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詩『木と花物語』

遠い昔のお話です

山のふもとに立つ大きな木
その根元に落ちた花の種が芽を出しました
芽は茎を伸ばし、葉を増やしていきます

ある夜、嵐が起きました
風がビュービューと唸りを上げて吹きつけます
花の根が地面から飛び出しそうになり
葉も茎もちぎれてしまいそうです

バサッ、太い枝が落ちてきました
バサッ、続けてもう一本
葉の茂った太い枝は風を遮り
嵐が去るまで花を守りました

やがて花はつぼみをつけ
白い花を咲かせました
木漏れ日に染まった花は
とても美しく輝きました

木陰で一休みした旅人が花に目を留め
持って帰るつもりで手折たおろうとした時
突然大風が襲ったように木が揺れ動き
雷のような音を立てて追い払ったとか
別の旅人が通りかかり
風もないのに木全体がさわさわと鳴り
花が左右に揺れ、また小刻みに震えたり
話したり笑ったりしているように見えたとか
不思議な話が伝わっています


ある日村から役人がやって来て
鋸を持った人夫も大勢集まって


木を挽きました

ギコ、ギコ、ギーコ、ギーコ
山のふもとには鋸の音だけが響きました
花は目を背けることなく見つめます
花びらについた露が一粒、落ちました

ミシッ、ミシッ……
ギ、ギ、ギ、ギ……
ざざざざざざ、バリバリッ……
ドドーン!

木は倒れました
地響きとともに起こった土煙を浴びて
白い花びらが散るや舞い上がり
横たわる木に、静かに積もってゆきました


ふもとには切り株だけが残り
花はほどなく枯れたということです


この物語には後日談があります


切り株に腰を下ろした旅人の誰もが
すぐ傍に、どんな季節であっても
葉を茂らせた木に寄り添うように咲く
白い花の幻を見ました
そして手を伸ばすと必ず
大風が吹き、雷鳴が轟いたということです


いつしか切り株もなくなり
場所はもう誰にも分かりません
物語だけが今に伝わっています

ジャン=バティスト・カミーユ・コロー
『モントフォンテーヌの思い出』


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