(一気見)愛想なし!ガソリンスタンドの佐藤くん
第1話 佐藤くんとの出会い
夢は、それなりにある。
イラストを描くことが好きだった。
でも、根気がないから挫折していた。
人間関係がめんどくさいとか、朝早起きがツラいとか、すごく些細なことで何もかもあきらめていた。
だけど、佐藤くんに出会えて自分自身の価値観が少しずつ変化していく。
一生懸命になる姿がカッコ良いと、まっすぐ脇目も振らず見つめている視線が誰よりも悩ましく。
だから、誰よりも愛想ひとつない佐藤くんが誰よりも魅力的に見える。
今、片思いをしている。
佐藤くんと出会って半年、ほぼ毎日会っている。
佐藤くんは相変わらず愛想ひとつない。
いつも、つまらなさそうに伏しみがちに目線をそらして、冷たく同じ言葉を伝える。
「ラーク・マイルドひとつ」
佐藤くんと出会って、まともに聞いた言葉は、ラーク・マイルドだけ。
それも、気をとられていたら聞き逃しそうなほど、小さい声。
毎回、あきもせずに大きなコッペパンのピーナッツ味とランチパックのツナ。
そして、飲み物はアクエリアスだった。
週1回、ヤングマガジンを買う。
それ以外は、雑誌コーナーで立読みをしている。
立読み時間は5分程度。
佐藤くんのルーティンは変わらない。
佐藤くんの制服も手も黒いオイルで汚れている。
細く繊細な指、短く切ってある爪。
華奢なカラダ、制服が少し大きくてダボついて、タータンチェックのスボンはベルトをしているけれど腰パンスタイルだった。
明るい茶髪のヘア は、重め前髪のマッシュヘア。
左耳にキラリと輝くシルバーのフープピアス。
ラークマイルドを受けとると、スボンのポケットに入れて、そそくさと帰っていく。
佐藤くんと過ごせる時間は一瞬で終わる。
愛想ひとつない佐藤くんと少しでも会話をしたい。
愛想のない佐藤くんに話かけたい。
でも、出会って半年、その勇気はもてなかった。
佐藤くんは愛想がないうえに、威圧感があるから、話かける隙を与えてくれない。
それでも、佐藤くんが大好きだ。
荻窪と阿佐ヶ谷の間、青梅街道沿いに佐藤くんが働くガソリンスタンドがある。
ガソリンスタンドの隣は、路地を挟んで小さなストアがある。
日用品を含め、精肉、鮮魚、青果、惣菜と品数は少ないものの、必要最低限が購入できる。
松井めぐみ、19歳は、このストアでアルバイトをしていた。
「フレッシュマートながた」店名の通り永田社長が経営者。働いているスタッフは、勤続15年のベテラン女性パート4人。
めぐみ以外は、40代以上で主婦だった。
ベテランパートたちは、個性的でおしゃべり好きだった。
めぐみは20歳程度の若者だが年上女性と相性が良い。
容姿的にも派手さもなく、どことなく田舎っぽさが残る癒し系、何よりも真面目に無遅刻無欠勤で働く。
そんなところが癖の強いパート女性にも気に入られてだろう。
勤務して半年、問題なく働いている。
人間関係で度々仕事を辞めてきた根気のない、めぐみだが、
アットホームこのうえない 「フレッシュマートながた」が、
悲しくも合っているようだ。
めぐみ以外の4人の主婦パートは、朝9時~日中3時や遅くても4時で仕事を終えて帰る。
そこから先、閉店時間の20時までは、週1日だけ働きに来る田崎さんと、経営者である永田夫妻のどちらかが店番をしていた。
駅前から少し離れた住宅地の街道沿い、大型店のような混雑はない。
朝から日中、社長が自家用車で市場から仕入れた青果、精肉、商品などをパッキングして店頭に陳列すれば、午後からは、わりと落ち着いてた。
とは言え、永田夫妻も育ち盛りの小中学生の娘が2人いるし、町内会長と言うこともあり、学校行儀や町内会合やらで多忙だった。
フリータイムで働いてた、めぐみはロングタイムで閉店まで頼まれることが多かった。
永田夫妻にとっても働き者のめぐみは、重宝されて可愛がられていた。
このフレッシュマートながたに勤務するまで、めぐみにも夢があり、イラストを描いては、企業に応募していたり、クラウドワーキングに登録しては、パソコンで広告依頼を請け負っていたが、独学で身につけた知識、上には上がいるもので、大きな仕事に繋がることもなく、せっかく就職した広告制作会社も人間関係を理由に簡単に辞めてしまった。
1人暮らしをしている、めぐみにとって失業保険で生活できる猶予もなく、取りあえずすぐに働ける交通費がかからない、自宅近くの勤務場所を探した。
無料の求人雑誌、偶然、目にとまった場所。
それが「フレッシュマートながた」である。
ロングタイム勤務を求めていた、めぐみにとっても好都合だったし、何よりも店内の商品ポップを作る作業も楽しかった。
めぐみがフレッシュマートに勤務するまでは、みなポップを描くことに不得意で、社長がダンボールの切れっぱなしに黒いマジックで「特売!」や「セール!」と殴り書きをしていた。
めぐみが来てから店内のポップは、色鮮やかになり、社長夫妻もパートたちにも感謝されていた。
めぐみは、このフレッシュマートに居心地の良さを感じていた。
そして、毎日のように昼食を買いにくる、フレッシュマートの隣で勤務するガソリンスタンドの佐藤くを心待ちにしていた。
佐藤くんは、ほぼ毎日、午後3時過ぎに1人でフレッシュマートに来店する。
基本的に自動ドアが開くとレジに目を向けることもなく、雑誌コーナーに直行する。
5分程度立読みして、パンコーナーで決まったパンを手に取り、飲料コーナーで缶コーヒーかスポーツ飲料を手にする、そして目線を合わせずに「ラーク・マイルド」と、愛想なく呟く。
佐藤くんが伝えなくてもラークマイルドを買うことは分かっている。
それでも佐藤くんの地雷を踏まないように佐藤くんがラークマイルドと呟いてから、めぐみは指定されたタバコを手にとる。
10分もかからない出来事を心待ちにして、幸せを感じている。
愛想なくて、まともに会話ができなくても、佐藤くんと会えるだけで幸せを感じることができる。
それが片思いとうものであり、片思いの醍醐味だ。
ガソリンスタンドのスタッフは、基本的に佐藤くん以外も出勤日は昼食を買いに来店する。
正午と13時に2~3人と同年代の仲間同士で和気あいあいとした雰囲気が伝わってくる。
自動ドアが開くと「こんにちは!」と、常連客らしい声をかけてくれる。
佐藤くん以外は、愛想が良い。
佐藤くんは顔見知りであり、ガソリンスタンドの誰よりも来店率が高い常連客だか、佐藤くんは愛想が悪い。
そんな佐藤くんを愛しく思えるのは、単刀直入に言えば外見でしかない。
色黒で華奢な佐藤くんは、冷たい目線がたまらないクールな男。
少し腫れぼったいまぶた、奥二重。
たまに、ごくたまに、チラリと目線をレジを担当するめぐみに向ける
その目線がたまらない。
それだけで、めぐみはドキドキと鼓動が早くなる。
めぐみ自身も、何故こんなにも佐藤くんに夢中になるのか、的確な答えは見つからない。
愛想がないところも佐藤くんの魅力。マイナスさえも片思いをすればプラスに変わる。
佐藤くんの年齢も、佐藤の名字以外は知らない。
ただ一方的に見つめているベタすぎる片思いに新しい空気を入れた相手は、めぐみの中高校と同級生でもある、腐れ縁のアヤだった。
アヤもめぐみと同様にアルバイト生活をしては、勤めては辞めてを繰り返していた。根気のなさで言えばアヤは、めぐみよりも上をいっている。
何よりも、アヤは働くことが 大嫌いで、朝起きることが苦手だ。
毎日週5日、朝9時に始まる一般的な企業に勤めることにストレスを感じ一週間で辞めた経験もある。
アルバイト生活を転々としたのち、今は失業保険で生活をしている。
失業保険の生暖かな生活にアヤは正直心地よさを感じていた。
バンド系の音楽が大好きで朝までパソコンでネットを楽しんでいる。昼夜逆転のニートのような生活をしていた。
アヤもアヤなりに、こんな生活じゃ駄目だと思っているのだろう。
めぐみとお茶をするときに「私もそろそろ働かなきゃなぁ」と、呟いていたが、それでも一度味わった甘い生活を改善することは難しく、アルバイトを探す素振りもない。
めぐみが働いているフレッシュマートでは、夜の人手が足りなくて、めぐみは度々ラスト勤務を社長夫妻からお願いされていた。
社長夫人は、めぐみに声をかけた。
「夜、もう1人アルバイトを探しているのよねー。めぐちゃんのお友達でアルバイトしたい子いないかしら?度々、めぐちゃんに閉店までロング勤務させてばかりで申し訳ないから。めぐちゃんだって若いから、まだまだ遊びたいでしょうに・・・」めぐみは謙遜しつつ首を大きく横に振り笑ったが、アヤの存在を思いだし、社長婦人に伝えた。「あっ、そーいえば、私の友達で今仕事してなくて、職探ししてる子いますよ。住まいも、フレッシュマートからも自転車で数分です。」
社長婦人の目を輝き、是非、アルバイトの件を話してくれないか、めぐみに頼んできた。
めぐみは、勤務を終えると、すぐにあやに電話をかけて、アルバイトしてみないか訪ねてみた。
アヤは、めぐみの想像以上にアルバイトの話に飛びついてきた。
1つ返事で働きたい!と言ってきた。
朝が弱いアヤにとって夕方の勤務や、交通費がかからない近隣と言うことも好都合だったのだろう。
