「石丸が論破!相手オカシイ」との感想の愚かさ
東京都知事選挙に出た石丸伸二氏が知ったか振りをするところから胡散臭く感じていた。具体的には、ひまそらあかね氏との漫画談義と、安芸高田市長時代に石丸氏が出演したTV番組での現地リポーターであった井上咲良氏の石丸氏への違和感の吐露から感じたものだ。そこから、色々見ていくなかで「コイツは理屈っぽく言っているように見せかけた詭弁を駆使する口だけ番長だな」と直ぐに理解した。
「こんな無茶苦茶を言っているようでは支持は集まらんやろ」と思っていたのだが、なんと得票数第2位となった。更には後に石丸構文と呼ばれる、古市氏との間でのトンデモ問答が、日本テレビ系ユーチューブ生配信「【東京都知事選挙】石丸伸二氏に聞く 今後の政治活動など 小池氏当確」で放送された際にもビックリした。このときビックリしたのは画面横で流れる同時接続者のチャットである。石丸氏は無茶苦茶しか言っていないにも拘らず、古市氏の方を非難している人間が多数居たのだ。「え?石丸ってマトモに応答しようとしていないぞ?聞いていて分からないものなのかな?」と不思議な感覚になった。
ユーチューブ生配信での問答のデタラメっぷりからX(旧Twitter)で進次郎構文と同様に石丸構文としてフォーマットが作られて玩具になっている。コーヒー屋と客の遣り取りを始めとした、フォーマットを共有する石丸構文の遣り取りが創造され、石丸構文が如何にデタラメであるかを示し、元ネタになった問答も同様にデタラメであるのだと周知されようとしている。
この石丸構文のデタラメさは上記に引用したコーヒー屋石丸構文で十分に伝わるかとは思う。他にもマクドナルドでの注文であったり、緑の窓口での遣り取りあったり、石丸構文は具体的シーンに当てはめると如何にデタラメであるかを示した秀逸なものが創造されている。しかし、原文での分析はなおざりにされているようなので、本稿では原文での遣り取りを見ていきたい。
■政治屋問答の原文でみる石丸氏の詭弁
まず、石丸構文と呼ばれる元になった問答を文字に起こしたものを提示しておく。また、そこに至るまでにあった、古市氏の石丸氏への違和感、および番組で述べられた石丸氏の政治屋の定義について、その経緯も簡単に書いておこう。
経緯と併せて問答をみると石丸氏が詭弁を駆使している様子がよく理解できるだろう。あまりにも明白な詭弁で私自身の感覚だと「解説は必要なのかなぁ?」というのが正直なところだ。とはいえ、騙されている若者が多い様なので解説していこう。
古市氏は「"安芸高田市長→東京都知事選挙出馬→(例示した)広島1区で国政選挙出馬"という石丸氏の政治行動は、それこそ自分第一の"政治の為の政治を行う"事それ自体ではないのか?」との疑義を投げかけている訳である。「石丸氏は自身のキャリアが目的で都知事選挙に出たんでしょ?つまり"石丸氏個人の職業"としての政治家のキャリアプランの必要性から東京都知事選挙に出たということなんだから、まさしく石丸氏は政治屋として行動しているよね?」と古市氏は問い質そうとしている。問答の大前提をまずおさえて欲しい。
さて、問答の各部を詳細に見ていこう。
古市氏は、石丸氏の政治屋の定義からすると石丸氏自身がそれに当てはまるんじゃないのかと質問しているのであって石丸氏がいう政治屋の定義をもう一度言えと要求している訳ではない。したがって、堂々巡りには一切なっていない。石丸氏が語った政治屋の定義を踏まえて古市氏は質問しているのだから「先ほど定義についてお話しましたよね」との反駁は無意味だ。
この箇所は「先ほど定義についてお話」から為された政治屋の石丸氏の定義では「アンタが批判してるヤツとアンタ自身の違いが分からん」との石丸氏への古市氏の認識を大前提としている。そして、「先に自分は政治屋とは違うとアンタ言ってるけど、アンタ自身の定義に従えばアンタはまさしく政治屋だろう?まったく別の政治屋の定義を用いて自己認識してんのか?」と問い質している。
