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走馬灯が回らなかった件 part 1(眠りながら考えた(11))

 新年早々ではあるが、入院した話を書こうと思う。

 昨年の暮れ、初めて救急車というものに乗った。
 もっとも乗っていた間の記憶がほとんどないので、初体験にカウントしてよいものか疑問は残る。
 それでいて本人は乗る直前まで
「救急車なんて大げさな。タクシーでいいですよ?」
などとはずかしがってごにょごにょ言っていた。自分のことは自分がいちばん良くわかるなどというのは幻想だ。少なくともあのときの私はわかっていなかった。
 周りが私の状態を見て、一も二もなく救急車に乗せてしまったのだ。
 そして、それでよかった。

 危ないところだったらしい。

 数回に分けて、入院体験記を書こうと思う。
 この連作エッセイ全体のタイトルが『眠りながら考えた』だから、いまから書く数回はさしづめ
『死にかけながら考えた』
とでも名づけるべきなんだが、語呂が悪いからやめておく。
 ともあれ、いろいろな発見があった。それを書いておくと、きっとどこかで誰かの役に立つ気がする。例えば、私と同じ症状を示している人がいたら、すぐ救急車を呼んだほうがいい。
 その一点だけでも読む価値がありますよ。(にっこり)

 順を追って書こう。
 事件は2022年12月14日、火曜日に起きた。
 朝から体調が悪かった。数日前から良くなく、土日も寝てばかりいた。まあ、この二年ほど、こういうことはめずらしくない。
 ぜんそく持ち、という言いかたにならうなら、私は過呼吸もちだ。息がうまくできなくなる。原因はストレス一択。
 自分でも思う。この過呼吸というやつ、華奢な美少女なら絵になるのだが、私みたいないいかげん賞味期限の切れた女がハアハア言ってても可愛くもなんともない。むだに同情を引こうとしているようで情けなくなる。

 しかし。
 苦しい。
 本当に苦しい。嘘じゃない。演技じゃない。部屋には私しかいないんだから演技してもしょうがない。

 そのうち、胸が痛くなってきた。心臓が。
 これもよくあることなので、しばらくがまんしていたのだが、頭痛までしてきて、さすがに
(なんか変かも)
と思いはじめた。

 きょう近所を通るはずの相方Mに、寄ってみてくれないかと電話した。立ち寄ってくれたMは私の様子を見てぎょっとしたらしい。だが、当の本人(私)にまるで緊張感がない。あえぎながら言っている。
「ねぇねぇ、心筋梗塞って、象に踏まれるくらい痛いって言うじゃない?
 だけど象に踏まれたことないからわかんないんだよねー」

 まぬけな病人もいたものだ。
 Mもさぞ判断に困ったことだろう。

 はっきり書いておきます。
 象に踏まれるほど痛くはないです。踏まれたことないからわかんないけど(まだ言いますか)。
 そこまでの激痛でなくても「なんか異様」な痛みで、それが背中に回ってきていたら、
 じゅうぶんレッドカードです。

 Mが救急に電話してくれた。「はい、背中です」と答えている。
「痛みに波があるか? はい、強まったり弱まったりしているようです。間隔? はい、短くなってきています」
「冷や汗? はい、全身びっしょり」
 それはすぐ救急車だと先方に言われたらしい。

 ほどなくして、救急隊の人たちが駆けつけてきてくれた。部屋がごちゃごちゃでものすごくはずかしく、「片付けておけばよかった」と言うと「それどころじゃありません」と叱られる。
「ミムラさん、もう少ししたら救急車来ますから、がんばりましょうねミムラさん」
 大声でくりかえし言われる。うなずきながら、そんなに叫ばなくても聞こえているのに、と可笑しくなる。
 救急車を待つあいだ、氏名や生年月日を訊かれる。保険証と「お薬手帳」のありかを訊かれる。
 保険証は財布に入っているのだが、お薬手帳の場所を口で説明するのが面倒くさい。

 立ち上がろうとしたら、
「だめだめだめだめ」
 ものすごい勢いで三人がかりくらいで制され、驚く。

 やがて「救急車到着しました!」と声。
 思いのほか早くて嬉しくなる。
 ベッドから担架に乗せて運んでくれるという。そんな。この狭小住宅のせまい階段で、しかも本やら段ボールやら積んであって動線が確保できるのか。
「歩いて降りますよ?」
と言って、また叱られた。この期におよんでまだ私には緊張感がなかったのだ。むしろたくさんの人が助けに来てくれて嬉しく、安心してしまっていた。

「起き上がれますかミムラさん。ゆっくり、ゆっくりね」
と言われ、ゆっくりベッドの上に身を起こした。座るかたちの担架にうつれるかと訊かれ、はいと答えた。
 覚えているのはそこまでだ。

 気がついたら、すでにぶら下げられて階段の途中にいる。
 驚いた。
 貧血で目の前が暗くなる、つまり意識がフェードアウトしたことはあるが、
 ブラックアウトは初めてだ。

「あ、お薬手帳──」と言いかけて、またブラックアウト。
 次に目に映ったのは、空だった。
 冷たい空気。
 すでに外に出ていた。ストレッチャーに横たえられている。視界のすみにわが家の玄関が逆さに映っている。めずらしいアングルなので感心する。

 どこまでも緊張感のない病人だが、それは意識にかぎった話だ。
 この間ずっと、胸痛と頭痛で息もできない。体を海老のように折り曲げていた。

(つづく)


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実村 文 (theatre unit sala)
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