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「弱き者、汝の名は女!」ってどういう意味? ※音声サンプル付き!(透明なシェイクスピア(3))

意味不明。

このタイトル、シェイクスピア名言集にかならず載っている一句ですよね。
だけど正直、何言ってるかわかんなくないですか?

てか、ハムレット、超~感じ悪くないですか。
あ、これ、ハムレットの台詞です。しかも登場して直後。(一幕二場)
ちなみに、「汝」って言われている人は、彼のお母さん。

ひとりごとだけどね。さすがに面と向かって言ってないけどね。
それでも、

超~~~感じ悪くないですか???

わたし正直、初めてここ読んだとき、ハムレット嫌いになりかけましたもん。
いまこれを読んでくれているあなたは、どうですか。こんなことお母さんに言う男、好きになれますか?

それ、まずいでしょ。
ほぼほぼ登場シーンですよ。
観客や読者に好きになってもらわなきゃ、大失敗じゃないですか?
そんな失敗、シェイクスピア先生がするわけがないでしょう。

『ハムレット』の翻訳はごまんとあるけど、とりあえず新しいのを過去3本、参考に挙げてみると、

心弱きもの、おまえの名は女!

(白水社Uブックス)

もろきもの、お前の名は女――

(ちくま文庫)

弱き者、汝の名は女――

(角川文庫)

どれも平等に、感じ悪い。
ハムレットが感じ悪いというより、「ああこの名台詞言ってる俺」と自分にうっとり酔いながら言っている男優の表情しか目に浮かばない。
ハムレットがどんな気持ちで言っているかは、伝わってこない。

こんな感じ?

何がいけないのか。
原文を見てみましょう。

Frailty, thy name is woman.   (Hamlet, Act 1 Scene 2)

まずfrailtyだけど、「フレイル」っていま日本語に入ってきている。「虚弱」のことですね。(「フレイル」が形容詞で「フレイルティ」が抽象名詞。)
いまの日本の使い方だと「加齢によって心身が弱った状態」に限定されてるけど、もともと、周りの影響を受けやすい弱さのこと。そこが、同じ「弱い」でもweakにくらべてピンポイント的。

だから「弱い」というより、「もろい」なんです。
ここはちくま訳に一票入れます。

「汝」じゃない。「おまえ」でもない。

さて、"thy"という、現代英語にない語が出てきます。これ、二人称単数です。
他のヨーロッパ語だと、いまも二人称が二種類あったりしますよね。
フランス語なら"vous"と"tu"、ドイツ語なら"Sie"と"du"。
「敬称」と「親称」、なんて説明されたりしますが、これが英語にも昔はあったんです。
you-your-you が敬称。thou-thy-thee が親称、という区別。

これを、単純に、「あなた」「おまえ」と訳し分けることが、
この箇所だけでなく、シェイクスピア全編の全体をわやくちゃにしている、
ことが多いんですね。

ここ、ぜひ、ぜひ、チェックしてください。試験に出ませんけど。

youが敬語でthouがため口、じゃないんですよ。
例えば、当時は、神に呼びかけるのはthouなんです。
主の祈りの冒頭も、
"Our Father which art in heaven, Hallowed be thy name."
(天にましますわれらの父よ、願わくはみ名の尊まれんことを)
※ここのartは「芸術」ではなく、thouに対応するbe動詞の変化形です。
I am, you are, thou art というね。

ちなみにジュリエットは、お母さんにはyou、信頼するロレンス神父にはthouで呼びかけます。
(良家の子女だから、お母さんに育ててもらっていないんですね。育てたのは乳母。だから乳母にもthou。)

もうおわかりでしょうか。
thouを使うときは、心の距離がすごく近いときなんです。
相手との上下関係とはかぎらない。

ハムレット、母上のこと、大好きなんですよ。

愛しているからこそ、亡くなった父上の思い出をわかちあえる唯一の家族である彼女が、あまりに早く別の人と結婚してしまったことを悲しんでいる。
そんな息子が母親のこと、「汝」とか「おまえ」とか言いますか?
(だいたい、日本語で母親に面と向かって「あなた」とも言わないけどね。親に対してすごく失礼。「あなた」はじつは敬語じゃない。これひとりごとなんでぎりぎりOKかもしれないけど。)

お母さんも女だったんだなあ――という、やりきれなさと、哀しさと。
でも、自分ももう大人だから、大人としての理解がそこにある。

ハムレットすごく優しいんですよ。
その優しさが出ているのが、frailty(誘惑に弱い)という語の選び方。
堕落とか淫乱とか、積極的な悪としてののしっているんじゃなくて、あかんなあ、うちのおかん、そら寂しかったんやろけどみたいな。

この台詞は、そっと言ってもらいたい。こんなふうに。

もろい人、あなたも女だったのか。


とにかくね、名台詞っぽい感じに酔う、というの、もうやめませんか。舞台上でそれ最優先事項じゃないから。
ここでの俳優と演出家のミッションは、観客にハムレットを好きになってもらうことなんですよ。「それわかる!」って。

この独白全体の拙訳を、以下に挙げておきます。
ここもすごく泣ける。と私は思います。とくに、生前の父上と母上の仲むつまじい姿を思い出すくだり。
それと「この世の中クソかよ!」というくだり。(そうは言わないけど。)
どうでしょうか?

ああ、この硬い硬い体が溶け、
くずれ、露となって消えてくれれば!
せめて天に、自害を禁ずる
おきてがなければ。ああ、神よ、神よ!
うんざりする、息がつまる、つまらない、くだらない、
この世のありかたの何もかもが。
いやだ! いやだいやだ、雑草のはびこる庭だ、
荒れはてて、きたならしく下卑たものだけが
のさばっている。まさかこうなろうとは!
亡くなってまだふた月、いや、ふた月にもならない、
偉大な国王だった、いまの王とくらべたら
太陽とけだものだ。あれほど母上を大切にされ、
すがすがしい風でさえ頬にきつく当たらぬよう
気をくばっておられた。ああ、思い出すのもつらい。
母上も父上のそばを離れなかったではないか、
愛されれば愛されるほど、なお愛をもとめずには
いられないとでもいうように。それが、ひと月で、
考えたくもない――もろい人、あなたも女だったのか。
たったひと月で、父上のなきがらによりそって歩いた
とむらいの靴も古びぬうちに、
とめどなく流した涙も乾かぬうちに、まさか、まさか、
あの母上が! 道理をわきまえぬけものでも、
あれよりは長く悲しむだろう。しかも、嫁いだのは叔父、
父上の弟、それも似ても似つかぬ不出来ふできの男、
ヘラクレスとおれほどもちがう。たったひと月で、
泣きはらした目から空涙そらなみだの跡も消えぬうちに、
嫁いだ。どう見ても早すぎるだろう、
これほどいそいそと兄から弟へ乗りかえるとは。
めでたしめでたしとはいかないぞ、いくわけがない。
だが黙っていよう、たとえこの胸がはりさけても。


こちらにもう少し多めに載せてあります


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実村 文 (theatre unit sala)
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