この箇所は、明らかにされている石丸氏の定義に従えば石丸氏は批判対象と同じ政治屋に他ならないことが大前提である。その上で「さっき答えたばっかり」の政治屋の定義であれば「自分が当てはまっていたらシャレにならない」と開陳された石丸氏の自己認識は誤りである。したがって、「さっき答えたばっかり」の政治屋の定義と「それに自分が当てはまっていたらシャレにならない」との自己認識は矛盾しており、少なくともどちらか一方は必ず誤りである。
この箇所は、「さっき答えたばっかり」の政治屋の定義と「自分が当てはまっていたらシャレにならない」との自己認識は矛盾しており、少なくともどちらか一方は必ず誤りということが大前提である。自分は政治屋ではないとの自己認識と矛盾しない、自分に対してだけ適用している政治屋の定義は何なのだと問い質している。
先の政治屋の定義と石丸氏の自己認識の矛盾を前提に、自己認識と矛盾しない政治屋の別の定義があるのかと古市氏は質問しているのだから、もう一度同じ定義を繰り返したところで意味はない。もしも、先の政治屋の定義を維持するのであれば石丸氏自身は政治屋であるということになる。
「自分が当てはまっていたらシャレにならない」との発言が正しいのであれば、石丸氏自身が政治屋でないとすると別の政治屋の定義がある。この箇所では、そんな別の政治屋の定義を明かにせよと古市氏は迫ろうとしている。
石丸氏の自己認識と先に挙げられた政治屋の定義との矛盾からすれば、石丸自身に適用している政治屋の定義は、先に挙げられたものとは別の定義である。したがって、「さっき言ったばっかり」の政治屋の定義の定義に従うならば、石丸氏自身は政治屋である。
石丸氏がいう政治屋の定義とは繰り返しになるが、以下のようなものだ。
上記の行動を取る政治家を政治屋として石丸氏は批判している。一方で「安芸高田市長→都知事選立候補」との政治活動を行う。この石丸氏自身の活動は批判対象の政治屋の活動そのままではないのか、その石丸氏自身の活動と批判対象の政治屋の活動の違いは何かと古市氏は問い質している。
この箇所は、石丸氏の政治屋の定義によれば批判対象の政治屋の活動と石丸氏自身の政治活動の区別がつかないことが大前提になっている。したがって「ん?さっきの定義の話は?」との石丸氏の疑問は的外れである。すなわち「オマエの定義だとオマエも同じ穴の貉なんだが何が違うワケ?」と古市氏は問い質しているのだから、政治屋の定義問題から一歩も離れていない。
繰り返しになるが(全部にわたってそうなんだが)、自分を別扱いできる定義は何なんだと古市氏は問い質している。
この問答全般にわたって石丸氏が言うところの"政治屋"という言葉を巡る問題が焦点となっている。石丸氏が批判する政治屋に石丸氏自身が当てはまる問題なのだ。したがって「言葉の定義じゃなくて、相違点を聞いてる」という石丸氏の古市氏の意図の理解は誤りである。言葉の定義の問題であり、また、石丸氏自身が政治屋の定義に当てはまらないとする相違点があるとするならばそれは何かという問題でもある。
この箇所は、石丸氏は政治屋を批判しているが、自分も批判している政治家と同様の活動をしているよねと確認しようとしている。つまり、あくまでも石丸氏のいう"政治屋"とはという言葉の定義の問題から離れていない。ただ、古市氏の質問途中で遮られているのでひょっとしたら違うかもしれない。まぁ、そんなことはないだろうが。
古市氏は一貫して、先にも俗っぽく言い表したように「オマエの定義だとオマエも同じ穴の貉なんだが何が違うワケ?」という主張し、石丸氏を問い質している。したがって「もうちょっとまとめて質問してもらっていいですか?」もクソもない。
他の石丸氏の遣り取りもみると、コーヒー屋の石丸構文の例で示された構造そのままの、相手の発言の意図を一切無視しているものばかりである。それにしても、若い世代の人は石丸氏の発言の詭弁に気づかないものなのだろうか。
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