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【がん免疫治療の名医に聞く】ステージⅣで転移があっても10年生存が目指せる時代へ―自由診療を考える前にぜひ読んでください

怪しげな免疫療法まがいが、ネット上に踊っています。
「標準治療では治せないがんを治す」と豪語するものも多々見られます。
しかし、ちょっと待ってください。

がん研究会有明病院で、治験治療に携わり、日本の治療をリードする北野滋久先生に、最先端治療の状況を伺いました。
自由診療を考えている方は、このインタビューに必ず目を通してください。
お願い致します。


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名医にインタビュー  北野 滋久 医師

がん研究会有明病院 先端医療開発科 部長
       がん免疫治療開発部 部長

きたの・しげひさ 2009年より米国のメモリアル・スローン・ケタリング・がんセンターで免疫チェックポイント阻害剤ほか新規がん免疫療法の開発に従事。2013年より国立がん研究センター中央病院で多数の早期薬剤開発(治験)に携わり現職。

がん研究会有明病院 先端医療開発科 部長 がん免疫治療開発部 部長
北野 滋久 医師

免疫チェックポイント阻害剤の二剤併用で新時代突入

―北野先生はがん研有明病院の先端医療開発科で、新薬の適応や用法用量を決めていく立場で、世界中のがん免疫療法の動向を把握し、またその動向を先導する役割も担っておられます。免疫療法が急激に進歩する一方で、ネットなどでは怪しげな免疫治療の情報も多く見られます。がん治療の現状と最新情報について順を追ってお教えください。
北野
 体の免疫機能はとても複雑で、その免疫にアプローチする免疫療法には緻密な対応が必要です。ここ数年でがん免疫療法は劇的に進歩し、それらが標準治療で受けられます。標準治療は、現段階で最も効果があり、安全な治療法です。
順を追って説明しましょう。
がんの主な治療法には、手術、放射線療法、抗がん剤などによる薬物療法があり、三大標準治療といわれてきました。これに、第四の治療法として、免疫の力を活用する「免疫療法」が、ノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑先生が開発された免疫チェックポイント阻害剤「ニボルマブ」(商品名「オプジーボ」)の登場で、一躍脚光を浴びました。
免疫は異物を見つけると排除する一方で、その作用が過剰になりすぎて体を傷つけないようにブレーキをかける仕組みも持っています。がん細胞はこの免疫を抑制するブレーキを増強することで、免疫から逃れています。
免疫チェックポイント阻害療法とは、免疫細胞やがん細胞の表面にある、免疫にブレーキをかける免疫チェックポイント(門番)にピンポイントに働きかけて、免疫のブレーキを解除し、免疫を活性化させるのです。

『国民のための名医ランキング2024~2026年版』25頁より

治療効果を上げるためには、併用療法が効果的

北野 免疫には非常に多くの細胞が関わり、アクセルとブレーキをかけています。その複雑さは健康体でも、がんが猛威を振るっている体内でも同じです。免疫チェックポイント阻害剤をどのように使うと効くのか、試行錯誤の段階を経て、免疫チェックポイント阻害剤の二剤併用、分子標的薬や抗がん剤との併用が認可されたことで、劇的に治療成績が向上しました。
―抗がん剤、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害剤に代表される免疫治療が薬物療法の三つの柱ですが、併用のメリットは何でしょうか。
北野
 患者さん一人一人、がんの原因は異なりますので、一剤ですべての患者さんに効く薬はありません。できるだけがんが広がる前に、初回の治療から複数の薬物を検討することで、最初の治療効果を上げる可能性が高くなります。
―分子標的薬とはどういうものでしょうか。
北野
 がん細胞の増殖に関わるタンパク質や、栄養を運ぶ血管、がんを攻撃する免疫に関わるタンパク質などを標的にしてがんを攻撃する薬です。
 抗がん剤は、直接がんを殺傷するため、正常な細胞にも攻撃的に作用してしまうのに対し、分子標的薬は、がんに関わる特定の分子だけを選んで攻撃するという特徴があります。
―患者さんにとっては、抗がん剤による副作用への恐怖心がとても強いので、より副作用の少ない薬剤の登場が期待されます。
北野
 がんの薬物療法は年々進化しています。例えば、肺がんでは、ほとんどの方に免疫チェックポイント阻害剤と抗がん剤の併用療法が選択される時代になりました。