めぐみは再び、社長婦人にアヤが働きたいことを伝えた、あれよあれよと面接に進み、めぐみの友達と言うこともあり、アヤもフレッシュマート永田で勤務することになった。
やや派手めや茶髪のロングヘアーのアヤは、正直、昼間のベテランスタッフからのウケは良くない。
それでもアヤなりに最初は愛想良く働いていたが、アヤのネコかぶりは長くは続かなかった。
アヤが勤めて約1ヶ月、アヤはベテランスタッフとかぶることがない夕方のシフトオンリーに移り、落ち着いている店内で商品補充や清掃することもなく、ただレジ内に立ち、スマホを隠れて見ているような状態だった。
その様子は防犯カメラにも写っていて、社長夫妻もベテランスタッフも知っているが、いないよりはマシ的な感覚で目を瞑っていた。
もちろん、めぐみもアヤの怠けた勤務態度は知っているし、予想もついていたが、腐れ縁の同年代の友達だけに恋愛話などで盛り上がることも度々ある。
めぐみにとってはアヤが働いていることで、学生時代に戻ったような感覚だった。
アヤが勤めはじめて 約1ヶ月が過ぎた頃だった。
めぐみとアヤは、ランチも兼ねてカフェでお茶をしていた。
同じ職場とは言え、勤務日や勤務時間もすれ違うことも多いし、他のスタッフの手前もあり職場中は大胆に話すことは出来ない。
珍しくアヤから「水曜日、たまにはランチしない?ちょっと話したいことがあるんだ」LINEのメッセージが届いた。
もちろん、めぐみもアヤと久しぶりにゆっくり話したいと思っていた。
水曜日、2人は馴染みの阿佐ヶ谷駅付近のカフェに入り、お決まりのハンバーグランチをチョイス。めぐみはガソリンスタンドの佐藤くんに片思いしていることをアヤに話していたし、アヤも佐藤くんの存在を知っている。
カフェでの会話は、愛想ない佐藤くんの話で盛り上がった。
食後のアイスコーヒーを飲んでいると、アヤは、少しかしこまったように、めぐみに話しかけた。
第2話 佐藤くん情報
アヤは、食後のアイスコーヒーを一口飲み、ストローで氷を回しながら少しかしこまったように、めぐみに聞いた。
「ねぇ、、中山君、知っている?ガソリンスタンドで働いている男なんだけど、、、ラッキーストライクを買うかな、、週に3回程度しか来店しないから、、」
めぐみは、斜め上に視線を向けて考えて、うる覚えな記憶を繋ぎ答えた。「あぁ!!ラッキーストライクね、、、なんとなくわかる!その中山君?が、どうしたの、、、、えっ?まさか、アヤは中山君が好きってこと?!」
めぐみは、うる覚えな記憶を繋ぎながら、妄想した。
そして、妙にテンション高くなった。
アヤの頬は少し赤く染まり口元を緩みながら、くねくねと体を動かした
「えー?好きって言うかさぁ、、、なんて言うのかなぁ、、、」
分かりやすいアヤの態度は、完全に図星で、めぐみはアヤを冷やかすように、体を少し前のめりにして聞いた。
「なによ!言っちゃいなよー!アヤもガソリンスタンドのスタッフに恋したのかぁ、、、あのガソリンスタンド、カッコ良い人がやたら多いもんねー??」
めぐみとアヤは、久しぶりに学生時代に戻ったように恋話で盛り上がっていたが、アヤが話を進めるほど、めぐみの想像を大きく変えた。
めぐみは、アヤの言葉を聞きかえした。
「えっ?今、なんて言った??」
アヤは、相変わらずニヤニヤが止まらない。
「だから~ 中山から告白されちゃってぇ、、 付き合ってるのぉ!」
めぐみの表情は、面白いほど真顔に戻り、先までのテンションの高さが嘘のように落ち着いていた。
「えっ?そうなんだ、、、付き合っているんだ?」
アヤは幸せのど真ん中にいる。
恋をしている顔。
それを物語るようにアヤは中山のなれそめを綻んだ表情で話はじめた。
「私は、そんなに興味がなかったんだけどねー、、中山が私の仕事終わりに声かけてきて、、、で、ちょっと飲みに行ったら、、、帰り道、なんか告白?されて、、、まぁ、彼氏いなし、付き合ってもいいかなって、、、」
普段はクールなアヤだが中山の話をしているときは完全に乙女になっていた。
めぐみは、「そう、、告白されたんだ!」
100%良かったね!と思えない心境は、くだらない女のプライド。
めぐみは、アヤの幸せに満ちた恋話を聞いて、わずかな嫉妬心を抱いた。
めぐみは、中山という男など今の今まで眼中にないし、アヤから名前を聞かされるまで記憶に残らないような男だ。めぐみが中山に告白をして振られたわけでもない。
それでも、何とも言葉に表せにくい屈辱感。
アヤより、めぐみは半年前にフレッシュマートに勤務している。当然、中山とも半年前から顔を合わせていた。
それでも、結局、フレッシュマートに勤めはじめて約1ヶ月足らずのアヤが中山から告白されて付き合っている。
嫉妬心や屈辱感を抱くなんて、とてもナンセンスでくだらないことだと、めぐみは思っている。
だが、めぐみは魅力がないと三行半を捺されたような感覚だった。
勤務して1ヶ月足らずで告白されて幸せな恋もいれば、勤務して半年間、愛想なし態度は変わらない。赤の他人この上ない恋・・・・。
めぐみは、アヤと比べずにはいられなかった。告白もしてない相手、好きでもない相手から一方的に振られたような感覚。だが、アヤが中山と付き合うこととなり、めぐみにとっては良い方向へ進むこととなった。
アヤは中山に佐藤くんについて色々と聞いてくれた。
それと同時にろくに会話をしたこがない中山にまで、めぐみが佐藤くんに片思いをしていることが知れてしまった。
めぐみにとっては中山に片思いを知られることよりも、佐藤くんの情報が手に入ることが大事。
アヤは目を輝かせて中山が教えてくれた佐藤くん情報を思わせ振り話はじめた。
「ねぇ、佐藤くん情報、聞きたい?」
めぐみは目をらんらんと輝かせて大きく顔を縦に動かした。
「佐藤くん、下の名前は拓哉って言うんだって!あとね、27歳、O型で獅子座!ガソリンスタンドの社員。なんと店長代理!」
めぐみの興奮は最高値!アヤが話した佐藤情報にキャー!と感情をおさえられずに身を乗り出して聞いては、両手の平を組ながら幸せを実感していた。
「佐藤拓哉って言うのー?もう、めちゃくちゃ佐藤くんにピッタリ過ぎる名前~!!カッコ良すぎでしょー!O型って、わたしと同じ!」
めぐみはアヤが教えてくれた佐藤情報に上機嫌だった。
数分前までアヤと中山が付き合った事実に、くだらない女のプライドでショックや嫉妬心を抱いていたものの、半年以上も名字しか知らなかった佐藤くんとの距離が一方的だが近づいた気がした。
とは言え、めぐみと佐藤くんとの距離感は現実的、変わることはない。
ただ佐藤くんが来店し、雑誌コーナーで立読みをする後ろ姿を見つめては、心の中で「拓哉って言うのかぁ、、、店長代理なのかぁ、、、」
妄想してて少しばかり浮かれていた。人伝えと言えど、佐藤くんを知ると欲望は生まれるものだ。
アヤと中山のように佐藤くんと会話をしたいと願うようになって行く。
アヤは、中山から佐藤くんの情報をよく聞いてくれる。とは言え、佐藤くんの愛想なしは職場でも変わらない。
スタッフの中で最も話かけにくいオーラを持っていると中山は話していた。佐藤くんはオートルーム内で1人で淡々と車の整備専門にしている。
給油や洗車など接客は中山など一般的なスタッフ。
同じ職場と言え佐藤くんと直接会話する機会は少ない。
休憩時間も仲間と一緒にワイワイくだらない話で盛り上がることもないし、スタッフが休憩を終えてから、佐藤くんは一番最後に休憩をとる。
だから毎回15時にフレッシュマートに来店することにも納得ができる。
中山も佐藤くんの情報を色々と聞きたいところだが中山でさえ佐藤くんに直接話かけにくい。
そこで長年勤めている佐藤くんと動機で話しかけやすい社員の山根という男に佐藤くんの情報を聞いていた。
山根は佐藤くんとほぼ動機だけあり年齢も近いこともあり、愛想なしの佐藤くんともわりと普通に会話できる関係性だった。
だが、やたらに中山が佐藤について質問されることで山根に冗談半分「佐藤のことが好きなのか?」
ひやかされる始末。
中山もアヤの友達であり、めぐみの片思いをどうにか成就させたいし、出来るだけ力になりたいと思っているが片思いの相手が愛想なしの佐藤くんとなると、さすがに「佐藤さんか、、、他のスタッフにすればいいのに、、、」
苦笑いを浮かべていた。
第三者から見ても前途多難の恋愛と思えた。
もともとガソリンスタンドの経営者のオーナーは都内にガソリンスタンドを数店舗と中古車ショップを運営している 50代の男である。
佐藤くんは経営的なことを任されている店長代理、オーナーが顔を見せに来るのは、月に1から2回程度。
オーナーと佐藤くんの関係性は遠い親戚にあたると山根は教えてくれた。
佐藤くんの愛想なしは今に始まったことでもないし、そもそも佐藤くんは愛想なし以前に人見知りが強いと山根は言う。
だからこそ、アルバイトなどスタッフの出入りが激しいガソリンスタンドで気を遣い、会話を合わせることが無駄だと感じている。
新人教育などアルバイト管理は全て社交的で愛想の良い山根に任せていた。アヤも、めぐみに何度となく聞いていた。
「何故、愛想ひとつない佐藤くんが良いの??佐藤くんの魅力がわからないわ、、、もう、いっそうのこと香川くんとかさ、そこらへんにしとけば?わりとカッコ良いし、優しいし、、、」
