『ハムレット』第四幕第五場
(奥で騒ぐ声。)
王妃 なんの騒ぎ?
国王 護衛の者らはどこだ、戸口を固めろと言え。
(使者登場。)何ごとだ?
使者 陛下、お逃げください。
荒れくるう海原がその縁を越えて
平野に食らいつくよりも激しい勢いで、
レアティーズの青二才が、暴徒を率いて
ご家来衆をなぎ倒しております。馬鹿どもは
きゃつを主とあがめ、いざ一新のときよ、
しきたりもならわしもあるものかと
人の世の礎を打ち棄てて、
「選ぼう、レアティーズを王に」と叫んでおります、
天にも届けと手を打ち、かぶりものを投げ、
「レアティーズを王に、レアティーズを王に!」と。(退場。)
王妃 あきれた、まちがった道を喜んで走るなんて、
恩知らずの犬どもが思いあがって!
国王 戸が破られた。
(レアティーズと彼を支持する者たち登場。)
レアティーズ 王はどこだ? 諸君は外で待っていてくれたまえ。
支持者たち いや、入る!
レアティーズ ここは聞いてくれ、どうか。
支持者たち 了解、了解。
レアティーズ 恩に着るぞ。戸口の守りを頼む。(支持者たち退場。)―― この極悪非道の王め、
父を返せ!
王妃 レアティーズ、どうかこらえて。
レアティーズ こらえる血が一滴でもあったなら
おれは父の子ではない、母の操もあらばこそ、
どこぞの馬の骨の子を産んだとして一族の
面汚しとなろう。
国王 どうしたわけだ、レアティーズ、
そのように大仰に騒ぎたてるとは。
かまうな、ガートルード。わたしは大事ないぞ。
王ともなれば身のまわりには天の加護がめぐらされてある、
謀反人らはその垣根の外からこちらをのぞき見るばかり、
手出しはできぬ。レアティーズ、言うがよい、
何を怒っておるのだ。かまうな、ガートルード。
(レアティーズに)言いなさい。
レアティーズ 父はどこだ?
国王 死んだ。
王妃 でも陛下のせいでは。
国王 言わせてやれ。
レアティーズ なぜ死んだ? 正直に答えろ。
忠義も献身も地獄の悪魔にくれてやる、
良心も天祐も奈落に堕ちろ!
堕地獄も恐れぬ。覚悟の上だ、
現世も来世もあるものか、
どうとでもなれ。おれはひたすら、
父上の仇を討つのみ。
国王 誰が止めろと?
レアティーズ 止めるときは自分で決める。
非力の身であろうと非力なりに
力を尽くすまでだ。
国王 なあ、レアティーズ、
父親の死についてたしかなところを知りたいと申すが、
それがそなたのやりかたか、敵も味方も
ごっそりさらっていくというのか、
区別もつけずに?
レアティーズ 倒すのは敵だけです。
国王 その敵が誰か、知りたくはないか?
レアティーズ 父の味方とあらば、この両腕を広げ、
胸を裂いてその血でひなを養うというペリカンよろしく
わが血でその者を養いましょう。
国王 おお、よく言った、
それでこそ息子の鑑、まことの紳士。
わたしがそなたの父の死にかかわってはおらず、
心から嘆き悲しむ者であること、
そなたの目には、それ、天道のごとく
明らかに見ゆるはず――
(奥で人の声。)入れてやれ。
レアティーズ なんの騒ぎだ?
(オフィーリア登場。)
おれの脳は焼き切れてしまえ――おれの目は
辛すぎる涙に焦げついて見えなくなってしまえ。
ああ、神かけて、おまえを狂わせた男への復讐は果たしてやる、
天罰を受けてもかまわぬ。五月の薔薇、
優しい、かわいい、いとしい妹、オフィーリア![…]
オフィーリア (歌う)おさめた ひつぎに ふたが ない、
ヘイ ノン ノニ ノニ、ヘイ ノニ、
おはかに なみだの 雨が ふる。
さようなら いとしいひと。
レアティーズ 正気のおまえに復讐しろと言われても
ここまで響きはしなかった。
オフィーリア ア・ダウン、ア・ダウンって歌ってね、そしたらア・ダウン・アなの。それで、ぴったり。主人どのの娘さんを、悪い召使い頭がかどわかしました。
レアティーズ 意味のないところに意味が。
オフィーリア はい、ローズマリー、思い出の草。お願い、忘れないでね。はい、パンジーは、もの思いの花。
レアティーズ 狂気の中に真実が。もの思いに思い出とは。
オフィーリア はい、ウイキョウ、オダマキ。はい、ヘンルーダ、これは、わたしにも。日曜日のみめぐみの草とも言います。でも、あなたのヘンルーダはちがう意味なのです。はい、ヒナギク。スミレもあげたかったけど、みんなしおれてしまったの、お父さまが亡くなって。りっぱなご最期だったそうです。(歌う)すてきな ロビンが 好きなのよ。
レアティーズ 思いと悩み、苦しみ、地獄さえ、
かわいらしいものに変えてしまうのか。
オフィーリア (歌う)あのひと もう 来ないの?
あのひと もう 来ないの?
そう、そう、死んだの。
あなたも 死ぬの。
あのひと もう 来ないの。
おひげは 白くて 雪のよう、
お髪も 白くて 麻のよう。
もう、もう、いないの。
だから 泣かないの。
神さま どうぞ みめぐみを。
皆さまにもどうぞ、神さまのお守りがありますように。ごきげんよう。(退場)
レアティーズ 見ましたか、いまのを? 神よ!
国王 レアティーズ、そなたの嘆きはよくわかる、
でなければわたしは人でなしだ。さあ、行って、
これぞと思う味方を選んでくるがよい、
その者に、そなたとわたしのあいだに立ってもらおう。
直接にせよ間接にせよ、このわたしが手をくだしたと
判明したあかつきには、わが王国をさし出そう、
王冠も、いのちも、持てるものはすべてだ、
せめてものつぐないに。しかし、そうでなければ、
どうか、いましばし、こらえてはくれまいか、
そなたの恨みがじゅうぶんに晴らされるよう、
わたしも力を尽くそう。
レアティーズ 望むところです。
父の死のありさま、密葬に伏されたこと、
記念の品も剣も紋章も、遺骸には飾られず、
まっとうな格式もおおやけの儀式もなかったという、
そのすべてが、あたかも天地にこだまして、
真相を究明せよとわたしに迫るのです。
国王 そうするがいい。
そして、その責めを負うべき者の頭上に、正義の鉄槌の下らんことを。
さ、行こう。(一同退場。)
(訳:実村文)