ステージⅣで他に転移があっても10年生存が目指せる時代に

―免疫チェックポイント阻害剤と抗がん剤の一番の違いは何でしょうか。
北野
 抗がん剤は薬自体が直接がんを殺傷し、免疫療法では我々の体のリンパ球などの免疫系を使って攻撃します。切れ味という意味では、抗がん剤や分子標的薬の方が直接その薬ががんを攻撃していくので早く効果が現れます。しかし、ある程度の時間が経つと効果がなくなるという問題がありました。
一方、免疫チェックポイント阻害剤では、この薬に相性の良い患者さんでは、全身にがんが広がっても10年以上生存されている方が出てきているのです。効果が長期的に持続しており、これまでのがん治療法では見られない画期的な成果です。

『国民のための名医ランキング2024~2026年版』27頁より

標準治療は現時点での最良の治療法

―臨床試験、治験、標準治療などについて教えてください。
北野
 臨床試験とは、新しい治療法について、その効果や安全性を確認するために行われる、人を対象とした試験(研究)のことです。
治験とは、臨床試験の中で、まだ承認されていない薬や医療機器について、国(規制当局)の承認を得ることを目指して行われるものです。規制当局に承認してもらうために行われます。
治験で、これまでの標準治療と比べて治療効果が高い、あるいは副作用が少ないといった、患者さんにより利益があると証明できたものだけが承認され、保険診療で使えるようになります。
つまり標準治療とは、その時点でのベストの治療法と言えましょう。標準治療になる、つまり保険適用になった治療法とは、科学的に厳しいハードルを乗り越えて世の中に届けられたものなのです。

がん治療法の最新情報 

CAR-T細胞療法

―がんの新しい免疫治療についてお伺いします。
「CAR-T細胞療法」とは何ですか。
北野
 難治性の一部の造血器腫瘍に対する治療法として開発に成功しています。患者さん自身のリンパ球を体外に取り出し、遺伝子改変技術を用いてCAR(キメラ抗原受容体)と呼ばれる特殊なタンパク質を作り出すことができるよう、リンパ球(T細胞)を武装させます。CARは、がん細胞などの表面に発現する特定の抗原を認識し、攻撃するように設計されており、CARを作り出すことができるようになったT細胞をCAR–T細胞と呼びます。このCAR–T細胞を患者さんに点滴静注します。
現在、固形がん(胃がんなど)に対しても開発が試みられており、期待がかかります。

がんワクチン療法

―「がんワクチン療法」とは何ですか。
北野
 がん細胞は、正常細胞に存在しないタンパク質を発現させています。これを「がん抗原」といいます。このがん抗原を標的にしたワクチンを投与して、がんへの攻撃力をアップする治療法です。
がんワクチン療法に、がんペプチドワクチン、遺伝子ワクチンなどあり、いろいろ研究されています。
がんペプチドワクチンは、がん抗原タンパク由来のアミノ酸ペプチドを投与して、リンパ球を活性化してがんを攻撃させる治療法です。
後天的に新たに生じた遺伝子変異に由来するがん抗原のことのことを「ネオ抗原」といいますが、近年ネオ抗原ワクチンが開発されており、今後、治療への道が拓かれるかもしれません。
がんは正常細胞に遺伝子変異が積み重なって発生しますが、その変異が一人一人異なります。患者個別にその遺伝子変異を見つけ出し、個別にワクチンを作ることができれば、がんワクチンの開発の可能性が高まることが期待されます。
膨大な我々の遺伝子の中の変異を調べることも、ワクチンを作ることも、技術が進歩し、以前に比べて格段にコストが下がってきつつあります。今後の研究が期待されます。

危ない! ネット情報を盲信しないで

―ネットなどでは、「がんの画期的な免疫療法」といった自由診療の情報が溢れています。
北野
 いわゆる自由診療での免疫療法に対しては、慎重な対応をお願いしたいと思います。
将来の標準治療(保険診療)を目指して新規治療を開発するためには、国(規制当局、我が国では審査業務を行う医薬品医療機器総合機構=PMDA)に届け出をして許可を得た上で、各実施機関(施設)の倫理審査委員会からも承認を得る必要があります。その上で、治験という形で臨床試験に協力いただき、患者さんから貴重なデータを取得させていただいています。新しい治療が承認に至るまでには、何年にもわたって数々の段階を経る必要があります。
しかし、いわゆる自由診療では、そのような第三者のチェックは入りませんので適切な評価は困難ですし、将来の承認にもつながりません。保険に通っていないわけですから、医療費も高額になると思われます。
自由診療に飛び込む前に、主治医の先生によくご相談していただきたいです。 特にがん免疫療法は、ネットや書籍などで正確でない情報が溢れかえっているので十分に注意してください。
また、がん治療を行うにあたって、入院施設は必須です。いざというときに、患者さんを入院させて対応できるかどうか(少なくとも提携施設に入院できるかどうか)、この点はどこで治療を受けるかを決める際に確認しておくべきかと思います。

