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短編小説

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これまでに書いた短編小説をまとめています。
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#小説

掌編小説|灰色の街

錆びれた街に「地獄」と呼ばれる 工場があった。 その工場はあまりに大きく 曇りの日には頭が雲で隠れた。 いつもどすん、どすんという 鈍い音が響き渡り 煙は勢いよく空へ上った。 その工場の周りには高い塀があり 中の様子を近くで見ることができない。 唯一、塀からはみ出た建物の頭上部分を 遠くから眺めるだけだった。 工場は昼夜動いていたが、 人が出入りするところを 一度も見たことがない。 建物の周りを今にも朽ちそうな 細い階段がぐるりと巡っていたが、 その階段を上る者も

掌編小説 | 雪が降った日

線のように月が細くなる夜だった。 リサが月に座っていると 彼がまたやってきた。 「今日は少しひんやりしてるね。」 リサがうんとうなずくと、 彼はこっちを向いてニコッとする。 「今日はたくさん雪が降ったんだね。 夜がこんなに明るいなんて。」 昼を過ぎたあたりから 雪がたくさん降り始めた。 リサは慌てて窓を開けると 冷たい風を顔に受けた。 大粒の雪が空から降ってきて リサの鼻や額にひんやりと当たる。 「これが雪なのね。 なんて素敵なの!」 リサはしばらく空を見な

ショートショート | 夜をながれて

その国はずっと夜だった。 人々は、夜の星とランプのあかりだけを頼りに生活した。 しかし、ランプはずっと灯っているとは限らない。 ランプが切れると、人々はカーテンを開けて空を見上げた。 外に出て、少し散歩をする者もいたし、広場で追いかけっこする子どももいた。 老人は古いバイオリンで寂しい音色を響かせて、恋人たちは手を繋ぎながらお互いの温もりを感じとった。 リアムは、町を見渡せる丘へ出ると、いっぺんに落ちてきそうな夜の星々をしばらく眺めた。 星のあかりに照らされた薄

ショートショート | 彼岸花

そこは不気味な世界だった。 生温い風が吹いていて、その中には少しかび臭い匂いが含まれている。 風が通るときの音はまるで誰かの呻き声のようだ。 広い空間が広がっているその足元には、四角く整えられた黒い大理石が敷き詰められている。 崩れかけたブロンズの像を一つ、また一つと過ぎていくと、遠くからピアノの音が聞こえてきた。 ヴィーナスを彷彿とさせる女性がピアノを弾いている。 彼女は白い絹のドレスを一枚まとっているだけだった。 僕が近づいてくるのがわかったのか、隣に座ると

ショートショート |ピエールとエリス

隣の家に住む若い夫婦がいつものように喧嘩をはじめた。 どうやら夫がミルクを買い忘れたらしい。 「だからメモを書いてと言ったじゃない。」 と妻が苛立ちをあらわにしている。 「人間忘れることだってあるじゃないか。」 と夫も負けていない。 毎週のように隣で繰り返される口論はもう恒例行事となった。 自身も、昔は妻と何度喧嘩したことか。 一週間口を利かないこともざらにあった。 怒った時のあの妻の表情。 思い出すとピエールはおかしくて笑った。 妻のエリスと出会ったの

ショートショート | としろう

みんみんみんみんみんみぃ〜。 みんみんみみみんみんみぃ〜。 みんみんみんみんみぃ〜。 としろうは7年越しに地上に出てきた。 やはり外の空気はたまらない。 土の中は狭苦しくて仕方がないんだ。 むぃんむぃんむぃんむむむぃんみみぃ〜ん。 としろうは、オリジナリティを求めた。 新人たちはマニュアル通りに鳴いているが、としろうは途中でこぶしを利かせる。 みんみんみみみんみみみぃぃぃ〜ん。 ちょっとやり過ぎてしまったかもしれないと反省したときは、少し姿勢を正してから大

ショートショート | 田中くん

1年5組の田中くんは、みんなに怖がられる存在だった。 家柄が家柄だけに、誰も田中くんに近づこうとはしなかった。 誰も、田中くんと目を合わせない。 田中くんは、話しかけられることもなければ、 いじめられることも当然なかった。 教室の窓際で堂々とタバコを吸っていても、 それをとがめる先生もない。 クラスメイトたちは何も気づかないふりをしながら 田中くんに目をつけられないことを常に気にした。 しかし、当の田中くんは誰かに目をつけようなどという 気持ちはさらさらなかった。

