詩『通過駅』
ホラーを思わせる記述がありますので、苦手な方はご注意下さい。
これまでの駅や旅をモチーフにした作品とは異なります。
東の空が赤みを帯びてきた中
昇りかけた太陽を背に列車が走ってくる
男はバッグを肩に掛けるとホームに立った
新しい旅の始まりと信じていた
走り込んできた列車は
男の存在を無視するように
スピードを緩めることなく通り過ぎた
何度も繰り返されることになる光景
その幕開けを告げる汽笛が
去ってゆく列車から尾を引いた
通過駅
この駅に停まる列車はない
時刻表もなく
存在する意味も分からない
男は駅を出ようとしたが
通ってきたはずの改札がない
孤島のようなホームと線路
他には何もない
「停まってくれ!」
列車が来る度に男は叫んだが
轟音とともに通り過ぎていくだけ
「おれも乗せてくれ!」
叫び、飛び上がり、手を振る男に
乗客はにこやかに手を振り返した
停まらない列車のように
男の頬を伝う涙もまた、止まらなかった
日が落ちてから数時間
列車は来ることすらなくなった
灯のない真っ暗なホームに座り込む
なぜだ?
なぜおれは無視されるのだ
彼方から汽笛の音
闇の奥に前照灯が浮かび上がり
力強いドラフト音が近づいてくる
おれを乗せろ
連れて行ってくれ
男は……
身を乗り出しすぎた
一瞬の鈍い衝突音
骨を砕かれた男が宙に舞う
ホームに叩きつけられ
跳ね、転がっていく
そこに意志は微塵もない
止まったきりになり
二度と動かない体
もはや意思は宿らない
自分自身を振り返ることもできず
走馬灯を見る暇も与えられず
最後に脳裏に浮かんだ思いすら
潰れた顔面から窺い知ることはできない
列車は何事もなかったように去っていく
汽笛だけを残して
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