全てはこの一杯のために、足腰の神様に初詣
足腰の神様
「子の権現」
正式には「天台宗特別寺子の権現天龍寺」という埼玉県飯能市の子の山にあるお寺だ。
登山雑誌や、ネットの登山サイトでは
新年にオススメの登山コースとして、よく紹介されている。
初めて訪れたのは、5年前の子年。
この時は、子の権現にお参りした後、竹寺に降って精進料理を頂いたっけ。
今日は、伊豆ヶ岳に登って稜線を歩き、子の権現にお参りするコースを歩く。
子の権現下には、有名なうどん屋さん「浅見茶屋」がある、そこのうどんも目当てで、朝早く出発する事にした。
正丸駅、8時30分
ここで電車を降りた登山者は4人、私一人じゃないとホッとする。
登山慣れした感じのお兄さんが進んだ道を、少し遅れてスタートする。
よく晴れて、青空には白く光る小さな飛行機が浮かんでいる。ゆっくりと沢沿いの道を緩やかに登る、飛行機もゆっくりとついてくる。
埼玉の飯能市は林業の町なので、飯能の山は杉や檜の針葉樹の森が多い、という事は、山の中は暗くて、冬は寒い。
あえて今年は、この寒い中を歩きたいなぁと思った。晴れて良い天気だけど、山の中へ入ると日が入らないから、寒いのだ。この寒さが気持ちいい。清々しい。
分岐で、地図を見て方向を確かめているうちに、前を歩いていたお兄さんを見失ってしまった。お兄さんが行った方向へ歩みを進める。
埼玉の低山では、意外と道迷い、転倒などによる遭難が多い。理由は行き届いていない登山道整備と、わかりにくい道標だと思っている。(それでも、こうして山歩きが出来る事は、最初に登山道を整備してくれた人がいるからで、ありがたい)
「伊豆ヶ岳」という道標を頼りに歩いて来たのに途中から「大蔵山」になり、その後、「名栗元気プラザ」という標識に変わってしまった。
「名栗元気プラザ」ってどこ?地図を見るが見当たらない。私は伊豆ヶ岳に登りに来たのに、案内版は私を「名栗元気プラザ」につれて行こうとしている。
なんで!誰が!こんな山の中を通って「名栗元気プラザ」なる人工物へ行くんだ?
不安とイライラが襲ってくる。もう一度地図を見るが「名栗元気プラザ」の文字はない!
と、ある記憶が降りてきた。
「そうだ!わかった!」
息子と初めて伊豆ヶ岳に登った時、車を停めたあの場所だ!名栗元気プラザから伊豆ヶ岳山頂までは、急斜面だったが1時間くらいで登ったはずだ。
記憶とは不思議な物だ。思い出そうと思ったわけではないのに。
記憶は脳に留めておく物ではなくて、空間にあるものだ、とあるセミナーで聞いた。息子と登った伊豆ヶ岳の記憶は、この場所にあって、途中の登山道の様子や、岩場を楽しそうに
「もう一回!もう一回やってもいい?」
といって、広く開けた岩場を、鎖を掴んで登って行く様子も思い出された。
懐かしい記憶にほっこりし、道は間違えてないと確信し、安心して先へ進む。
途中迎えてくれる大きな岩。
ここまで登ってくると、針葉樹林から落葉樹林に変わり、葉を落とした木々の森はポカポカと暖かい。
分岐に着いた、右に行くと「名栗元気プラザ」左に行くと、伊豆ヶ岳。道を間違えて無かったことがわかり、ホッと一安心だ。
登山道はカラカラに乾いて、ここに枯れ葉が落ちているから滑りやすく、歩きにくい。だんだんと急な登りになる、ザレていて歩きにくい登山道だ。
山頂下、男坂と女坂の分岐に到着した。この男坂が岩の鎖場なのだが、今は落石の危険がある為、通行止めだ。
(ここを息子と登ったんだなぁ、怖かったけど、景色は最高だったなぁ)
また、ここを歩きたかったけど、残念だ。女坂へ回り込む。しばらく歩くと女坂も通行止めらしく、中間に迂回する道が出来ていた。ロープが張られたザレた斜面を上がって行くと、岩の山頂に到着した。
登り始めは全く風がなかったのに、山頂はかなり強い風が吹いている。
いい眺めだが、風が強い。ランチはどこでしよう、ベンチはない。でも、お腹が空いた!