冗談半分、笑いながら、めぐみにアドバイスをするアヤ。
たしかに半年以上、もう9ヶ月になろうとしている。出会ったときと佐藤くんとめぐみの関係性は変わらないがアヤと中山は、すでに同性生活をしていた。
アヤと中山は日々進化している。
付き合って3ヶ月程度で同性生活とは、かなり早過ぎる気もするが中山はアヤに惚れていて、アヤも1人暮らしでは自由な金も使えない。
スーパーマーケットも週5日、ロングタイムで働き、ギリギリきりつめて生活ができるありさまだ。
定期的に働くことが苦手なアヤにとっては、中山と生活することで生活の為に縛られて日夜働くこともない。
中山は同性生活費すべて、家賃、光熱費、食費を負担している。
もちろんアヤも多少の食費は持つが、中山はアヤに金銭的な要求は何ひとつしない。
アヤが一緒に暮らしてくれれば良い。
それほど、アヤが好きだと言うことだろう。
アヤは、生活費に追われなくなるとアヤの悪い癖が現れはじめる。
適当な理由をつけては決められたシフトを休みがちになった。
結局、そのしわ寄せは友達であり共に1人暮らしをして生活がかかっている、めぐみ。アヤを紹介した手前、申し訳なさも感じて、めぐみはアヤのシフトを埋めていた。社長夫婦も、めぐみに頼りきっていることは申し訳ないと感じているようで、わずかながら時給をアップした。
めぐみを陰ながら支えてくれている。
季節は11月末。
最近では日が落ちるのも早い。
夜は北風が吹きはじめて寒さと人恋しさを感じる季節。
めぐみはラスト20時まで頼まれていた。
佐藤くんは15時に来店したから夜に来店することはありえない。
ラストまで働いていても楽しみにが特にない。
店内は客もいない。
響く声はBGMのラジオだけ。
ガラスの自動ドアから通す景色は真っ暗に染まり道を行き交うヒトは誰ひとり歩いていない。
めぐみはレジカウンターで伝票のチェックと売れ残った返品雑誌を束ねたりと黙々と作業していた。
本来ならアヤがするべき仕事だがアヤは中山とデートでもしているのだろう。
アヤが出勤していたところでアヤは率先して仕事をしない。
「忘れた!」と毎回とぼける。
めぐみは黙々と仕事をこなしていた。
何かに集中していないと佐藤くんのことばかり考える。考えれば考えるほど何ひとつ進展しない佐藤くんとの関係とアヤと中山たちを比べてしまう。
大袈裟かも知れないが、神様と言うヤツは、いないと感じる。
仕事を頑張って時給が多少UPしても満たされないものがある。
たった一言、声にだして気持ちを伝えたら、
佐藤くんとの関係は変わるのだろうか?このまま黙っていても佐藤くんから声をかけてくれることは、ありえない。
そんな奇跡的なこと起こるわけもない。
結局、作業を黙々と手を動かしながらも佐藤くんのことを考えていた。
誰もいない店内に自動ドアが開き来店客を教えるチャイムが響く。
・・・・ピンポーン、ピンポーン・・・・・
めぐみは顔を上げながら、「いらっしゃいませー」明るく声をかけた。
来店客を見て、めぐみは心の中で叫んだ。
「えっ!?うそっ!うそっ!うそっでしょ?」
心臓の鼓動がドキドキと早くて胸をキュとしめつける。
制服姿の佐藤くん。
佐藤くんはチラリとカウンターで作業している、
めぐみを一瞬見た。
と言うか、めぐみには見たように思えた。すぐに目を逸らし、佐藤くんは店内奥の雑貨コーナーに小走りに歩いて行った・・・・・・。
第3話 ボールペンとフープピアス
まさかの佐藤くん、2度目の来店!ありえない。
今の時刻は19時半過ぎ、閉店まであと少し。
アヤからは佐藤くんが夜来店したことは聞いたことがない。
夜に佐藤くんが来店することは奇跡的なことなのだ。
先まで神様なんかいないとぼやいていたが、佐藤くんの姿を目にして考え方は変わる。
やっぱり神様と言うヤツは存在するのかも知れない。
佐藤くんは来店すると、脇目もふらずに雑貨コーナーに立ち寄り、トイレットペーパーとティッシュペーパーをレジカウンターに持ってきた。
めぐみは、平然を装いバーコードをあてた。
予想外の佐藤くんの来店時間に、いつになく鼓動はドキドキとしている。
「井出松で領収書、お願いします。」
佐藤くんが小さな声で呟いた。
まさかの領収書!
めぐみは少し慌てた。
領収書をレジ横から取り出すと、ポケットのボールペンを取り出す。
「ない!」
めぐみは心の中で呟く、取り乱したように周囲を見渡す。
「ない!ない!ない!ないよー!」
心の中で絶叫している。
佐藤くんは至って冷静に無の表情を変えることなく、めぐみを見つめている。
「あった!」
引き出しを開けたり閉めたりと慌てふためく中で、隅にひとつのボールペンを見つける、めぐみは呟いた。
とんだ冷や汗をかいた。
めぐみはホッとしたように領収証に井出松と書き始めると、更なる不幸が襲ってくる。
書けない!インクが出ないのだ!
誰のボールペンかも分からない、隅に置き忘れたボールペンにありがちな出来事に、めぐみは顔面蒼白状態。
崩れ落ちそうな状態だった。
もはやすべきことはない。
めぐみはインクの出ないボールペンを持ったままフリーズした。
せっかく佐藤くんが夜に来店してくれたのに。
せっかく佐藤くんとわずかなやりとりができるチャンス。
佐藤くんはきっとイライラしているはず。
レジカウンターで領収証を待っていた佐藤くんは、ボールペンを持ち憔悴しきっためぐみに小さく声をかけた。
「これ、どうぞ」
オイルで汚れた手には、黒いノック式のボールペン。
めぐみは顔をあげて佐藤くんを見つめた。
お互いはじめて、目と目を合わせた。
「カッコいい・・・」
めぐみは自分自身のおかれている最悪な状況を忘れて心の中で呟いていた。佐藤くんの差し出したボールペンを握りしめて、ありったけの丁寧な文字で株式会社 井出松と領収証に記載した。
「ありがとうございました!」
領収証を渡して、ボールペンを再び佐藤くんに返すと佐藤くんはチラッとめぐみを見ながら言った。
「それ、粗品だからあげるよ。まだ、ボールペン使えないと困るでしょ。」めぐみはボールペンを持ちながら、笑顔を佐藤くんに見せて言った。
「本当に、ありがとう!」
少し照れくさそうにはにかみ、軽く左手をあげて挨拶をすると自動ドアが開き、ガソリンスタンドへ戻って行った。
佐藤くんがめぐみに渡した黒いノック式のボールペンには、金色で井出松と刻印された粗品のボールペン。
多少、佐藤くんが使用した形跡が残り金色の井出松が掠れている。
使用していたからこそ、書き味も良いボールペンだった。
めぐみは、佐藤くんが渡した粗品のボールペンをギュッと握りしめて幸せの余韻に包まれていた。
佐藤くんがくれたプレゼント。
プレゼントしたつもりは到底ないが、めぐみにしてみれば最高のプレゼント。
たった1人の存在が、その日を変える。
楽しくも、つまらなくもする。
あの日から佐藤くんの態度が大きく変わることはない。
ただ、めぐみは少しだけ佐藤くんにアピールするようにエプロンの胸ポケットに佐藤くんがくれた粗品のボールペンをさしている。
1日に何度となくボールペンの存在を確認している。
まるで高級ボールペンでもさしているように紛失しないように注意をはらっていた。
佐藤くんも同じように粗品のボールペンを胸ポケットにさしている。
さりげなくお揃い。
いや、きっと井出松のボールペンを胸にさしている人は佐藤くんだけじゃない。
他のスタッフもきっと使っている。
だが、フレッシュマートで井出松のボールペンを使っている相手は、めぐみだけだ。
少しだけ嬉しく感じた。
佐藤くんとお揃いにしていることは、粗品のボールペンだけじゃない。
実は、佐藤くんと同じく左耳にピアス穴をあけた。
そもそもめぐみはピアス穴を開けていなかった。
佐藤くんが気づいているかは、定かではないが、佐藤くんと同じ左耳にだけひとつ、佐藤くんと同じシルバーカラーのフープピアスをしている。
ピアス穴をあけたところで何かがかわるわけじゃない。
ただの自己満足にしかならない。
それでも、佐藤くんとお揃いのピアスを同じ場所にしているだけで幸せを感じることができる。
恋は些細なことで喜べて些細なことで落ち込むもの。
相変わらず変わらない2人の関係
新しい年が訪れる。
年始を過ぎて、正月休みの余韻さえ感じることがなくなると、いつもの日常が戻ってくる。
相変わらず佐藤くんは午後15時にフレッシュマートに来店する。
相変わらず購入する商品は同じだ。
そして相変わらず、愛想がない。
ガソリンスタンドは、1月18日から改装工事の為、一週間休みになる。
その休みを使い、ガソリンスタンドの仲間数人はスキー旅行に出かける。
中山と付き合い同棲生活をしているアヤが、めぐみに教えてくれた。
アヤも中山にスキー旅行に同行する。
アヤは、めぐみも一緒に参加しないか声をかけてくれたが、一週間も2人してバイトを休むことは、めぐみにはできない。
何よりも、そのスキー旅行に佐藤くんは参加していない。
だとすればスキー旅行に参加する理由が何ひとつない。
結局、めぐみはアヤからシフトの代わりを頼まれ、穴埋めすることとなった。
ガソリンスタンドが改装工事中は、もちろん営業することもない。
ガソリンスタンドの前を自転車で通り過ぎても、ロープチェーンが張られていて、いつものように電気はついていなかった。
