兵衛だ。故に度々女子の色香に心捉われる。そしていつも浅はかな想いだけで軽々しく連れ添おうとするのだ、
‥主はまるで種馬のようじゃな。
だがのぉ、女人たちも一人の女である前に一人の人間よぉ、性根の合わぬ女子とはお主が一番分かっておろうが。なぜ分かってて主から離れられぬのだろうのぉ、やはり性分なのだなぁ、主の優しいところも大いにあるが、なにより助兵衛なのだなぁ。
そんなお主などよりなぁ、女人の方が何枚も上手よ。
特になぁ機内の、大輪田泊の女子は用心じゃ。主から見たら、呆れるほどに我欲ばかりで険のある女子ぞ、主は心休まることがないぞ。最後には他所にちゃっかり男を作って出ていくぞ。
備前の国の女子にも気をつけろよぉ、腹の底に溜め込んで溜め込んで、終いにはなぁ、思うように巧く行かぬは全てが主のせいと押し付けるように言い放ち、呆気なく出ていくぞ。
これらは因縁で、その性根は我がほうに恨みごとを深く抱く者たちの末裔じゃ。‥うむ、少なくとも4度か5度は、女人に絡む大きな厄介ごとが主にはありそうじゃな。
されど我が子ながらよくやるわい。本当に主は助兵衛じゃな。
主はなぁアレじゃホレ、ちんちん虫じゃ、ちんちん虫。
うわぁーっはっはっはっはっはっ
どうだ情けなかろう無様だろう、
それでもまだ生きたいか
ただなぁ、これらは、お主の行いが変われれば
出会う者も運命や宿命すらも、全てが全てガラリと変わるのだぞ。
そう、良いほうへなぁ。
悪しき因縁でさえも、良いほうへと転化する。
そしてなぁ、人は皆、写し鏡みたいなもんじゃて、
互いが互いに影響をしあう。
己の行いは相手に染みこみ、
相手の行いもまた己に染みこんでくるもんじゃ
良い行いも、そして悪い行いもなぁ。
そうそう、先の女人たちとの縁もそうであるぞよ、
たとえそれがどんなに悪しき因縁であろうとなぁ
主にも大いに原因があるのじゃ。
そしてこの先いくらでもなぁ、
主自身の力で如何様にも変えようがあるのじゃよ。
はたしてこの先、お主は変われるのかのぉ。
相手も含め、より良き方へと
その大きな流れを変えることが出来るのかのぉ。
どうじゃ、本当に大変そうじゃろう、
生きることとは、嘘偽りなく大ごとなのじゃぞ。
それでもお主は生きたいか?
‥ここまで、スシ様の長い長い話が終わった。
なんだかゆっくりとした古い詩の朗読のような喋り方で、どことなくお経のようだったな。
そしてオレは考えた、腕を組んで我ながら久しぶりに熟慮した。
それにしても算数並みに頭が痛くなる話だぞ、難しい言葉もたくさんあって実は今ひとつ理解が出来ていないんだ。そもそもこれは日本語なのか?でも「ちんちん虫」の意味だけはよく分かったぞ!誰がスケベだ全く失礼なジジィだ!
でも死にたくないんでオレは真面目に考えた、考えに考えぬいて
‥しばらくしてオレは答えた
「スシ様、生きてるだけでぼろ儲けだよ!」
いっときスシさまは沈黙した、
そしていきなり
「うわーっはっはっはっはっ、あぁっはっはっはっはっはっ!」
あれ笑ってら?一瞬黙ったから怒られると思ってた、よかったー!
正直、真面目に考えた末の答えで、決して笑いをとろうとしたわけじゃなかったんだけど、まーなんだか結果オーライっぽいな。
そしていつまでも笑ってる。どうやらウケてるようだ。落語や笑点を見てても、つくづく年寄りの笑いにはピンとこないオレだが、まさかこんなに喜んでもらえるとは思わなかった。
なにより笑ってくれたら怖くないぞ。実はとんでもなく怖いお爺さんじゃないかと思っていたんだ。
「剽軽な子よな。よし、ならば主は行け、今来た道を真っすぐ戻るがよいぞ。父も母も弟もな、皆お主を待っているのだぞ。」
そう言いながらも、スシさまはまだ笑いが止まらないようで、時々思い出すようにゲラゲラと笑っていた。
フフフッ、どうやら笑いのツボにはまったようだなオレの勝ちだ(ニヤリ)。
でもこりゃ案外面白い爺さんかもしれないな!
「そうそうノリユキよ、儂はスシじゃないぞよ源吾と申す。ここでは皆よりいちばんに古いから始祖などと時折呼ばれてはいるがなぁ、単なる古だぬきよ、カオルと同じに源吾爺で構わぬぞい。」
いやダメだ、あなたはスシさまだ!(キリッ)
スシさま、つまり源吾爺さんにベッタリ貼り付いて甘えていたカオルは、その脇で、オレに未来のことを話し過ぎじゃないかと心配していたけど、源吾爺さんは、元の世に戻れば忘れてしまうから心配無用だといっていた。
それを聞いたカオルが
「あらそうなの?ならば私もぜひとも言いたいことがあるの!」と、オレに説教臭く語り始めた。
「将来あなたの子供で生まれ変わる予定なんだから本当にしっかりしてちょうだいよね!いろいろ迷惑なの!」だとさ。
いやいやカオルのような生意気な子供はオレは全くノーセンキューだ!近所のユーイチの家にでも行ってくれないか!
