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ヒッピーが目指したもの ―愛と平和―

前回はヒッピー登場史を先駆けとなるビート・ジェネレーションをさかのぼって書いた。苦悩の末に集まったヒッピーたち。今回は彼らの理念について書いていく。

ほんとうの豊かさとは何か。
ヒッピーたちは、
いったい何を目指していたのか。

それを理解するために、私は彼らがスローガンとして掲げる「愛と平和」に注目した。

もちろん「愛」も「平和」も万人に共通する定義を決めることはできない。でもヒッピーは声をそろえて「愛と平和」を叫んだ以上、彼らの中に共通するイメージがあったはずだと考える。

そんな彼らの気付きを追って体験してみよう。

まずはそれぞれを反戦の文脈から考える。たとえば今でも使われる人差し指と中指を立てた「ピースサイン」は反戦から始まったものだ。最初は第2次世界大戦時、当時のイギリス首相ウィンストン・チャーチルがこのポーズを“Victory”の“V”を意味して使った。つまり当初の意味は戦争での勝利だ。

しかしそれを反戦運動の担い手たちは、自分たちの勝利つまり平和を表すサインとして使い、ピースサインと呼んで自分たちのものにしてしまった。なんだかやんちゃである。

また、反戦運動のスローガンには“Make Love Not War”という言葉もあり、愛を戦争の対義語として使っている例もみられる。ここでいう「愛」はイディオムから性愛の意味を持つため直訳すると「戦争ではなく性交を」となりうる(韻を踏めたのはたまたま)。しかしより皮肉を持たせれば「殺しあうより愛を育め」と意訳もできる。

このように当時の若者はボディーサインやスローガンをつくって、ベトナム戦争に邁進する社会に「そんなのいやだ!」と訴えた。そしてのちに「平和」と「愛」はセットとなって、“Love and Peace”もしくは“Peace and Love”という掛け声が生まれた。

では、このスローガンをより深く調べていこう。“The Hippie Dictionary”でpeace and loveを引いてみると、いわく、

ヒッピー時代のもっとも重要な願望であり感情。平和と愛は利他的な願望であり、利己的な望みではない。(中略)私たちの中で平和と愛を本当に信じる者が、この人生または来世で最後に勝つ。なぜなら私たちが正しい、私たちが利己的でなく正しいからである

平和と愛がヒッピーたちにとって何よりも大切であることが述べられ、またこの二つを信じることが利己的でなく正しい(unselfishly right)と信じていることがうかがえる。

では、この「利己的でない」とはどういった状態だろうか。これを理解するための手がかりとなるのは、ラム・ダス(1971、邦訳は1987)の『ビー・ヒア・ナウ 心の扉をひらく本』である。ラム・ダスはヒッピーたちがよく使ったドラッグ、LSDの研究者であり、インドに渡って悟りを得たのちその経験を多くの人に伝えた人物である。当時、欧米の既存社会をドロップアウトした者たちは東洋へ学びに行くことが多く、彼もその一人だったのだ。本書は読者にその悟りの体験を共有する本であるため、読み解きながらラム・ダスとともに「愛」に気づく体験をしてみよう。

インドに旅立ったラム・ダスは、ニーム・カロリ・ババ、通称マハラジに出会う。彼はグルと呼ばれる精神的指導者であり、ラム・ダスも彼から教えを受けて沈黙や食事療法などを行っていた。しかしあるときラム・ダスは出先で訪れた菜食レストランで食事療法に反するビスケットを食べてしまい、それを見抜いたマハラジに「あのビスケットはうまかったかね?」と問われる。このようなことが何度かあった。

ラム・ダスはすべてを見抜くグルに恐れを抱きながらも、怒らずに自分を見つめる彼を「全面的な愛」であると感じた。そして、なぜそのように慈愛に満ちたことができるのかと自問し、こう答えを導いた。

わたしにわかったことは
彼が愛しているのは わたしの人格の奥
わたしの体の奥にあるそれだということでした
『本当にラム・ダスが好きだ』ではないのですそれは対人的愛ではなく 所有の愛ではなく
必要に駆られた愛ではなく
彼が愛である
という事実そのものだったのです

自分とグルの関係性や自分の行動に対して愛があるのではなく、また欲や必要のために愛があるのでもなく、グル自身こそが愛であると言う、これがまさに「利己的でなく正しい」といわれる「愛」であると解釈できる。ラム・ダスが悟りを得ようと得なかろうとマハラジの人生にそれほどの影響はない。しかし彼自身が「愛」である限り、ラム・ダスにも「全面的な愛」が注がれる。これがラム・ダスの記すところの「愛」という概念であり、ヒッピーの多くが共感した「愛」の捉え方である。