改装工事を請け負うトラックと、事務所あたりにひっそりと明かりが灯る程度。
改装工事中は、佐藤くんと会えない。
だとすれば、一週間もアヤの代わりに出勤することが馬鹿らしく感じる。
めぐみにとっては地獄のような一週間だと思えた。
午後0時、13時、もちろんガソリンスタンドのスタッフは誰ひとり来ない。午後15時、佐藤くんは来ない。
めぐみは、ため息を溢した。
分かっていたことだが、テンションが下がる。
落ち着いた店内で、めぐみは淡々と作業をこなしていた。
夕暮れ午後6時過ぎ、空は藍色に染めていた。
店内には数人の買い物客がいた。
めぐみは、レジをこなしていた。
再び、来店客を知らせるチャイム
ピンポーン、ピンポーン
レジを通しながらチラリと目を向けて、声がけをしためぐみ。
「いらっしゃいませ」
来店客はチラッと、ほんの一瞬だけ目を向けて雑誌コーナーに向かった。
ふわふわのファーフードが付いたカーキのMA1。
黒のタートルネックに黒色のチノパンを入っていた茶髪の男は、左耳のピアスをしていた。
見覚えのあるシルエット。
「佐藤くん?!絶対、佐藤くんだ!!」
足早に向かった雑誌コーナー。雑誌を手に取ると、いつもより長く立読みをしている。
防犯ミラー超しに見つめる後ろ姿。
私服姿の佐藤くんに間違いない。
接客対応に追われながらも、めぐみは佐藤くんの存在が気になって仕方ない。
ざわざわとしていた店内が一気に静まると、佐藤くんはまだ雑誌コーナーで立読みをしていた。
店内に佐藤くんの後ろ姿をミラー超しに見つめる、めぐみ。
店内に2人だけ。
それがやけにロマンチックな空間に感じる、めぐみだった。
会話をしなくても、佐藤くんと一緒にいる空間は幸せで落ち着く。
佐藤くんは満足したように雑誌を閉じて本棚に戻すと素早く大きなコッペパンのピーナツ味をいつものように手にとり、レジまでやってきた。
「いらっしゃいませ」
佐藤くんが目の前に立つと緊張する。
佐藤くんは後ろ姿や遠くで見つめている程度が一番落ち着く。
「ラーク・マイルド」
佐藤くんはいつものように呟く。
いつもと違うこと、やたら佐藤くんは、めぐみを見ていた。
佐藤くんの目線は、めぐみの左耳を見ていた。
「あっ!やばい・・・今日、髪の毛を一本に結っていたんだ!」
めぐみは、心の中で呟いた。
普段はセミロングの髪を束ねることなくストレートスタイルで仕事をしていたが、今日は品出しやポップ作りやらで忙しく髪の毛が邪魔になり束ねていた。
まさか佐藤くんが左耳に目線を向けるとも思わず。
当然ながら佐藤くんがめぐみの左耳のピアスに対して何か言うわけもなく、ラークマイルドを受けとると無言のまま、いつものように愛想なく静かに店内を後にした。
「まずかったかな・・・ピアス、気づいたかな・・・」
めぐみは佐藤くんが店を出た後、悶々とした気持ちでいた。
さすがに左耳だけに一ヶ所、それもシルバーカラーのフープピアス。
どう考えても佐藤くんとお揃いだとしか思えない。
佐藤くんが何か言葉を発するわけでもないから、何を考えていたのか分からない。
もしかしたら嫌悪感を抱くかもしれない。
粗品のボールペンをまだ胸ポケットにさして使っていること。
佐藤くんと同じ左耳だけに一ヶ所同じシルバーカラーのフープピアスをしていること。
一方的な行動や思い込みで二人の関係が変わるわけはない。
ただ、少しだけ、ほんの少しだけ、めぐみなりのアピールだった。
そろそろ、何等か佐藤くんに感じてほしいと思っていた。
それでも、告白する勇気はもてなかった。
ただ、さりげなくアピールすることで感じ取ってほしいと思っていた。
それは、めぐみの自己満足。
言葉にしなきゃ、きっと何も伝わらない。
感じることはできない。
ガソリンスタンドが改装工事中、佐藤くんは毎日出勤していた。
ガソリンスタンドの一番隅にある場所
コックピットルーム
ポツリと明かりを灯して一人で納車された車の整備作業している佐藤くん。
佐藤くんはフレッシュマートに毎日来店した。
制服の日もあれば、私服の日もある。
来店時間は午後の日もあれば夕方過ぎ、時には閉店まぎわもある。
ただ言えることは、改装工事中、佐藤くんもめぐみも互いに出勤していた。
佐藤くんと会えない悪夢のような一週間は、
佐藤くんと幸せすぎる一週間に染まっていた。
明日からは、通常営業がスタートする。
佐藤くんと会える特別の一週間は、今日で最後だった。
結局、何ひとつ会話をすることもなく、何ひとつ変わらない。
今日、日曜日の勤務が終われば、また再び変わらない日はスタートする。
めぐみは、佐藤くんともっと近づきたいと考えていた。
もし、今日、佐藤くんがフレッシュマートに来店しなかったら、きっと二人に縁はない。
もし、今日、佐藤くんがフレッシュマートに来店したら、
きっと二人には縁がある。
めぐみは透明のOPP袋に小さな袋チョコとメモを詰めた。
土曜の夜、勤務が追えてから悶々と何時間も費やして考えた作戦・・・
改装工事最終日の日曜に佐藤くんが来店しなければ意味がない。
もしかしたら、最終日だけあり佐藤くんは休日かもしれない。
めぐみは勤務しながら、そわそわとして落ち着かないように何度となくガラス扉から、通りを見つめていた。
15時、佐藤くんは来店しない・・・・
18時、佐藤くんは来店しない・・・・
やっぱり、佐藤くんとは縁がないのだろうか・・・
今日にかぎって佐藤くんは来店しない気がした。
ピンポーン・・・ピンポーン・・・
閉店近い19時40分、一人の男性が来店した。
そう、私服姿の佐藤くんだった。
一瞬だけレジに立つ、めぐみを見て再び雑誌コーナーに向かった。
「い、いらっしゃいませ」
めぐみはいつになく心臓の鼓動が早い。
待ちに待った相手を目にすると心臓が急激に痛くなる。
待っていたはずなのに・・・・
めぐみは自分自身を落ち着かせるように手を胸に押し付けた。
冷静に作業なんて出来ない。
めぐみはレジカウンター内でワケもなく行ったりきたりを繰り返しては、理由もなくペン縦を揃えたり、カウンターに並べている和菓子を並べ直したりしていた。
防犯ミラーを時よりチラリと何度も佐藤くんを確認していた。
20時閉店時間近く、店内に来店客はいない。
そろそろ、閉店準備に入る為に通りに並べている商品を中に入れたいところ。
レジ点検作業や日報も記入したい。
だが佐藤くんが店内にいると思うと、めぐみは何ひとつ手につかない。
通りに並べている商品を店内に入れ始めたら、
佐藤くんに帰れアピールをしているように感じてしまう・・・
普段なら何も考えずに閉店準備を進めているのに、相手が佐藤くんとなれば話は別だ・・・
妙な冷や汗がでてくる。
佐藤くんは5分程度マンガ雑誌を読み満足したようだった。
いつものように、すばやく缶コーヒーを1本と大きなコッペパンを手にとるとレジカウンターにやってきた。
「いらっしゃいませ・・・・」
チラリと佐藤くんを見つめて、普段より妙に明るい声で挨拶をした。
佐藤くんは相変わらず目を合せるわけでもなく、無反応だった。
心の動揺を隠すように冷静を保ちながらレジスキャンを通すと金銭授受を交わす。
佐藤くんに釣り銭を渡し、佐藤くんが購入した商品の上に素早くOPP袋に詰めた袋チョコをのせた。
「これ、試供品です!!!良かったら、どうぞ!!!」
気合が入りすぎてだろうか、めぐみは少し圧をかけるように佐藤くんに手渡した。
佐藤くんは少々驚いたように、目線をめぐみに向けて返事をした。
「あ、はい、、ありがとう」
どうしても、佐藤くんに受け取ってもらう必要があった。
佐藤くんが店内を後にしてすぐに、めぐみはレジカウンターにもたれかかって大きく深呼吸をした。
「やばい・・・緊張した!!」思わず声がもれる。
透明のOPP袋に入れた小さな袋チョコレートは試供品ではない。
メモを渡す為のオマケにしか過ぎない。
さすがにメモを直接渡す勇気はない・・・
淡いピンク色のメモは、めぐみなりのラブレターだった。
長々と思いを言葉にするラブレターは重すぎる・・・
メモ用紙に必要な言葉だけ記載した方が何となく軽い気がしていた。
「いつもお疲れ様です。寒いけど、頑張ってください」
短い文章に、めぐみはLINEアドレスと電話番号を添えてOPP袋の中に入れた。
考えすぎて何を伝えれば良いか、何を書けば良いか分からなくなっている。
好きです!という言葉を伝えると答えを求めているような気がしていためぐみ。
曖昧なら、多少気まずさを感じても佐藤くんはフレッシュマートに来店することはできる。
気まずさは最初だけで、日数が過ぎれば、きっと曖昧なまま何もなかったような関係に戻れる。
白黒をはっきりしようとすれば、振られたときのショックは大きい。
佐藤くんが店内を出てから、
告白した余韻に浸る時間もなく閉店作業に追われていた。
ただ、頭の中では佐藤くんのことばかり考えていた。
何故だろう、まだ心臓の鼓動が早い・・・
全ての作業が終わりシャッターを閉め、
店内の照明を落として裏口の扉を開けた。
薄暗い裏庭の自転車置き場。
めぐみは真っ暗な空を眺めて再び大きく深呼吸をした。
冷たい北風が今夜は心地よく感じる。
カゴにバッグを入れた・・・・
佐藤くんは明日から来店してくれるのだろうか?
