映画『君に幸あれよ』をみる。
梅田・十三が誇るミニシアター、シアターセブンへこの度初見参。監督の櫻井圭祐は色覚異常、つまりほぼ「赤を感じる視細胞のない」写真家・俳優・映像作家でもあります。小橋川建、髙橋雄祐といった馴染みあるキャストと共に編み上げた自身初のオリジナル脚本作品。2月の渋谷ユーロスペース上映以来、話題に事欠かなかった逸品とようやくご対面。期待値マックス。
小橋川建演じる債権回収屋の真司はある日、新人・理人(髙橋雄祐)の育成係を命じられた。寂れた商店街にあるラーメン屋の味をこよなく愛し、覚束ない手取りでタバコを吸う。いつしかそんな姿が真司の亡き弟分と重なって…およそ社会とは隔たったカタギでない世界を舞台としつつ、吐き捨てられる台詞一つ一つにも絶えず人の血が通い続ける78分間の物語。
「薬と暴力は嫌い」冒頭、痩せ細った息子の肩越しに映ったのは薬物に体を蝕まれた父親、そして資材置き場に包まれ捨てられた弟分の亡骸だった。退廃的な世界に足を踏み入れながら、痛々しい裏稼業の現実を目の当たりにすると不意に幼い頃の記憶がフラッシュバックしパニック発作に苛まれる理人。しかし真司もまた、裏組織を通じて薬物に手を染めた一人なのでした。
理人の持つ不思議な包容力と、禁断症状との狭間で揺れる真司。二者の仲を取り持つのはバーのママ・中島ひろ子、『ケイコ〜』でも圧倒的存在感を放った名優がここでもキラリと光る。ラーメン屋店主、諏訪太朗も素晴らしい。真司の優しさも脆さも知り得る二人だからこそ感じ取れた、人間の心の機微。果たして彼は本当に、カタギでない世界を生きてきたのだろうか。
「あの子の言葉で変われたんじゃなかったの」の一言はきっとタイトル『君に幸あれよ』の「君」とは誰だったかという究極的な問い掛けへと流れ着く。変われたのは真司であり、理人であり、また彼らを取り巻く人であり。あるいは観衆自身へ向けられた言葉だったかもしれない。まさか真司の弟分すら同士討ちによって失われた命だったのでは、という深読みまで含めて。
予告編を締め括るのは無音状態で流れる本編のラストシーン。日陰の世界っていまだにガラケーなのですかね、「バカヤロー」の一言は確かに聞き取れるものの…大事な前半部分は是非スクリーンで体感して下さい。二度閉ざされかけた真司の世界が最後、あんな風に力強く照らし出されるとは。横で観ていたご婦人は号泣のあまり、上演後暫く立ち上がれなくなっていました。
C-4席、スクリーン3列目ど真ん中を引き当て観た作品はあまりの余韻に満ちていて。帰り道は見えざる手に導かれるままラーメン屋へと吸い込まれ、食後の一服は勿論ハイライトメンソール。エンドロールが終わるまで絶対席を立たないで下さいね、主宰の切なる願いです。実に荒削りで、だからこそ美しい。上映料を払わせてくれ、との声が試写会で相次いだのも大いに納得。