オレは、バァちゃんとジィちゃんに両脇を守られるようにして屋形を出た、外にはさっきのコスモス畑の一本道が延びていた。
途中までは見送ってくれてたけど、2人はあるところでハタと止まり、そして、ここから先は一人で行けと、ずっとずっと歩いていたら帰れると教えてくれた。
オレはバァちゃんとジィちゃんにお礼を言い、そこからは、この一本道に沿って、一人でテクテクと歩いていった。歩いて歩いて歩きまくりだ。ずいぶん歩いているわりには、不思議にも疲れることがなくって助かるんだけどね、でも今までの人生で一番よく歩いてるんじゃないだろうかな。
目を開くと、オレは布団に寝ていた。
見れば父さんと母さんが、オレの枕もとで雑魚寝をしてたようだった。オレのことを心配してくれてたんだなぁ。
クニオはクニオで、やつの大切な木刀に持たれかかるようにして、座ったままオレの足元で寝ていた。何だかんだコイツにも心配をかけたようだ。
しかしなクニオよ、どうしてそんなにオマエは木刀が好きなんだ?ユーイチの金属バットにクニオの木刀か、コイツら一体なんで常に武器を携行してるんだろうな、まぁオレにはどうでもいいことだけどな。でも物騒なヤツらだよな。
そして今は、どうやら明け方のようだった、東の窓からまだ低い太陽の光が射しこんできていた。
オレの目が覚めたことにどうやって気付いたのかは分からないが、父さん母さんも起きてきた。そして早速オレの熱を測ったら、嬉しいことに36度台に落ちていたんだ、ギリギリ平熱だな。まだ喉に痰が絡まってゼーゼーいうけど、気付くと咳がほとんど出ないや。
父さんと母さんはホッとした顔をしていた。
そうこうしているうち、クニオも目をこすって起きてきた。
オレは父さん母さん、そしてクニオに、さっきまで見たこと聞いたことを思い出せる限り話した。モモトセ山のヤマデスの話や、死んだバァちゃんやジィちゃんと会ったこと、カオルのこと、そして相撲の行司のような源吾爺さんから、オレの未来の話を聞いたこと、その話の内容などだ。案外しっかりと憶えていた。
なにより話さないとすぐ忘れちゃいそうだから、忘れないうちにどうしても父さんや母さん、クニオに話しておきたかったんだ。
体はとても怠いし、頭もまだまだモヤがかかったようにボヤっとしてるけど、それでも呂律が回らなかった口は、今はそれなりにきちんと喋れるように戻ってきていたので助かった!
カオルのことは、父さん母さん一緒になって驚いてたな。オレに姉さんがいたってことは、今までオレやクニオに一切話してこなかったことだそうだ。しかもその姉さんの名は「薫」だったんだって!これには父さんも母さんも本当に驚いてた。
カオルは本当にオレの姉ちゃんだったんだなぁ、だったらそもそもあんな紛らわしい格好しないでほしいよなぁ、保育園児のような姿で登場して、この小学5年生のオレの姉ちゃんだといきなり主張されても、普通は納得できないだろう。もっと年長さんとしての威厳というか、そういうことをまずは考えてほしいとオレは思うぞカオル姉ちゃん。
「やれやれ覚えておったわ、驚いたもんじゃなぁ」
その声で右側を振り向いたら、そこには源吾爺さんとカオル姉ちゃんが立っていた。
不意にクニオが「‥あ!」と声を出した。
オレの視線に気付いたクニオが、その視線の先を追ったようで、それで何の拍子にか、いきなりこの二人が見え出したようだ。
そこでクニオは源吾爺さんと目が合った
「おやおや?ほほぉ、主にも儂が見えるか?」
唖然と見つめるクニオに源吾爺さんはフフッと笑いかけて傍に寄り、そしてクニオの肩を、持ってた扇子でポンと叩いた
「兄弟たすけ合い、共に精進せよ」
そして二人は差し込んだ朝日の中にスゥっと消えていった。
1977年(昭和52年)の冬が近づく11月頃、
肺炎をひどく拗らせてあの世に行きかけた、
小学5年生のオレの記憶だ。
でもあらためて振り返ると、40度の高熱が一週間も続いたが故に見た
質の悪い単なる夢だったのかもしれない。
今となっては何とも判断しがたい思い出であるが、
どうしても何かの形で残しておきたかったのだ。
【大多喜無敵探検隊-since197X 今夜がヤマです(序/破/急)Link 】
今回お話が長くなってしまい、3部に分けました。
見づらくて大変申し訳ありません ↓
大多喜町MAP 昭和50年代(1970年代)