佐藤くんはメモを読んで何を感じてくれたのだろうか?
次々、頭によぎる。
渡さなきゃ良かった・・・と思うかもしれない。
でも、きっと、どんな結果でも最終的には良かったと思える気がした。
何もしない後悔より、何かした方が少しだけ夢は見れる。
大きく深呼吸するめぐみに小さい声が聞こえた。
「あの・・・」
めぐみは、恐る恐る背後から聞こえた小さな声に気づき、
ゆっくり振り返った。
「さ、佐藤くん・・・・・・・」
驚きのあまり、めぐみは初めて本人を目の前にして「佐藤くん」という名前を呟いてしまった。
佐藤くんは、軽く頭を下げた。
第4話 真冬の公園で佐藤くんとふたり
めぐみは想定外の出来事に頭が真っ白になった。
「佐藤くん!」一言呟いたものの、次の言葉が出てこない。
路地に面しているとは言え、街灯ひとつない暗闇で色黒の佐藤くんは少々怖いものがある。
まして佐藤くんは小さく一言呟いたまま、頭を下げてから次の言葉が聞こえてこない。
自転車のハンドルを強く握るめぐみと立ち尽くす佐藤くん。
お互い無言のままシュールな数秒が流れた。
佐藤くんは目線をめぐみに向けて話はじめた。
「ごめん、驚かして・・・あの、、少しだけ時間いいかな?」
想像よりにも優しい話し方の佐藤くん。
おそらく佐藤くんなりに気をつかっている。
めぐみは少しひきつりながらも首を縦にゆっくり動かし答えた。
「あ、はい。大丈夫です。」
めぐみは自転車のハンドルを強く握りながら、佐藤くんとゆっくり歩きはじめた。
真っ暗な夜空に1月の冷たい空気・・・・
青梅街道を外れた住宅街の路地は誰も通っていない。
まるでこの世の中に佐藤くんとめぐみの2人しか人間がいないように・・・
佐藤くんが向かう方向に歩いて行くものの、
何処に向かうのか、めぐみは知る良しもない。
緊張感はピークのまま、
めぐみは自転車のハンドルを強く握りしめて少し手の平が痛い。
めぐみは心の中で様々な想像を駆け巡らせた。
「まさか、佐藤くんの家に?!」
「そんなことあるわけないよねー」
「駅前のカフェ?じゃ、その間、無言? 何か話してよー」
無言のまま、歩くこと2分程・・・
時間にすれば差ほど長くないが、めぐみは10分程度に感じた。
誰もいない公園が見えてくると佐藤くんは、ようやくクチをひらく・・
「ちょっとここて話さない?こんなところで悪いけど、、、それとも駅前の何処か店がいい?」
めぐみは一瞬、公園を目にして心の中で呟いた。
「ここかよ!冬の公園!」
だか話の内容さえ分からないまま、無言の状態で歩き続けることは正直苦痛。
めぐみは、目一杯の笑顔で佐藤くんを見つめて言葉を返した。
「あ、全然、公園で大丈夫です!」
佐藤くんは公園入り口にある自販機で温かいミルクティーを一本購入すると、めぐみに手渡した。
「あ、ありがとう」
めぐみは両手で受けとると、2人は背もたれのついた木製のベンチに腰をおろす。
3人座れるベンチ幅、佐藤くんとめぐみの間に微妙な隙間が空いていた。
佐藤くんは足を軽く組み、スボンのポケットから缶コーヒーとタバコを取り出した。
「吸ってもいい?」
チラリと隣に座るめぐみに目を向けて声をかける。
めぐみは、目一杯の笑顔で頷き返した。
「はい、気にしないで吸ってください!」
数秒の沈黙、佐藤くんはタバコを一本口に加えると手慣れたように100円ライターで火をつけて吸いはじめた。
めぐみは、佐藤くんからもらった温かいミルクティーの缶を開けて一口飲む。
佐藤くんは静過ぎる空気感の中、小さな声で話はじめた。
落ち着いて冷静な話し方に 極度の人見知りには感じない。
「ありがとう、、チョコとメモ。」
突然の佐藤くんの言葉に、めぐみは動揺したように急いで返事をした。
「あ、いや、、」
顔と耳が真っ赤に染まるような感覚だった。
佐藤くんはわざわざお礼を言う為に、めぐみの仕事終わりまで待っていたのだろうか。
めぐみは佐藤くんの顔をまともに見ることができなかった。
夜の公園は2人以外誰もいない。
誰ひとり通らない。
寒ざむしい白色の街灯が2人は照らしている。
真っ暗な夜空の下、街灯に照らされた佐藤くんは尋常じゃないほどカッコ良く映る。
佐藤くんを直視することは出来ないほど、めぐみはカッコ良いと感じていた。
足を軽く組み、タバコを一本吸いながら時よりフレッシュマートで購入した缶コーヒーを飲む。
すべてのしぐさがパーフェクト。
めぐみは改めて佐藤くんと2人だけの時間をかみしめるように、ミルクティーを強くにぎる。
佐藤くんの吸ったタバコの煙が、わずかに舞うと小さな声で話はじめた。
「おれ、LINEやってないんだわ。」
めぐみは、少し驚きながら佐藤くんを見ていった。
「えっ!そうなの?本当に?」
佐藤くんは、めぐみにチラリと目線を向けて話続けた。
「うん、本当に。
めんどくさいじゃん、やれ既読だの、返信とかさ、、、だから、ほぼ電話で済ますか、直接話すくらいかな。」
めぐみは少しテンション低く呟いた。
「そう、、、たしかにめんどくさいこともあるけどね、、」
佐藤くんはタバコを時折吸いながら話を続けた。
「それにさ、書いてくれた電話番号、間違えてない?現在使われてないとか言われるんだけど、、、」
佐藤くんは少し笑いながら、めぐみにメモを見せた。
めぐみは佐藤くんに近寄りメモを覗くと、声をあげて佐藤くんを見た。
「えっ?あ!!うそ!最後が7じゃない!8だ!