さらにもう一つ、「一体化」というキーワードも抑えておきたい。『ビー・ヒア・ナウ』ではヨーガの一種である「バクティ・ヨーガ」の項でも「愛」についての補足がされており、曰く、愛は自己より湧き出でて他者に伝達し、他者の愛も目覚めさせて両者を「一体化」させるという。つまりマハラジとしての「愛」がラム・ダスに伝達したとき、ラム・ダスとしての「愛」も呼び起こされて両者は「一体化」をするのである。

そして、この現象はヒッピーのいう「平和」の理念においても重要だ。対峙する相手を攻撃せず「平和」をつくる方法として、彼らの一部が注目した日本の文化に合氣道がある。合氣道では「相手とひとつになり、相手のエネルギーを使って、相手の攻撃を無効化する訓練を行う」として、武道の中でも特に優れたものだと考えられた。

合氣道は決して先制攻撃をせず、相手に痛みを与えようともしない。対面する相手が攻撃を仕掛けてきたら相手の体と同じ向きに自分の体を翻し、相手の力の向きに添って自分の動きを添える。またこの動きは「氣」から生まれるものであり、自分が本来持っている「氣」を発揮することこそ合氣道だと考える。この攻撃の無効化は、ヒッピー出現に影響を与えたマーティン=ルーサー=キング牧師やその思想形成に影響したガンディーなどが唱える、「非暴力・不服従」の理念を実現する一つでもあった。

では、ここからより「平和」に焦点を当てていこう。繰り返すが、ヒッピーが批判したのは経済成長を重要視して資本主義のために戦争に介入するアメリカ社会であった。ゆえに、貨幣や物ではないオルタナティブな豊かさの正体を求めた

そして結論から述べると、彼らは豊かさを獲得する対象ではなく、すでに持っているものだと考えたのだ。

これを理解するためには今一度ラム・ダスの『ビー・ヒア・ナウ 心の扉をひらく本』を参照しよう。彼が自身の気づきを共有する本書の第Ⅱ部は英語で書かれた教えが一つずつイラスト付きのポスターとなって108枚載せられている。

最初は、「ハートの洞窟(THE HEART CAVE)」と題されたポスターだ。曰く、私たちの心の中にはフリダヤム(HRIDAYAM)と呼ばれるエネルギーをすべて内在させた場があり、「人生と呼ばれるそのドラマ」も「自然の荘厳なるドラマ」もすべて自分自身が慈悲や畏敬をもってそこから俯瞰的に見守る

それから人は「内側のどこかでは/だれもが はかない刹那の満足ではなく/完全に満足のいく/充足の境地/そんな場所があるのを知っている」として自我(EGO)を超越する旅に向かう。

この「充足(FULFILLMENT)」を求める旅のキーワードは“BE HERE NOW”、「いまとここ」だ。37枚目のポスターがこれを分かりやすく示している。

アイスクリームコーンを食べおわったときに
口に残る味は誰もが知っている
そこで一杯の水が欲しくなる そうでしょう?
そこで水を飲む
今度は腹がふくれた感覚が残る
そこでその感覚を取り除くために
つぎのものが欲しくなる
……散歩に出かける ところが外は寒い 
今度はホットチョコレート
こういったことがつぎからつぎへと続いていき
それが人生と呼ばれる
つまり渇望の対極は「よし、これでいいんだ」
「いまとここにつきる」と言ってしまうこと
わたしはいまこの瞬間に
あるがままのいまとここを完全に受け入れる!!


これが「いまとここ」の意味である。「充足」を求める旅というのは遠いところに向かうことではなく、むしろ次々と新しいものを追い求めてと遠くへ行ってしまった自分が「いまとここ」に帰ることなのである。

1960年代アメリカの経済的成長志向とはまったく違った考えであり、ゆえにそのような社会で打ちひしがれた人々から強い賛同を集めた。

また、終始、提案でも命令でもなく現在や現在進行の語尾で書かれるそれらは、決して何かを教え込むのではなく読者の中にすでにある生来の心に気づかせる言葉だといえる。この体験こそがヒッピーたちの悟りのはじまりである。

気づいた人々は戦う必要がなく、ゆえに「平和」が訪れる。それはベトナム戦争を終わらせるのみならず、そののちも続く「平和」の構築である。

「愛」も「平和」も一意に定められるものではない。しかしヒッピーの捉え方として共通しているのは、「愛と平和」が既に私たちのもとにあるということである。それは生来私たちに備わっている「自然な在り方」である。

しかしながら既存の社会は貨幣と物を優先させるために、「愛と平和」を心の片隅に追いやってしまった。そのことに気付き、優先順位を「自然な在り方」に戻すこと、これがヒッピームーブメントの理念である。

そしてそのような社会を既存社会の変形ではなくオルタナティブな選択肢として作ろうとした人々がヒッピーであり、彼らの奮闘が多くの人を巻き込んで蓄積されたことでヒッピームーブメントとなったのである。

つづく

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24年2月追記
間借りカフェを始めました。
ヒッピーの話もできたら嬉しいです。何卒。

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