岩の影、風が遮られるところに座り込み、ラーメンを作る。こんな風が強いところで、ご飯にしなくてもと思ったが、この先へ行っても食べられるところがあるかどうかわからないし、お腹すいた〜。ラーメンをすする横を男女4人グループが通過していく。
「あら〜、いいところを見つけたわねー、ここは風がないのね。」
と言われて、ちょっと恥ずかしかった。
お腹が満たされて、あったまった。冬の山ご飯はあったかいのがいい。美味しい、幸せ。
次の山へ向かう。相変わらず風が強い、飛ばされそうだ。飛ばされない様に木に抱きつきながら、急な斜面を登る、古御岳山頂だ。
ザラザラの急斜面を、ロープを掴んで下って行くと風は穏やかになり、暖かい。そして正面には武甲山だろうか?石を切り出した後、岩が露出した山が見える。
暖かい急斜面を下って、そして登って、今日4つ目のピーク。
その後もいくつもアップダウンを繰り返し、
最後のピークを下ると、「愛宕社」と書かれた鳥居が現れた。ここを少し歩くと「子の権現」だ。
アップダウンの繰り返しと、ザレた登山道で、太ももはパンパン、股関節が痛い、足腰の権現様に足腰の健康をお祈りしに来たが、しっかり足腰鍛えさせられた登山だった。
子の権現で、登山仲間みんなの健脚をお願いわらじに書いて納めてきた。
今年もみんな、健康で安全に登山できます様に!
日当たりのいい、コーヒータイムにちょうどいいベンチがあったが、コーヒーは飲まずに、そそくさと急斜面の樹林帯へ下山する。
この先には、「浅見茶屋」といううどんが名物の古民家茶屋がある。今日はそこのうどんも楽しみなのだ。人気で午後の2時ごろには売り切れてしまう事が多いと言う。
小走りに、気をつけて山を降りる。子の権現からの参道が終わり、舗装された道へ出ると、まもなく浅見茶屋が見えてくる。2時ちょっと過ぎ、
「あっ、まだやってるー、よかった!」
黒く煤けた立派な柱が組まれた古民家茶屋の店内は、古いが昔懐かしい調度品が所々に置かれ、どれも興味を惹き、見入ってしまう。
運ばれてきた田舎汁うどんは、竹の節を容器にした物で、茹でたて釜揚げの状態のうどんが入っている。そっと蓋を取ると、ふわっと湯気が上がる。美味しそう!太めのうどんは意外と柔らかく、濃厚で山椒が効いたつゆをうまく絡めて、とっても美味しい。具はナス、きのこ、こんにゃく、などなど具沢山だ。体もあったまってとっても満足した。
トイレをお借りする為に立ち上がると、立派な囲炉裏がある。人の良さそうな店主に、
「立派ですね、好きです囲炉裏。」
と、お話すると、40代ぐらいの腰の低い店主が、高校生の時まで普通の家で、ここに住んでいたと言う。その時は掘り炬燵になっていたそうだ。
その後茶屋にするにあたって、天井を抜いて、ベニヤが張られていた仕切りをとって、お爺さんの代は囲炉裏だったから、もとに戻してあげようと思ってね、と優しく笑う。
お爺さん、お父さん、そして自分も生活したその家を大事に手入れしながら上手に活用していて、とても素敵だなぁと思った。
私のおばあちゃんの家も土間のある立派な家だった。あぁ、残っていたら、やはり素敵な空間だっただろうなぁ。
そんな思いが溢れてきた。
店内には、年代物のミシンが数台置かれている。おばさん達が店内に飾る?と言って、持って来た物だと言う。
古くなったから、もう使わないからと捨てたり処分したり、それが当たり前の世の中で、インテリアとしてこうして上手に活用している。一つ一つの小物達が息をしている様だ。物を大切にする素敵な生き方だなぁと、しみじみ思った。私にとって、とても居心地のいい空間だ。どうも、煌びやかなホテルは私には向いていない、居心地悪くて落ち着かないのだ。
3月には、店内にお雛様や吊るし雛が飾られると言う。
足腰を鍛えにまた来なくっちゃ!
3月になったら、アセビのトンネルも白い小さな花が咲くだろう、ミツマタも黄色く色づき、山の景色もまた違ったものになるだろう。
寒い冬の低山登山は木々が葉を落とし、空気が澄んでいて大好きだ。
でも、春の芽吹きの時もいい、爽やかなほろ苦い香りの山へまた行こう!
子の権現様、しっかり足腰鍛えさせていただきます!
竹寺、こちらもおススメ