えー!やだぁ!なんで間違えたんだろう、、、わたし、バカすぎる」
佐藤くんは笑っていた。
「繋がらないわけだ、、、おれ、一応電話かけたから、
でも知らない人に繋がらなくてよかったよ。
間違い電話してムッとされたら、おれの方がへこむ、、、、」
めぐみはバツが悪そうに佐藤くんに目を向けて手を合わせて謝った。
「ごめん、本当にごめんなさい」
佐藤くんは優しい笑顔を見せてくれた。
「まぁ、でも、電話じゃ話にくいから、直接話そうと思ってたし、、」
2人は再び数秒、沈黙になった。
めぐみは再び心臓がドキドキと高鳴り、嫌な胸騒ぎを感じた。
佐藤くんはコービーを一口飲み、話はじめた。
「オレさ、、、今年の4月にガソリンスタンド退社するんだよ。」
めぐみは佐藤くんを凝視するように見つめて呟いた。
「えー!?退社?辞めちゃうの??どうして、、、?」
佐藤くんは目を大きく見つてくる、めぐみに少し微笑みを見せながら冷静に答えた。
「なんて言えばいいのかな、、、4月からアメリカのロサンゼルスに行くことになってて、、、」
めぐみはテンション低く呟いた。
「アメリカ、、、留学ってこと?」
絶望的だった。
退社しても都内や他の職場に移るなら、まだ希望がもてるがさすがに次の言葉が見つからない。
佐藤くんは、めぐみに気を使うように柔らかな話し方だった。
めぐみがショックを受けている様子は佐藤くん自身にも伝わるっていた。
「留学、、まぁ、そんな感じかな。
おれ、整備士としてもっと勉強したくて、それでオーナーに口を聞いてもらって、アメリカで有名なカスタムショップに修行させてもらうことになってね、」
めぐみのショックははかりきれない、正直佐藤くんの言葉に対しても
「何で?日本じゃダメなの?!」心の中で繰り返している。
そんな言葉が伝わるように佐藤くんは沈黙を埋めるように話を続けた。
「日本だとさ、カスタムカーなんて支流じゃないから、なかなか勉強できないし、それじゃ食べて行けないんだよね。
アメリカは、古い車をカスタムシして命を再び吹き込んで、オークションで売る、、そんな世界で腕磨きたいなって、、思ってたんだよね。」
めぐみは佐藤くんを見つめて呟いた。
「ずっとアメリカに行って帰ってこないの?」
寂しげに呟やくめぐみに佐藤くんはさとすような笑顔で答えた。
「そうだね、少なくても3年、5年は仕事して勉強するかな、、、、こんな話、電話で伝えることもできなくて、、なんて言えばいいのか分からないから、ごめんね」
めぐみはミルクティーを握りながら考えていた。
はじめて会話らしい会話をした。
一年近く大好きだった佐藤くんをアメリカに行くからとすぐに気持ちを切り替えてあきらめることなんてできない。
やっぱり佐藤くんが大好き。
愛想ない佐藤くんが今は愛想笑いして気を使っている。
それが切なくて苦しくてたまらなくなる。
めぐみは、佐藤くんを見つめて伝えた。
「なら4月まで私と付き合って」
佐藤くんは驚くように、めぐみを見つめて呟く。
「えっ?!いや、、2ヶ月しかないし、、付き合ってて、、、」
めぐみは真面目な顔で少し強引な口調で言った。
「2ヶ月でも、一緒にたくさんの思い出作れると思う。
私のこと嫌いなら無理だけど、もし嫌いじゃないなら、、最後に思い出作りたいの」
佐藤くんは呆気にとられるように言葉を選ぶように返した。
「嫌いじゃいって言うか、嫌いも何もよく知らないし、、嫌いじゃないけどさ、、、さすがに2ヶ月じゃ、、、それに、おれと一緒にいても楽しくないでしょ。
良い思い出なんて、、作ってあげれないし、、」
佐藤くんは目線を反らして呟いた。
「楽しいとか、楽しくないとか、そんなの分からないじゃん。
まだ、何もはじまってないんだから、、
私のこと、よく分からないように、私だって佐藤くんのこと知らないもん・・・
だから、楽しくないとか楽しいとかも分からないじゃん。」
めぐみの強い口調に佐藤くんは反らした目線を再び戻して優しく微笑んだ。
「まぁ、、そうだね。
まだ、何もはじまってないし、、お互いのこと、分かってないもんな、、
たしかに、、楽しいとか楽しくないとか、、わからないよな、、、、
うん、、、2ヶ月しかないけど、一緒に思い出、作ることもいいかもね、、」
めぐみと佐藤くんは互いに見つめ合い笑顔を見せた。
たった2ヶ月の思い出作りは今日からカウントダウンをはじめた。
別れる為に出会い、別れる為の思い出作りは後悔に終わるかもしれない。
どんなに楽しい時間を刻んでも、どんなに気持ちが高ぶっても、結局最後は別れる。
佐藤くんを好きなればなるほど、きっと辛い思い出になる。
それでも、今、きれいごとでさよならをすることが出来なかった・・・
佐藤くんを一時間前より、また好きになっている。
めぐみは自分自身で驚くほど強引に佐藤くん思いを伝えていた。
そんなめぐみに推しきられるように佐藤くんはめぐみの思いに答を返した。
佐藤くんが退職することは、
まだガソリンスタンドのスタッフには話していなかった。
佐藤くんは1ヶ月をきったあたりに仲間には説明すると言っていた。
もちろん、めぐみもアヤに話すことはしていない。
佐藤くんとめぐみ2人だけの秘密。
2人は水曜日の休みを合わせて、思い出作りをはじめた。
第5話 想い出作り
別れることを限定とした思い出作り。
最後は無駄な思い出になる。
きっと、めぐみも佐藤くんも心の中で感じていた。
思い出作りと言ったところで、どんな思い出を作れば良いかわからなかった。
どんな思い出を作れば正解なのか、どんな思い出を作れば後悔しないのか、正直わからない。
ただ、言えることは、あの時、「そう、、、仕方ないね」と言う選択肢を選んで自分自身を納得させることはできなかった。
別れる為でも2人で過ごしたい、同じ時間を共有したいと率直に思った。
約1年の片思い、愛想なしの毎日を少しでも埋めたかった。
佐藤くんと過ごす思い出作りは、何か特別なことをするわけではない。
一般的な恋人同士のようなデートを繰り返した。
ベタ過ぎるメジャーな場所しか考えつかない。
お台場、横浜、大黒ふ頭、江ノ島、、佐藤くんの愛車でドライブを繰り返した。
佐藤くんは最寄り駅の阿佐ヶ谷まで愛車のレガシィで迎えにきてくれる。
10年落ちの黒のレガシィは、とてもきれいだった。
車内は微かにムスク系の香りがする。
装飾品を飾るわけでもなく至ってノーマル仕様のレガシィは車を好きな佐藤くんらしい。
カーステレオだけは低音が響くウーハーボックスを取り付けたと言っていた。
めぐみは免許もないし、正直、車にも詳しくもない。
ウーハーボックスと言われたところで良くわからなかった。
それでも、佐藤くんは車の話をするときが楽しそうだった。
車に詳しくないめぐみの為に丁寧に説明してくれる。
佐藤くんは得意分野になると、わりと話好きでおしゃべりだった。
佐藤くんと過ごす時間は、とても楽しいとめぐみは感じていた。
イマイチ、ピンとこない車の話でも狭い車内で2人きりで話せる時間は幸せだ。
目的に到着するよりも車内で2人きりで話ている時間が愛しい。
佐藤くんが少し深くシートに座りハンドルを軽く握る横顔がカッコ良い。
そして時折、
チラっと助手席のめぐみに目をむけて笑ったり驚いたり表情を変える。
「ごめん、タバコ吸ってもいい?」
毎回、断って少しだけウィンドをおろす。
毎回「全然大丈夫だよ。気にしないで」と答えは同じなのに。
信号待ちで佐藤くんにミントのタブレットを手渡すめぐみ。
「たべる?」
佐藤くんは左の掌を見せて頷き返事を返す。
「うん、ちょうだい」
予想外にミントのタブレット粒がケースから飛び出て2人は爆笑した。
さほど面白い出来事でもなくタブレット粒にありがちなハプニングでも、
今の2人とっては全てが新鮮で楽しめた。
夕暮れ、湘南のサンセットビーチには、
つかの間の思い出を求めて恋人たちが訪れる。
めぐみと佐藤くんも同じようにオレンジ色に染まり消えて行く夕日を砂浜の石階段に腰をかけて眺めていた。
若々しい学生服を着ている地元の恋人や少し訳ありな大人の恋人、幸せそうな夫婦、海鳥も砂浜を歩く鳩もみんな沈み行く夕日を眺めて何を思っているのだろう。
繰り返して消える波の音が染めて行くと切なさを感じる。
きっと言葉には出来ない寂しさを感じている。
佐藤くんはめぐみをチラリと見て声をかけた。
「気になることがひとつあるんだけど聞いてもいい?」
めぐみはクスッと笑いながら、佐藤くんを見て答えた。
「何、、、急に改まって?」
佐藤くんもクスッと笑った。
「左耳だけ、どうしてシルバーのフープピアスしてんのかなー?って思って・・・
女子で左耳だけなの珍しいよね?普通、両耳するよね?」
やっぱり佐藤くんはめぐみの左耳のピアスの存在に気づいていた。
まさか佐藤くんとお揃いにしたくて、、とはストーカー的な行動を言えるわけもなく、、
いや、
いっそうのこと今の関係性的に本当のことを話しても引かれない気もする。
めぐみは数秒考えて照れくさそうに呟くように言った。
「両耳するつもりだったけど、痛かったから片耳だけにしたの」
佐藤くんはめぐみを見ながら笑っている。
「え?本当に?そんな痛くないでしょ?ピアス開けるの、、、」
めぐみは佐藤くんから目をそらして少しすねたように答えた。
「痛かったものは痛かったの、、なんでそんなこと聞くの?」
佐藤くんには見透かされている。
佐藤くんは少し意地悪な微笑みを見せている。
「だってさ、俺と同じ場所に同じ色のフープピアスしてるから、気になるでしょ。普通」
めぐみはチラッと佐藤くんを見て恥ずかしそうに小さな声で呟くように言う。
「予想つくなら聞かないでよ」
佐藤くんはクスッと笑い、めぐみから目をそらして今にも消えそうな夕日に目を向けた。
2人の絶妙な距離、まだ2人は肩を寄せるほど親しくなれない。
佐藤くんはさりげなくめぐみとの距離を縮めるように手摺に沿いながら近づいた。
2人の間に隙間がなくなるとポケットから小さな袋を取り出してめぐみの手を平を握るように手渡した。
「えっ?なに?」
驚くめぐみは真横に並ぶ佐藤くんを見上げた。
佐藤くんはめぐみを見つめるように 少し腰をまげて答えた。
「ピアス、、プレゼントと言うか、2つセットだからあげる。
俺も1つしか左耳に開けてないから、、、」
佐藤くんが手渡した小さな袋には金色のフープピアスが入っていた。
めぐみはキラキラと輝く小さな金色のフープピアスを手にとり、佐藤くんを見つめた。
「えっ!本当に?嬉しい!ありがとう!
