【エッセイ】町の音楽祭(前編)
朝早くに目が覚めた僕はなんとなく携帯を開いた。すると、山根から「今日地元でライブやるから来ないか?」という内容のメールが届いていた。山根とは、必然的に知り合ったギター仲間といったところだ。
昼の十二時から山根も参加して町の広場でやるらしく、かなり気合が入っている様子だ。メールの活字からでも十分伝わってくる。
僕も高校一年の時からギターを始め、今でも趣味の範囲で続けている。ライブはおろか人前で演奏するほど本格的にやってはいない。自分の腕にもう少し自信があるならやってみようかという考えが浮かぶかもしれないが、僕は家でポロリンと静かに弾き語る程度で十分満足なのだ。完全に自己満足の世界で成り立っている。
ギターといってもジャンルはさまざまだが僕はアコースティックギター(アコギ)というよくテレビなどで目にするスタンダードなギターを趣味としている。
ギター仲間といっても山根と僕はジャンルが違う。彼はアイルランド民謡などを日本では珍しい民族楽器を使って演奏している。
山根と知り合ったきっかけは、家の近くの公園を偶然通りかかったときに彼がギターの練習をしている最中、あまりに唐突ではあるが僕が声をかけたのだ。ジャンルは違うが同じギターを趣味としている人を見ると妙な仲間意識を感じる。
特に、珍しいギターを静かな公園で奏でている人がいるというのに、僕がすんなり素通りするわけがない。どうしても一言声をかけてみたいという衝動にかられた。
「こんにちは。ギター上手ですね」
「えっ、あ、はい、どうも」
かなり怯えている様子の山根。
「ちょっと弾かしてもらってもいいかな?」
と、かなり厚かましい僕。
「え……、どうぞ」
少し、迷惑そうな顔をする山根。
僕と山根はこういった流れで無理矢理知り合ったのである。完全に僕は、年上気取りで彼に接していたが、しばらくして、山根の方が二歳も年上だった事が発覚。おまけに、地元の中学の先輩だったらしく、かなり気まずい雰囲気に突入した。お構いなしに、僕は年上気取りで話し続けた。今更、敬語に代える方が不自然だと思ったからである。
普段は、見知らぬ人に気安く声をかけるほど社交的ではない。どちらかと言えば人見知りをするほうかもしれない。しかし、このときばかりは特別のようで何のためらいもなく気軽に声をかけている自分がいた。
自分の世界に入ってギターの練習に打ち込んでいる人の目には間違いなく不審者として映っているだろう。そのときの僕にはそんなことは関係ない。自分が引かれることよりも相手のギターの腕が気になってしょうがなかったのだ。
しかし、その証拠に初めて声をかけたとき山根も明らかに身構えている様子だった。それは当然のことである。逆に僕もいきなり見知らぬ人に声をかけられたら警戒心むき出しで近寄るなというオーラを放つと思う。
それから、しばらくギターについての会話を交わしているうちに意気投合して今に至っているというわけだ。あの気まずいやり取りから、意気投合するに至ったのは奇跡に近い。
それから僕と山根は、何度か一緒にギターの練習もした。といってもそれぞれが日頃弾いているジャンルが違うので興味深々で相手のギターテクニックを見ては関心するだけのものである。僕だけではなく山根もこの必然的な出会いを受け入れ始めていると実感する瞬間だ。世界が狭いというかただの自己満足というか一体自分でも何がしたいのかよくわからない。でも楽しければそれでいいではないか。
町の音楽祭は数年前から年に一度開かれていたらしく、三日間行われるということを山根のメールで初めて知った。よくも今まで約二十年この町に住んでいて知らないでいられたなぁと自分でもびっくりだ。
朝、結局、山根には「行けたらいくよ」と曖昧な返信をして、二度寝を試みた。しかし、初めて自分の町で音楽祭が開かれていたという事実を知ってしまった以上、気になって眠れない。仕方なく日曜だというのに早めに起床して顔を洗いに一階の部屋に下りた。
すでに僕以外の家族は全員起きていた。母親が僕を見て、「どうしたん? こんな早くに起きてきて」と訝しめな表情で僕に問いかけてきた。「別に理由はないけど早く起きてみた」と、いちいち起きた理由を説明するのが面倒だったのでそう答えた。
するとその言葉でさらに母親は不審に感じている様子だった。「僕が早く起きることがそんなにいけないことなのか」と、言ってやりたかったが、朝は極力そのような喧騒は避けたいと思い、なんとか思いとどまった。
僕からは音楽祭の話を出していないのに横にいた父が、「今日、音楽祭最終日やから行くんちゃう?」と母親に話しているのが聞こえた。この言葉で今まで僕だけが知らなかったということが判明した。しかも、今日が最終日なんだという情報も耳に飛び込んできたら、山根には曖昧に返信したものの、「行ってみてもいいかもな」という感情が芽生えてきた。
しかし、そうこう考えてごろごろとしていたら気付けば昼の二時になっていた。たしか、山根は十二時から演奏するって言ってたからもう演奏終わって片付けでもしている頃だろうな~と思うとわざわざ私服に着替えて、見たことも無いミュージシャン目的で町に行くのはとても億劫に感じ、結局ゴロゴロとして無駄に時間を費やしてしまった。
休みの日というのは時間がいつもの何倍も早く過ぎる。興味が無い授業は時計の針が止まっているんじゃないかと疑ってしまうほどに時が経つのが遅いのに……。
そんなこんなで夕方になり、ついさっきまでは眩しいほどの光を放っていた太陽も紅く物悲しいものへと姿を変えていた。カラスの鳴き声がさらに夕方のムードを演出する。
僕を残し、いつの間にか、出かけていた家族が帰ってきた。
僕は、暇を持て余していたところで久しぶりに部屋を出た。家族と会話でもしようという考えが浮かんだのだ。特に話のネタなどないが、「おかえり~」と歩みよってみた。
すると父、母、姉の三人で出かけていたと思っていたが、違ったようだった。姉はまだ帰宅していなかった。いつも僕は一人だけ家にいるイメージがあるのでなんとなくそう思ってしまったのだ。こういう言い方をすれば自分も一緒に出かけたい願望があると思われるかもしれないが、僕は自分の意思で一人を選択しているのだから何の問題も無い。
いつものように母が聞いてもいないのに、歩み寄って行くと、すかさず僕に会話のネタを持ちかけてくる。
「駅前で歌ってた女の子、めっちゃ歌うまかったわ~。あんたは見に行かんかったん?」と興奮しながら僕に言う。母はいつも大げさなのだ。
「行く気はあったけど結局行かんかった」と僕は答えた。愛想もくそもない答えではあるがそれが事実だ。
それからもしばらく母の興奮状態は続いていた。それに加え、朝の山根の興奮したメール内容のことが頭をよぎり、少しずつ「行ってもよかったかな……」という後悔の波が押し寄せきた。
#後編に続く
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