『変身』東野圭吾
手に取ったきっかけ
東野圭吾の本は、『白夜行』を読んだのが一冊目でした。
別途『白夜行』については、またこちらのマガジンで感想記事を投稿する予定なので、触れませんが、「主人公の発言を無しに、周囲の語りだけでこれだけの厚みの本を書ける人がいるんだ」と驚嘆しました。
それ以降、その時点で出ていたほとんどの著者の本は読破したと思います。ところが、何というか…。もちろん人気作家になろうと、称号を得ようと、当選しようと、「書き続けなければ淘汰される」のが物書きという世界なのは理解しているものの、「東野圭吾らしさ」と私が勝手に認識している特徴が悉くない作品ばかりで、一気に熱が冷めてしまいました。
ただ、ミステリーとしての「仕組み」や「構造」は面白いので、映像化しやすい作品が多く、世の中での東野圭吾熱はすさまじい時期だったとも思います。
あれから、十数年。
その間に「うつ」を発症し、未だ治療中ですが、体調がどん底の時には本が一切読めなくなってしまいました。活字を追いかけても頭に入ってこないんですね。3行くらい読んで「何が書いてあったっけ?」と最初に戻って、また「何が書いてあったっけ?」。これを十数回も繰り返せば、自分の現状にうんざりしてしまい、諦めてしまいます。
ところが、去年あたりから、調子がいい時に少しずつ本が読めるようになり、同時期に参加したSNSで面白い本を紹介してくれる人がいるものですから、自分では絶対に手に取らなかったような本まで、最近は読みふけっております。
そんな中で、あの時読んでいなかった東野圭吾の本を読んでみようかな?と思い立ち、手に取ったというのがきっかけになります。
あらすじ
あらすじはこうです。
主人公、成瀬純一はおとなしい性格で、目立つことのない平凡なサラリーマンだった。
とある事件に遭遇し、頭部に大きな損傷を負った成瀬は、世界初の脳移植(死んだ直後の他人の脳を部分移植)を受け一命を取り留める。
このプロジェクトは、とある団体が支援している世界初の「実験」でもあった。
手術を施した主治医とその助手の3名は経過観察をしていくうちに、成瀬の変貌に動揺する。
本人も気づく些細な違和感は、やがて大きな問題へ発展していくー。
感想
いやぁ、面白い。
久しぶりに東野圭吾節といいますか、東野圭吾の良さと特徴がしっかりと乗り切ったものを読めて嬉しいです。
初版は1994年なので、かなり古い本になるでしょう。
東野圭吾はファンの方も多いと思いますし、変身は映像化もされているので、映像でご覧になったことがある方もいらっしゃるかもしれません。
私自身は映像は見たことがないのですが、本で十分に堪能させていただきました。
東野圭吾という人は本当に面白いんですよね。
大阪府立大学電気工学科卒業後、生産技術エンジニアとして勤務する傍ら、ミステリーの執筆を始めたという方です。
私は一時期理系の成績が良かったことがありますが、もっぱら文系脳。
専門的な分野になると、まったくもって理解できません(涙)
白夜行は主人公自身の語りはなく、周囲が主人公とヒロインについて語る内容だけで、主人公たちの心情や人物像を類推するしかないまま進行していく匠の技術が込められた作品ですが、本書は、私の好きな『天使の囀り』『パラサイト・イヴ』のような、理系の人間が専門とする分野を贅沢にしたためつつも、その技術が誤った使い方をされたら。あるいは、誰かの欲望を満たすためだけに使われたとしたらどんな未来が予想されるのかといった、ありていに言えば「本格SF」ということになるかと思いますが、そこが真骨頂だと思います。
「人格」や「人間性」もっというと、「その人がその人たる所以」とは何か。感情や情動は脳の神経伝達物質がもたらす反応でもありますが、魂とか思考などは、本当にそんな電気信号だけで作られているのだろうか。
今回主人公は脳の一部を移植されましたが、それが何%までなら、「その人である」と言えるのだろうか。
そんなことを突き付けてくる、本書。
私は先にふれたとおり、文系脳の人間なので、心理学・精神医学的な観点から、すごく考えさせられました。
また、主題とは異なりますが、私自身がとても勉強になった点があります。
主人公の成瀬は脳移植の前後で人格が変わっていくのですが、何というか、怒りっぽくて乱暴で、周囲を見下して「どうしてこんな簡単なこともわからない愚民しかいないのだ」みたいな思考をする人って結構現代にも多いと感じています。特に若い男性に。
嫌な人だなと思いますし、個人的には仲良くなりたくないタイプではありますが、とはいえ、私は「いろんな側面を1個の生命に納めているを人」と考えているので、きっとそんな人でも私と分かり合える部分はあるのだろうなとは思っていました。
先にふれたとおり好きではないので、積極的に接点を探したり、どうしたらこういった方と交友関係を結べるかを試してきませんでしたが、変貌していった人格で成瀬が考えること、感じることが克明に描かれていることによって、「あぁこういうものの見方をしているのか」「その見方で得た情報をこういう過程を経て処理をすると最終的にこういう極端な結論を導き出してしまうのか」と、凄く理解が進みました。
他のSNSでも、私にはまったく理解不能な質問を繰り返したり、回答に長文のコメントで自論を展開し、こちらの話を全く理解せず、永遠に平行線になる経験をしたことがありますが、なるほどこういう思考をしていたら、確かに私の話は理解できないだろうなと妙に得心がいったものです。
ということで、改めて、東野圭吾ファンも、著者に関係なく人気タイトルだけ追いかけている方にも、重みのある一冊を探している方にも、読み応えのある一冊となっております。
興味のあるかたは是非、お手に取ってみてはいかがでしょうか。
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