ショートショート | 鬼

怒りと憎しみを抱えきれなくなった鬼が泣いていた。 真っ黒な闇が鬼を支配し、目にはいくつもの 赤い血管が張り巡らされていた。 低い唸り声を上げたかと思うと、 今度は地面に向かって叫び始めた。 体内にこれ以上とどまれない怒りが 炎のように赤く飛び出て行った。 叫んでも叫んでも、怒りは依然として そこにあった。 でもやがて疲れたときには 言いようのない悲しみが鬼を深く苦しめたのだ。 堪えられず涙が溢れ、鬼の顔がぐしゃぐしゃになった。 大きな手で顔を覆い、悲しくて 地面

ショートショート | あの人

その人は、いつも片手をポケットに入れていた。 姿勢はいいように見えたけど、 視線はいつも下のほうを向いていた。 その人がその道を通ったのは、風が涼しくなる 夕方の時間だ。 ピアノの練習をしていると、私の お気に入りのその小窓からその人のことが見えた。 その人には聴こえないかもしれない。 でも私はその時刻になると、ピアノをいつもより 丁寧に弾いた。 気づいてくれるかもしれないんだから。 嫌いだった練習曲も、そのおかげで 上手に弾けるようになった。 「いつも鍵盤を

ショートショート | 悪魔

天使は、木枯しの森で初めて悪魔を見ました。 枯れ葉が舞う その森には小さな噴水があり、 悪魔はその水を飲んでいたのです。 それぞれの務めは大きく異なりますから、 天使と悪魔が接触することはほとんどありません。 接触が禁じられていたわけではないものの、 住む世界が違う天使と悪魔はお互いの存在を 認め尊重し合いつつも、 交わる必要がなかったのです。 初めて見る悪魔の羽は優雅に大きく、 静かにも圧倒的な存在感を放っていました。 これまで悪魔の存在にあまり意識を向けることが

金の魚

その子は魚屋さんへ行きました。 いろいろな魚が並んでいます。 金の魚、銀の魚、ピンクの魚、青い魚。 彼女はこう言いました。 「金の魚をください」 金の魚が紙に包まれる様子を 彼女はじっと見ています。 綺麗に紙に包まれるのです。 その紙の手触りを感じました。 そして、紙が綺麗な折り目をつけていくのを うっとりしながら眺めていたのです。 その晩、彼女は金の魚を食べました。 細い指で丁寧に、金の魚を食べました。 翌週もまた魚屋さんへ行くと、 いろいろな魚が並ん

ショートショート |葉っぱの一生

葉っぱが、また一枚地面に落ちました。 夕方の光がきれいなときです。 コツンという小さな音を立てて、 その葉っぱは生涯を終えました。 葉っぱが好きだったのは、人間の足音です。 コツコツコツという足音を、葉っぱは この世に誕生したときから聞いていました。 足早に過ぎ去る音もあれば、 ゆっくりと過ぎていく足音もありました。 じっくり耳を済ませていると、 その人となりというものが見えてきます。 怒りっぽい人、寂しそうな人。 楽しそうな人、悲しい人。 葉っぱにはすぐに

ショートショート|白い天使

もう人間が住まなくなったその星に、 一人の天使が降り立ちました。 緑で生い茂った森に入ると、 そこには小さな池があります。 人間たちが愛の言葉でささやき合い、 一生を共にすることを誓った場所です。 天使は池のそばに腰かけると、 人間たちの言葉を真似して言いました。 「好きだよ。」 「愛しているよ。」 「僕と結婚してください。」と。 真似して言っては頬が赤くなりましたが、 天使は続けてこう言いました。 「はい、お願いします。」と。 池の水は冷たくて、白い天使の

ショートショート  | くすぐったい

空に向けて思いっきり手を伸ばしてみた。 そこには太陽があって 指の間から光が差してくる。 しばらくそこに寝そべって 両手を上に向けていた。 白いシャツを着たイーサンも 私と同じ動きをしている。 空に向けて両手を上げて、 太陽の光を手のひらで受けていた。 ときどき指の間から太陽の光が差して、 彼は眩しそうに目にしわを寄せた。 洗濯した後のシャツの匂いなのか、 それとも彼の匂いなのか。 私はその匂いに夢中になった。 太陽の光は相変わらず注いでいて、 甘酸っぱい匂い