あっ、佐藤くん、もう金色のピアスしてるの?」
海風に吹かれて佐藤くんの重めな前髪がゆれている。
色黒の佐藤くんの肌に似合う金色のフープピアス。
佐藤くんは、めぐみを見つめて言った。
「つける?」
めぐみは大きく頷いた。
海風に揺れるめぐみの髪の毛、佐藤くんはめぐみの耳に軽く触れてシルバーのピアスを外す。
頷き返事をしためぐみだが佐藤くんに初めて触れられるとくすぐったい。
想像すれば心臓の鼓動は早くなる。
恥ずかしい気持ちが高まり、めぐみの頬は赤く染まっていく。
まだ2人はキスどころか手も繋いでいない・・・
優しく微かに耳タブに触れるたびに妙にくすぐったくて身体が反応する。
「はい、つけたよ」
佐藤くんは外したシルバーのピアスを手渡した。
「あ、ありがとう」
照れた表情でめぐみは佐藤くんを見つめて大きく息をはいて呼吸を整えた。
緊張しているめぐみを見て佐藤くんは、ふっと微かに笑顔をみせた。
「そろそろ、帰ろうか、、、」
毎回デートの終わりを告げる言葉は佐藤くんからだった。
毎回、佐藤くんはめぐみを自宅近くまで送ってくれる。
毎回、期待している言葉は聞けない。
佐藤くんは紳士だ。
「どこか泊まろうか」なんて言うわけもなくて、、、、
手も繋いでくれなくて、肩を抱きよせることも、抱き合うことも、キスを交わすこともない。
だから恋人同士のデートではなくて、友達同士のお出掛け。
それでも、1日1日はかけがえのない思い出になる。
目的の場所に向かう車の中では、乗った直後から到着するまで2人は隙間なく会話をしている。
カーステレオから音楽が流れていることも気にならないほどに。
帰りは、カーステレオの音楽がやけに響く。
2人の会話も隙間時間が多くなる。
佐藤くんはハンドルを握りながら、前を見て何かを考えているように涼しげな視線。
何かを考えていても佐藤くんはきっと言葉にしない。
デートも残り1回になる。
たくさん楽しい時を刻んだ。
たくさん佐藤くんと会話をした。
佐藤くんは毎回同じ商品を購入する理由は、ただ単純に選ぶことがめんどくさいということと、コッペパンが好きたと言う理由だけ。
佐藤くんは基本的に食に興味がなくて少食。
特に仕事中は満腹になると眠くなるから、あまり食べないと言っている。
15時に一人で休憩する理由は、英語の勉強しているところを邪魔されたくないからだった。
佐藤くんは見ていないようで、とても細かいところを見ていて、感がいい人だった。
アヤがサボっていることも感じていた。
「夜にタバコを買いに行ったことあるけど、めぐみちゃんの友達、壁に寄りかかって毎回スマホ見ているよね。
それから、なんかなぁ、、、って思って、あんまり夜に買い物しなくなった。」
たしかにアヤは壁に寄りかかってスマホをしている。
店内カメラにばっちり映っていてもおかまいなしだ。
社長夫妻も昼のパートからは冷ややかな対応をされている。
佐藤くんもアヤの接客態度を知っていたことに、めぐみは思わず笑ってしまった。
佐藤くんは続けて話した。
「めぐみちゃんのシフトも、あれって友達の穴埋めしてるんでしょ?
申し訳ないね、それについてはウチの中山にも原因はあるから・・・年中、アヤちゃん、アヤちゃん、、って言ってるからさ・・・ほんと申し訳ない。」
めぐみと佐藤くんは互いにニガ笑いをした。
「でもさ、店内のポップもめぐみちゃんが作っているんでしょ?すごいきれいだし、俺、内心はガソリンスタンドのポップも書いてほしいなって、、思っててさ、、、」
めぐみは少し驚き、佐藤くんに聞き返した。
まさか店内ポップまで佐藤くんが見て気づいていたなんて思いもしないからだ。
「えっ?!店内ポップ、よく私だって気づいたね?
まさかポップ見ているなんて思いもしなかった、、、ガソリンスタンドのポップ、言ってくれたら、喜んで作ったのに」
佐藤くんは、めぐみを見て答えた。
「そりゃ毎日のように行ってたからポップも目に入るし、、、それに、めぐみちゃんが働く前はポップなんてなかったしさ、、段ボールに値段だけ書いてあるみたいな、、、」
めぐみは声をだして笑った。
「そうそう。あれね、 社長が適当に書いていたの。
私、イラストとか書く好きで、、イラストレーターになりたかったときがあるから、結構、ポップ書くこと楽しくて、、、それから、私がポップ担当みたいになって、、夢中で描いてたの」
佐藤くんはめぐみを見つめながら言った。
「イラストレーターかぁ、、素敵な夢だね。
夢って言うか、まだまだやれるじゃん。
もったいないよ。
夢なんて言ったら、才能あるんだから」
めぐみは照れたように微笑み答えた。
「才能あるのかな、、、でも根性なくて、すぐ挫折しちゃう」
佐藤くんは答えた。
「何か夢中になれるもの、見つかるって、、、すごいことじゃん。それでさ、たとえ挫折しても、それはそれでいいんだよ、あきらめない限り何度でもやれるから・・・」
いつになく真面目な表情で呟いた佐藤くんの言葉。
やけにめぐみの胸の中に残り続ける。
ただ夢中になれるものに貪欲に進み続ける佐藤くんだからこそ響く言葉。
めぐみは佐藤くんを見つめて呟いた。
「佐藤くんちゃんと見てれてたんだね、、、ありがとう」
佐藤くんはハンドルを握ったまま前を向いて呟やいた。
「俺には友達よりもめぐみちゃんの方がずっと魅力的に見えるけどね。」
めぐみは佐藤くんを見つめて言葉を返した。
「ありがとう・・・それだけで十分だわ」
2人は照れたように目線を合わせて微笑んだ。
最後のデートも特にデートらしい出来事もなく終わる。
自宅近くで佐藤くんが車を止める。
もう佐藤くんと出かけることもないと思えば別れの言葉が声に出せないめぐみ。
佐藤くんはハンドルから手をおろすと助手席に座るめぐみを見て呟いた。
「ありがとう、、、」
めぐみは佐藤くんを直視できなかったが佐藤くんは目をそらさず見つめていた。
「うんん、私の方こそ、ありがとう、、、明日だね。出発点。」
「うん、、、見送りしてくれるの?」
「うん、、、最後だから行ってもいい?」
「もちろん」
2人は数秒の短い会話を交わした。
めぐみは助手席のドアを開けて外へ出ると腰をかがめて、窓を軽く覗き込みながら佐藤くんを見て右手を振った。
佐藤くんは同じように右手を軽く振った。
エンジンをかけ直し愛車を静かに走らせる。
めぐみの瞳は滲んでいた。
佐藤くんの愛車がぼやけて見えにくい・・・
呆気ない終わり。
いつだって終わりは呆気ないものだ。
どれだけたくさんの思いを重ねて時間かけてはじまった恋も終わりは一瞬。
結局、佐藤くんは友達以上の関係になることはないまま・・・
まるで義理で付き合ったように味気なくて「楽しかった」なんて呟いても、
めぐみの佐藤くんは出会ったときのまま。
最後のデートをした佐藤くんはやっぱり愛想なくて味気ない・・・
愛想なしの佐藤くん・・・
めぐみは心の中で呟いていた・・・
第6話 最終章 また、会う日まで
めぐみは初めて有給休暇をもらった。
その日は、珍しくアヤがめぐみの代わりに出勤してくれている。
1ヶ月が過ぎた頃にアヤが中山から聞いた情報をあわてて、めぐみに話す。
「めぐ大変!!佐藤くん、ガソスタを退社するって!!4月末だってよ!?今日、中山が教えてくれて!?どうする?もう告白しちゃいなよ!」
いつものカフェでアヤは切羽詰まったように言った。
めぐみは初めて佐藤くんとの出来事をアヤに話した。
チョコレートとメモを渡した、あの運命的な夜のこと、寒い夜の公園で佐藤くんと過ごしたこと、佐藤くんから聞いた衝撃的な言葉、
そして2人で過ごした期間限定のデート。
アヤは驚いていた。
かなり驚いて険しい表情になったり、悲しい表情になったりと喜怒哀楽な表情をめぐみに見せて話を真剣に聞いていた。
そして言葉に詰まらせていた。
「なんて言えば良いか分からないけど、でも、それでいいの?本当にさよならして、、、ずっと好きだったんでしょ?4月以降会えなくなるんだよ?」
めぐみは静かに頷いた。
めぐみ自身も何の言葉を言えば良いのか分からない。
