『ハムレット』第三幕第三場
国王 わが罪のおぞましきこと、天にも臭うわ。
アベルを殺したカインと同じ大罪ではないか、
兄弟を手にかけた。祈れない――
祈りたい、祈ろうと、どれほど願っても、
その思いより罪のほうが深すぎる。
板ばさみとはこのことだ、
はじめの一歩さえ踏み出せず、
立ちすくむのみだ。このけがれた手に
べっとりと兄の血がついていたらどうなのだ、
雪ほど白く洗いきよめてくれる恵みの雨は
天にないのか? 罪というものに
立ち向かってくれないなら、神の慈悲は何のためにある、
われらの堕落を防ぎ、堕ちたときは許す、
そういう二つの役をはたしてくれないなら、
祈りに何の意味がある? だから天を仰ごう。
過ぎたあやまちだ。だがしかし、何といって祈る、
この場合? 「卑劣にも人を殺しました、お許しください」?
無理だろう、殺しておいて手に入れたものを
手ばなしていないではないか。
王冠すなわちわが野心も、わが妃も。[…]
だめだ! ああ、どす黒いこの魂!
がんじがらめだ、のがれようともがくほど
からめ取られる。助けてはくれぬか、天使たちよ。
曲がれ、この膝、金縛りのこの心、
赤子の手足のごとく柔らかくなってくれ。
万事おさまるかもしれぬ。(ひざまずく)
ハムレット いまならやれる、やつはひざまずいている、
やるか。――待て、いまやればやつは天国行きだ、
復讐がすんだことになるのか、それで?
父を殺した悪党が、その報いで、
一人息子のおれの手にかかって、
天国へ?
ばかな、そんな手助けをしてやってどうする。
父上は最期の懺悔のいとまもなく、
生前の罪をことごとく背負ったままで亡くなられた、
それでどのような天の裁きを受けられたか、
現世のわれらには推しはかるしかないが、
厳しかったはずだ。そこへ、このおれが、
復讐だといってやつを殺す、祈りの最中にだ、
やつの清められた魂は天国へと昇る――
あり得ない。
剣よ、もっとむごい時を待つがいい。
やつが泥酔する、怒りにかられて暴れる、
不義のベッドでお楽しみ、
賭けに夢中、そういった
救いのない行為にふけっているときにこそ、
ねらえ、足をすくえ、やつのかかとが天を蹴れば、
どす黒く堕落しきった魂はそのまま
地獄落ちだ。――母上を待たせていたな。
いま見逃すのはきさまの苦しみを長引かせるためだ。(退場)
国王 言葉を尽くしてみても、心はもとのままだ。
心のともなわない言葉、天には届くまい。(退場)
(訳:実村文)