詩誌「三」69号掲載【私と走る】石山絵里
四年前と同じように、私はスタートラインに立って号砲の時を待っていた。周りを見渡すと、コスプレランナーあり、歌や演奏ありのお祭り騒ぎ。これから始まる戦いの苦しさとは裏腹に、会場中、頬を紅潮させた女性達に笑顔が満ち満ちていた。
そんな人混みの中で、四年前の私を見つけた。コロナも、この四年間にあった出来事も、何も知らない私が、不安そうな表情をしている。(完走できるよ。大丈夫だよ。)私は心の中で彼女に呟いた。
号砲が鳴ると、ランナーが名古屋の街に飛び出した。「あと42キロ!」プラカードを掲げた人が沿道で手を振っている。
二十キロを過ぎた白川公園付近で、それまで並走していた四年前の私に、あっさり抜かれてしまった。今の私には、彼女についていく足がもう残っていない。一人取り残された私。ここからが、本当に自分自身との勝負。周りには歩いたり立ち止まったりする者も増えてくる。弱音を吐く者もいる。四年前の私は随分先に行ってしまったのか、それとも姿を消したのか。もう一度彼女の姿を見てみたかったが、もう会うことはないのだろうと悟った。
残り十キロを切ったくらいで私の足はもう限界だったけれど、ゴールしたい一心で何とか足を動かした。四十二キロは気が遠くなるほど長い。それでも、距離数を知らせるプラカードの数字が一ずつ着実に増えていくことを励みに何とか走り続けた。
ゴール会場のナゴヤドームに入ると、待ち望んだ光景が目の前に広がる。ピンクにライトアップされた花道と、ゴールゲート。両手を高々と挙げて、フィニッシュ! 祝福と拍手の嵐。ゲートの向こうはランナーでごった返している。その人混みの中に、私と同じ顔をした女がいた。じっとこちらを見ている。(彼女は誰?)スタート前に出会った四年前の私ではない。人混みをかき分け、足を引きずるようにして彼女に近づくと、
「これからの一年も、いろんなことがあるよ。」
ほほ笑んで私に言った。私も何か言おうとしたけれど、彼女の姿は瞬く間に消えてしまった。
2023年3月 三69号 石山絵里 作
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