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「覚えられないことは、それでいい - 新しい私の学び方」

「覚える」ことと向き合った日々

「まだ覚えなくていいですよ。覚えられないと苦痛になるだけだから」
解剖学の先生のその一言で、私は深い安堵を覚えました。長年抱えてきた「覚えることが苦手」という重荷が、少し軽くなった瞬間でした。

人や物の名前を特に記憶に留めておくのが難しい私。小学生の頃から、友達の名前を覚えるのに時間がかかり、新しい先生やクラスメートの名前を聞いても、なかなか定着しません。でも、その人の特徴や、名前の由来、あだ名の理由などを知ると、少しずつ記憶に残るようになることに気づいたのです。

中学から大学受験の時期は本当に辛かったです。歴史上の人物や年号、化学式、英単語...ただひたすら暗記を強いられる勉強に、心が折れそうになる日々。特に、日常生活と全く結びつかない内容は、どれだけ繰り返し見ても、頭の中から次々とこぼれ落ちていきました。

「えー、それくらい簡単じゃん。ただ覚えればいいだけなのに」
友達の何気ない一言が、時として深く落ち込みました。彼らにとっての「簡単」が、私にとってはとても高い壁だったのです。その度に自己嫌悪、「自分はダメなんだ」と思い込みました。

再び直面した暗記の壁

そんな私が、ヨガインストラクターの資格取得を決めました。ポーズの名前はまだ良かったのです。サンスクリット語の発音と意味を結びつければ、なんとか記憶に留まりました。でも、解剖学の勉強は想像以上に大変でした。

似たような漢字の羅列、専門用語の数々。最初は教科書を開くだけで気が重くなりました。試験に向けて必死で暗記しましたが、それは本当の理解とは程遠いものでした。案の定、試験が終わるとほとんど忘れてしまい、レッスンに活かすことができませんでした。

自分らしい学び方を見つけて

そんな時、理学療法士による「体の動きから学ぶ解剖学」というオンラインクラスを見つけました。

クラスの最初に先生は言いました「例外を除いて、今日のクラスでは難しい名前は出さなくていいから。」この言葉で張りつめていたクラスの雰囲気が変わりました。「私だけじゃなかった」と安心。体を動かしたときに実際にどこいらへんが動いているかを確認するのが目的です。

「名前は一番あとでいいから。大切なのは、体がどう動いているか、楽しく学ぶことが長続きもするし記憶に残るから」と先生の言葉でした。

実際に受けてみると、その学び方は私にぴったりでした。体を動かしながら、「あ、ここの筋肉が伸びている」「この動きをするときは、こことここが連動しているんだ」と、実感を伴って理解できました。そうして体の仕組みが見えてくると、専門用語も自然と頭に入ってくるようになったのです。

「覚えるのが得意」「覚えるのが苦手」。それはまるで、道具の使い方の得手不得手のようなものかもしれません。大切なのは、その道具をどう使いこなすかを見つけること。私の場合は、体験を通じて理解を深め、そこから言葉に落とし込む方法が合っていました。

この体験を通して解剖学の勉強が少し楽しみになってきました。すべてを完璧に覚える必要はないと知った上で、自分のペースで学べる余裕が生まれたからかもしれません。これまでの経験が教えてくれたのは、「覚えられない」ことは決して恥ずかしいことではなく、ただ、自分に合った学び方を見つけていないだけだったということです。

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あさみ@マインドフルネスセラピストin🇦🇺
自分を受容できるようになったマインドフルネススキルを皆さんにシェアして社会に貢献していきたいです。これから色々なことを発信していこうと思います。サポートは、これらの発信活動と学びに使わせていただきます。