セカンドオピニオンを活用しよう

―主治医にセカンドオピニオンを受けたいと言い出しづらいという雰囲気があります。
北野
 検査データは全て患者さんのものですから、もし、患者さん側に遠慮があるならば日本の医療は遅れていると思います。良い先生はセカンドオピニオンを嫌とは言わないはずです。なぜなら、ご自身の診療に自信があるからです。がんの標準治療は国際的にほぼ同じです。セカンドオピニオンを受けていただくことで患者さんとの信頼関係が高まりますので歓迎されることでしょう。

未来を拓く最先端の免疫治療は?

―北野先生は多くの治験や研究に携わっているとお聞きします。標準治療になるかどうか不確定だと思いますが、その幾つかをお教え頂けますか。
北野
 私自身が関わっている早期臨床開発段階の各薬剤については守秘義務から現段階では個別の薬剤の詳細についてはお話しできないため、総論的にお話しさせていただければと思います。
近年の科学技術の飛躍的な進歩に伴い、薬剤が人為的に設計して作れるようになりました。その代表的なものの一つとして抗体技術を応用した新規薬剤の開発が盛んに行われています。抗体薬物複合体(抗体に抗がん剤を結合させることによって、がん細胞を狙い撃ちにして抗がん剤を届けるもの)はすでに一部の乳がんや造血器腫瘍で開発に成功しています。 また、自然界に存在する抗体は原則的に一つの異物(抗原)にしか結合できませんが、人為的に二つの異物(抗原)に結合できる抗体(二重特異性抗体)を作れるようになり、例えば、リンパ球とがん細胞に結合することで、強制的にリンパ球とがん細胞を接近させることにより、リンパ球にがん細胞を攻撃させる治療方法が造血器腫瘍の一部で開発に成功しております。これらの抗体薬物複合体や二重特異性抗体については、現在、さまざまながん種、標的抗原に対して多数の薬剤が開発中で、今後の成功が期待されています。
もう一つのトピックスとしては、近年、全ゲノム解析が以前よりも実施しやすくなってきていることです。患者毎にゲノム情報を得ることができれば、今後、各種治療の個別化医療につながることが期待されます。がんに対する免疫応答は、がんが存在するからこそ発生しますので、がん細胞の設計図である全ゲノム情報の解明が進むことにより個別化がん免疫療法の道が拓かれることが期待されます。
我が国の公的研究(AMED研究)においても全ゲノム解析研究が行われており、私も微力ではありますが患者還元班の一員として関わらせていただいております。

共にがんばりましょう!

北野 近年、がん治療は飛躍的に進歩しております。がんの新規治療開発に携わる者として、より安全で有効な治療の開発を目指してこれからも努力して参りますので、我々と共にがんばりましょう。

『国民のための名医ランキング』より名医の紹介

なぜ、『国民のための名医ランキング』なのか

『国民のための名医ランキング』は、これまでに2016年版、2018年版、2021~23年版、2024~26年版を出版しています。出版当初は「医師にランキングなんて」という批判の声もありました。しかし、どんなに遠くても日本一の医師の所に足を運ぶのか、出来る限り近くで探したいのか、その選択は一人一人違います。選択を一人一人にゆだねたいという思いで、一つの参考になればと思いランキング形式にしました。主治医を選ぶことは人生を選ぶこと、その方の人生観に直結しています。皆さまが自分の納得のいく主治医に巡り合えますよう、心から願っています。

『最新版 国民のための名医ランキング2024~2026年版』掲載の内視鏡分野の中で、がん薬物療法の名医をランキング順に紹介しますが、それぞれ分野が違います(ランキング部門23人、有益情報9人)。本書には、詳しい治療実績や先生の顔写真等を掲載していますので、ご参照ください。

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