アヤの言葉がジワジワと胸に染まっていく。
たしかに4月から会えなくなる。
毎日のように会っていた佐藤くんに会えなくなる。
当たり前の日常が当たり前じゃなくなるとき、どんな感情になるのだろう。
何もかもやる気にならなくなるのかも知れない。
佐藤くんと過ごした約2年が4月以降、何もなかったような日々に変わる。
愛想なし!安定の愛想なしの表情は、伏し目がちで冷たくて、それでも妙にカッコ良くて魅力的で、めぐみを惹き付けて行く。
愛想なしだけど、時折、、
微かに微妙なほどに微笑みを見せてくれた。
あのボールペンの出来事を忘れない。
奇跡は何の予告もなく突然に訪れる。
少しの勇気で何かが変わる。
あの日、勇気をださなければ今でも、
きっと愛想なしの毎日を過ごして愛想なしの佐藤くんとさよならをしていただろう。
愛想なしの佐藤くんと出会って、ほぼ愛想なしの毎日が埋めてしまっていた。
それでも2ヶ月の出来事が2人過ごした季節を塗り替える。
すごく楽しい時間に。
まるで愛想なしの佐藤くんなんていなかったように。
優しくてカッコ良い佐藤くんしかいないように。
2人で塗り替えた思い出が楽しいほど、相手を失った日々は辛い。
だとしても、佐藤くんについて行くこともできない。
さすがにロサンゼルスは通すぎる。
ハワイでさえ行ったことないのに。
何よりも佐藤くんと言葉だけの関係でしかない。
付き合ったなんて言えない。
ただ2人で過ごしただけ。
佐藤くんから一緒にロサンゼルスに来る?とも言われていない。
キスも抱き合ってもいない。
佐藤くんは遊びに行くわけじゃない。
スキルアップの為にロサンゼルスに行くのだから。
いくら図々しく当たって砕けろ精神を貫くめぐみだとしても、
さすがに佐藤くんについていくことは出来ない。
佐藤くんと過ごした短い時間、佐藤くんの存在をあらためて感じ知ることができたから、勇気だけでは出来ないことがある。
参加くんは周囲が一目おくほどストイック。
そのストイックな性格で自分が描いたことを叶えて行くヒト。
そして誰よりも気を遣い、見過ごしてしまう場所も見ている。
めぐみ自身が想像していたよりも魅力に溢れているひと。
だから、佐藤くんの夢を応援したいと心から思っている。
そしてめぐみも佐藤くんに感化されたように自分を変えたいと思っていた。
そんなことを考えていると、今は好奇心で守られている。
佐藤くんとめぐみは成田空港でわずかな時間、飛び交う飛行機を眺めていた。
そこに言葉はなく、互いに並んでガラス越しから、
真っ青な空に何機も飛び交うジャンボジェット機を眺めていた。
電光版が飛び交う度にめまぐるしく行く先を変える。
それぞれの思いをのせて。
好奇心で守られていても、別れの時間が迫ってくると切なさに勝てない。
言葉が頭に浮かんでこない。
声に出した瞬間に言葉がつまりそうだった。
佐藤くんは、空を眺めながら呟いた。
「ありがとうね、、、ほんと、楽しかった。
楽しすぎて、ロサンゼルスに行きたくなくないと思うほど。」
佐藤くんの言葉が聴こえてきた瞬間、めぐみの胸の奥はギュッと苦しく痛くなる。
こらえていた感情が溢れて涙がでてくる。
めぐみは空を見上げて呟いた。
「なら、、ロサンゼルスなんて行かないでよ」
最後のわがまま、あきらかに涙声だった。
感の良い佐藤くんは、きっと気づいている。
「そんなこと言うなよ、、、ちゃんと勉強したら戻ってくるからさ、、、」
佐藤くんは、めぐみの背中越しに立ち手を回して強くめぐみを抱きしめた。
はじまて佐藤くんに抱きしめられた。
最初で最後の優しい間隔。
めぐみは背を向けたまま呟いた。
「戻ってくるっていつ?」
「5年、5年したら必ず戻ってくるから、そのとき、もっと楽しい思い出作りはじめよう、、、」
佐藤くんが耳元でささやく。
佐藤くんが背後なら回した手にめぐみは自分の手を重ねて呟く。
「5年、、、5年は長い、何もかも変わってしまう年月だよ、、、きっと佐藤くん、私のこと忘れちゃう、、、」
すねているめぐみを佐藤くんは振り向かせると、佐藤くんの手がめぐみのほほを優しく触れる。
佐藤くんは、めぐみの瞳を見つめて呟いた。
「変わらないよ、たった5年だよ、、、俺は必ず約束を守るから、、だから、信じて、、笑顔をみせて」
佐藤くんの顔がめぐみの顔に接近した。
めぐみは、佐藤くんの瞳を見つめた。
数秒の沈黙、佐藤くんが優しくめぐみの顔を引き寄せて唇を重ねた。
はじめて交わした佐藤くんとのキスは、
数分前に飲んだ缶コーヒーの味が微かにする。
柔らかくて、 暖かな佐藤くんの唇とめぐみの唇が少し長く重なる。
気持ち良くて幸せで、いつまでも離したくないとめぐみは思っていた。
だけど唇を離さなきゃいえない。
無情にも出発を告げるアナウンスが流れる。
それは、もう終わりだよ、、、と、告げているみたいに・・・
少し長いキスを交わして、2人の唇が離れて、互いに瞳と瞳を合わせて。
はにかむように笑顔を見せた。
最後に佐藤くんは、めぐみをギュッと痛いほど強く抱きしめた。
強く抱きしめられた間隔を忘れないように。
めぐみの耳元で佐藤くんは小さく最後の言葉を呟いた。
「愛してる、、じゃあね、、、」
佐藤くんも少し涙目だった。
「ありがとう、、、じゃあね、、、」
潤んだ瞳で、めぐみは佐藤くんに手を振った。
佐藤くんは背を向けて手を振り、ゲートに向かって歩いて行った。
そして、佐藤くんの夢を乗せたJALが空高く飛び立って行った。
いつだって口約束
5年後に絶対に戻ってくる保証なんてどこにもない。
佐藤くんは忘れてしまうかもしれない。
2人で過ごした時間も思い出も。
きっと忘れてしまう。
記憶は繰り返して重ねて行くものだから、、、
2人が過ごした時間は、きっと新しい記憶で塗り替えられるもの。
それでも、交わした言葉を信じるしかない。
記憶が塗り替えられても、感触は、きっとカラダの中に残る。
最初で最後の甘いくちづけ。
めぐみは、佐藤くんを乗せたジェット機を見送ると微笑む。
あの日から、めぐみと佐藤くんはeメールでやりとりを交わしている。
佐藤くんは忙しく時間に終われている。
それでも充実していた。
佐藤くんがロサンゼルスに行き、1ヶ月過ぎる頃、
ホットロッドガレージの仲間と一緒に写した写真も添付して送ってきた。
佐藤くんが勤務しているホットロッドガレージのメカニックたち、
オーナーであるリチャードは、みんな派手なタトゥーを両腕にして富強なカラダ。
佐藤くんは少年のように華奢だ。
見た目は強面な職場仲間も、
冗談好きな明るく優しい人達だと書いてあり肩を組んでいる。
毎日、見たこともないクラッシックカーに触れられて興奮している様子もeメールから伝わってくる。
それでも時間に常に終われて、徹夜の日もあるみたい。自分自身の選んだ道に後悔することはないように日々変化する刺激的な忙しい中でも楽しみを見つけている。
めぐみは、
佐藤くんと離れて半年後に夢だったイラストクリエイターの道に進んでいた。
イラストクリエイターの学校に通いはじめ、
フレッシュマートでバイトを両立している。
独学では学べないクリエイティブな世界で切磋琢磨している。
互いに遠く離れた場所でそれぞれの道を模索して前に進んでいた。
いつか、きっと会える日に、
胸をはれるように佐藤くんとめぐみは歩きはじめている。
きっと会える。
口約束でもきっと会える気がしていた。
あの日、最後の最後で交わしたキスで2人は 恋人同士になれたような気がした。
はじめて佐藤くんに出会ってから長かった。
遠回りして、やっとたどり着いたときにゲームオーバー。
それでも、いつか、また電源を入れたら2人は始まる。
あの甘くて切ない夢の続きを見ることができる。
互いに互いを忘れなければ、
5年という長い月日もきっと2人は乗り越えることができる。
雲ひとつない青い空、同じ空をきっと見て感じている。
空がきれいなこと・・・
佐藤くんとめぐみのstoryは、まだ終わらない。
まだ夢の途中・・・