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【映画感想文】PERFECT DAYS
OSCARにノミネートされている作品「PERFECT DAYS」。どのような作品であるのか前情報を入れずに鑑賞してみた。
結論から言うと、私好みの映画であった。
トイレ清掃員である平山は毎日決まった生活をしている。
出勤日は太陽が昇る前に目覚め、仕事道具が積まれているワンボックスカーで仕事場である公共トイレに赴く。一日の業務を終えると銭湯へ行き、行きつけの居酒屋に行き、夜は本を読んで眠りにつくのだった。そして前の日と同じように近所の人の箒を掃く音で眼ざめて、また一日がスタートしていく。
私ははじめ、平山は人間が嫌いな、人とのかかわりを避けて生きてきた人間だと思っていた。それは、トイレ清掃員という人とのかかわりがほとんどない職業であるということもそうだし、だれかに連絡を取るようなそぶりもなく、もちろん一人で家に住んでいるからであった。
しかし、その思いとは裏腹に平山は人とのかかわりを好んでいるように思えた。迷子の子どもの手を取ったり、トイレで見知らぬ誰かと〇×ゲームにいそしんだり、突然訪ねてきた姪と一緒に時を過ごしたり。ただ、自分からは口を開かないし、何かアクションを起こしたりするわけではないのだが、決して人を敬遠するようなことはしないのだった。人々を包み込むような、自愛に満ちた表情が印象に残っている。
「独身生活」、「安いアパート住み」など映画にちりばめられる平山のプロフィールからは「孤独」を連想させられるが、決してそうではなかった。
この理由としてはいくつか挙げられるが、まず彼は朝起きて玄関を開けた時からなんとなしに嬉しそうなのである。我々現代人は月曜日が来ることを憂鬱に思うブルーマンデーという現象があるように、仕事や学校が始まるということに対してストレスを感じるはずであるが、平山は一日が始まることを幸せだと感じているのだろう、その表情は晴れやかでみじめさとはかけ離れている。
また、平山は自分自身の世界を持った人だと考える。好きな音楽があり、好きな本があり、好きな場所がある。自分自身の居場所を持っており、ほとんど他者に依存しない姿はとても美しく感じた。
平山は「孤独」をまとっているのではなく、俗世間的なものから離れたところにいる僧侶のようだと私は感じた。淡々と同じことをこなす中にも楽しみを見出すその生活は素晴らしく優雅で、無駄なものはひとつもないように思う。
この映画では平山の現在を焦点にしているが、その日常からは彼の過去が明らかになっていくように思う。特に、姪のニコを迎えに来た妹との邂逅のシーンでは想像できるところが様々にある。
ニコを迎えにきた車はおそらく高級車で運転手付きであり、かれらは水準の高い生活を送っていることが分かる。そして、平山に向けられた「本当にトイレ掃除をしているの?」というセリフからは「あの(素晴らしい成功を収めていた)兄さんが?」のようなニュアンスを私は感じた。おそらく平山を今の生活に落ち着けた出来事が過去にあり、それは平山の父親にも関連するのかもしれない、彼ら兄弟は長い間会うことはなかったのであろう。
ラストシーンで平山はいつものように仕事場に向かうのだが、その目は潤んでいた。なぜ泣いていたのだろう。
私は彼が今日を迎えられる喜びを心の底から感じ、その思いがあふれ出したのだろうと考える。ただのなんでもない日々であるが、毎日が二度とない新しい日であると実感し、その素晴らしさに感銘を受けていたのではないか。
この映画を見て、私は心の中の暗い部分が浄化されるように感じた。平山の一日一日にかける姿勢に感銘を受けた。日常の切り取り方が素晴らしい映画であると思う。