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平成10年、水戸駅北口にあった丸井水戸店に出店
この連載では、戦後すぐに私の父が開業し、後に私が二代目社長を務めたおもちゃ屋「さくらトイス」について書いています。
東京・神奈川・千葉を中心に展開していた「さくらトイス」ですが、平成10年(1998年)、茨城県に初めて出店しました。
今回は、その頃のお話です。
平成10年、丸井水戸店に出店
「さくらトイス」水戸店の場所は水戸の駅前の丸井水戸店です。
丸井水戸店は、当時、水戸駅の北口にありました(2018年に閉店)。
ちなみに、水戸駅北口のデッキは、水戸黄門、助さん、格さんの銅像があることで有名ですね。
さくらトイスの出店舗範囲では1店舗だけが離れてしまう水戸店でしたが、丸井の依頼なので出店しました。
水戸の商圏を調べたところ、駅前よりもロードサイドにお客様が集まっていました。ロードサイドには大型玩具専門店のBANBANとハローマックがあったと記憶しています。
オープンしてみると、やはり、予想通りファミリーのお客様はロードサイドに行ってしまうので、うちに集まるお客様は男子学生が多く、カードゲームが中心の店になりました。
始めの店長は千葉県の自宅から通ってもらいましたが、次の店長は水戸に引っ越してもらいました。店長会議の時などは本部まで遠くて帰りが遅くなったときは特に大変だったと思います。
クリスマスの時は、私も泊まり込みで手伝いに行きました。店長はカードゲーム大会など開いて頑張ってくれましたが、カードやゲームソフト中心だったので粗利益率が少なく、頑張っても採算が取れなかったので、残念ながら平成17年(2005年)に退店しました。
平成14年、丸井国分寺に「リトルプリンセス」オープン
さくらトイスの社長になる前に担当していたファンシーショップが忘れられない私は、丸井に提案し、国分寺丸井の中に、さくらトイスとは別に女性対象のショップを出すことを考えました。「リトルプリンセス」という、ディズニープリンセス商品主体で、一部シュタイフのテディベアを扱うお店です。
ディズニージャパンの協力がないと、店のコルトン看板(乳白色のガラスの上にカラー写真フィルムを付け、内側から光を当てるもの)の画像使用や、店内の雰囲気作りができないので、提案書を作成し、ディズニージャパンに提出しました。
すると、「店名がリトルプリンセスではダメ」と言われました。「アメリカ本国で現在、Little Princessの名の下に企画が進行しつつある」とのことでした。
「それが日本に来る予定はいつですか?」と聞いたら、「まだアメリカでも展開していないので、日本にはいつ来るか分からない」と言われました。
そんなことはまったく知らなかったし、無い知恵絞って考えた「リトルプリンセス」の店名をどうしてもつけたいと説得し、最後には半ば強引に店名を「リトルプリンセス」としますと宣言して、名付けてしまいました。
もちろんディズニージャパンからアリエルやベル、シンデレラ等のプリンセス達の画像を頂き、コルトン看板を作りました。店の消耗品のショッピングバックも、丸井のものではではなくディズニーから購入した袋を用意しました。
こうしてリトルプリンセスは、平成14年(2002年)に丸井国分寺店内にオープンしました。
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開店当初はシュタイフのベアーも売れましたが、やはり一品単価が何万円もするので、たまにしか売れなくなり、販売はディズニー商品中心になってきました。
![](https://assets.st-note.com/img/1712743213424-NOzrtFvxm9.jpg?width=1200)
おもちゃよりは粗利益が多いので助かりますが、一品単価が低く、客単価がおもちゃとは雲泥の差なので、思ったほど上手くいきませんでした。
店の販売員はやはりディズニーファンが多く、一人はディズニーパレードのスタッフを目標にダンスレッスンにも通っていました。
後に彼女は念願の主要キャストになれ、パレードに参加していました。
この店はさくらトイスの最後まで、国分寺で営業していました。
1992年にトイザらスがオープンして10年が経ち、ハローマックやBANBANのロードサイドの大型玩具専門店、ビックカメラ等の家電量販店の玩具売場設置など、おもちゃ売り場が拡充してきた時代でした。
そのためさくらトイスでも、店舗販売だけでは難しいと考え、ネット販売を考え始めました。
このお話は、次回にいたしますね。
昭和27年から平成19年までの55年間、東京・埼玉・神奈川・千葉・茨城の各地に34店舗を構えていたおもちゃ屋「さくらトイス」の2代目社長を務めた私が、おもちゃ屋の思い出話、懐かしいおもちゃのことをつづっていきます。毎月11日に公開予定ですので、続きをお楽しみに!
また「さくらトイス」のことを覚えている方、ぜひコメントをくださいね。
編集協力:小窓舎