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完璧さ+α「奇跡のピアニスト、ブンダヴォエの究極のバッハ」

Fragments of History ~ ピアニストの黄金時代を担ったピアニストたち(5)
実は音楽の父ヨハン・セバスチャン・バッハを架空の人物だと信じていた頃があった。教科書で見る肖像画は中学生の僕には余りにも唐突な姿で、まさか実在していたとは思わなかったのである。
しかし、バッハは意外にもダ・ヴィンチやミケランジェロの200年以上後に生まれており、僕らが生れる200年くらい前までは生きていた割と最近の人なのである。
バッハが生まれた1685年の日本ではちょうど徳川五代目将軍綱吉が「生類憐みの令」を発令した年で、地球に良い事が少なくとも二つあった事になる。

バッハの活躍した18世紀にはまだピアノはなく、オルガンやハープシコードで演奏されることを前提に作曲されていた。しかし19世紀に入りピアノの黄金時代を迎えると、バッハ作品はリストやブゾーニといった名人たちに編曲され、技巧的で華やかな分厚い和音で演奏されるピアノのショウピースとして定着するようになる。

当時バッハをピアノで弾くことは賛否両論あり、高名なランドフスカ女史のように古楽器で演奏するべきと云う人もいれば、「それでもピアノで弾きたいのです」という英国人ハロルド・サミュエルの様なピアニストもいた。

作曲家が想定したオリジナル楽器で演奏されるべき、というロジックを突き詰めると、ショパンはヴィンテージのプレイエルで演奏されるべき、という面倒な話になってしまい、かと言って、大音量を出すために変化した現代ピアノがショパン演奏に最適か?と言うと、そうとも思えない、なかなか悩ましい問題でもある。

そんなややこしい話をよそに、バッハの決定的なピアノ演奏を収めた一枚のレコードがある。それはフランス女流ピアニスト、アニュエル・ブンダヴォエによる1954年モノラル録音のLP盤で、今だにコレクターの間でしか知られていないが、誰が聴いてもその厳粛さや超絶技巧を超えた神々しさは直感的に伝わる超名盤だ。

なかでも、特に有名なバッハ=ブゾーニ編「シャコンヌ」を一聴したら、この衝撃的な演奏をしているのはどんなピアニストなのか?と興味を持つことになるが、ブンダヴォエの肖像はちょっと幽鬼的ですらある儚い少女のそれであり、一体どこからこんなヴィルトゥオジティが発揮され、劇的なドラマが生まれるのか、写真を見てもますます謎は深まるばかりだから面白い。

このブンダヴォエが活躍した当時のフランスでは、マルグリット・ロンという高名な女流ピアニストが君臨していた。彼女は凡そ音楽家としての野望を全て果たした様な誰もが羨む実力の持ち主であったが、それでもブンダヴォエの才能には大変に嫉妬していたという。

その後、ブンダヴォエはリウマチにより第一線から退き、後進の教育にあたることになるが、短い演奏活動期間に残した奇跡のような一瞬の輝きは後世の僕らをも魅了してやまない。

話は戻り「お犬様」の綱吉は悪政の象徴として後世の僕らに伝えられて来たが、本当にそんなに酷い人間だったのか?と思う。歴史とは常に権力者や研究者たちの都合で書き換えられ、一度真実を失えば永遠に迷宮入りしてしまう。バッハの肖像画はくるくるパーマのカツラ姿だが、本当は角刈りのオヤジだったかもしれない、と思う今日この頃である。


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